第3話 なぜ100年の恋が冷めない?!

 髪を切ったら信じる、なんて言ったくせに俺はまだこの子のことを信じていない。信じきれていないと言うべきだろうか。


「せんぱいのお家って、近いんですね」

「ひとり暮らしだからな」

「そうなんですね」


 信じきれていないと言っても、嘘告白とか美人局つつもたせかどうかを疑っているというわけではなくなった。

 俺のような弱者男性を騙すためだけに髪を切ったりなんて、そんな性格の悪そうでプライドが高そうな女がそこまではしないだろうという判断の下ではある。


「君はさ、なんでそこまで頑なに俺に拘るんだ? 他にいい男とか、これまでにたくさん寄ってきたはずだと思うんだが」


 あともう少しで家に着く。

 俺はこの子のことをなにも知らないし、どうやって会話していいかもわからない。

 友だちと恋人もいなくて社会不適合者であることを自覚してしまう。


 それでも、俺を受け入れてくれるのだろうか?

 それが俺にはこわい。

 勝手なことを思っているのはわかってる。


 だが、少なくとも俺は他の人よりも色々と歪んでしまっている人間であることを自覚している。

 故にこう思うのだ。


 どうせすぐにこいつも離れていく。

 どうせすぐに嫌われる。


「わたしのせんぱいへの気持ちは、幼い頃の想い出で、わたしがせんぱいを好きな理由でもあるんです。せんぱいがあの時、わたしを救ってくれたんです。だからわたしは……」

「俺が幼い頃に君を救えたとは思えん。大したことなんてできないだろうし」

「そんなことないですっ!!」


 卑屈な俺を彼女は睨みつけながら力強くそう言ってきた。

 また間違えた。


 卑屈な男は嫌われるとわかっていながら、それでも俺はこんな言い回ししかできない。

 わかっていても、理解はしていないのだろう。或いはその逆か。


「すまん。だが俺は俺が嫌いでな。昔の自分も、今の自分も信じてない。だから俺にとっては君の記憶や想い出も嘘にしか聞こえない」


 都合が良すぎる。

 世界5分前仮説を信じそうになるくらいに。


 幼い頃の俺に何ができたというのか。

 そんなことが幼い頃からできていたなら、俺は今、こんな生き方なんてしてないと思う。思ってしまう。


「たしかに今のせんぱいは昔みたいにキラキラしてません。くすんでます」

「そうか」

「でも……」


 言い淀んで俺の服の袖を掴んで足を止めた。


「卑屈で捻くれちゃっても、大丈夫です」


 何が大丈夫なのだろうか?

 よくわからない。

 そもそも恋愛をろくに知らないのだから、しょうがないということだろうか?


「そうか。もう着く」


 俺はこの子とちゃんと会話ができているのだろうか?

 わからなくなる。


 だけど今まで満足のいく会話ができた試しがないし、かと言って俺がとてもIQが高いとか、そういうことでもない。


「入ってくれ」


 玄関の鍵を開けて中に入るように促した。

 これから見せるのはただの汚い部屋だ。

 世の中の「女を連れ込み慣れているモテ男」の部屋は少なくともこんなに汚くはないだろうと思うくらいには汚い部屋。


「お邪魔します」


 どうせすぐに嫌われる。

 なら早い方がきっといい。

 それなら傷つかなくて済む。


 この子に俺は期待なんてしなくていい。

 誰にも期待されていない俺が、誰かに期待していいわけもないのだ。


「せんぱい、めっちゃ汚部屋じゃないですか?!」

「だろ?」

「なんで誇らしげ?!」


 どうだ、汚いだろう。

 たぶん引っ越してきてこの1年、1度も掃除機をかけていない。

 なんなら掃除機にホコリが積もってるまであるぞ。


「もうせんぱい、ダメじゃないですか。こんなに汚して」


 そう言って腕捲りをして掃除を始めてしまった。

 ……ん?

 思ってたのと違う。


 てっきり「うわっ?! 汚?! 死ね!わたしをこんな部屋に連れ込むなゴミ野郎がぁ!!」みたいな展開になると思ったのだが……。


「年代物なゴミもありますね……。なるほど、せんぱいはお掃除ができないタイプなんですね。じゃあこれからはわたしが定期的にお掃除しに来ますね」

「い、いや、ちょっと待て。なんでそうなる?!」


 汚部屋を掃除されるのは困る。

 汚い方が俺は落ち着くんだよ。

 綺麗だと自分の部屋じゃないみたいな気がして集中できないんだよ。


 てかほんとは家に入れたくなかったし。

 自分から誘ったので言い訳もできないけどさ。


「……お前、オカンか」

「オカンじゃないですっ。せんぱいの恋人になりたいだけですからっ」


 むうっとほっぺを膨らませてあざとくそう主張するこの女。絶対頭おかしい。

 頭おかしい俺が思うのだから間違いない。

 そうじゃなければ絶対オカン気質だ。


 ○○ちゃんって可愛いんだけどね〜。カノジョとかにはなれないタイプって感じだよね〜www。

 的なタイプの女なのかもしれない。

 世話焼きというか。


 ……なるほど。これは手強い。


「じゃ、じゃあこれを見ろ!!」


 だが俺も引くに引けない。

 そう思って俺はPCを立ち上げた。


「これを読んでみろ!」

「な、なんですかこれ?! え、えっちです!」


 そうだ。そうだろう。

 そんなえっちなものを俺が描いているんだ。

 ドン引きだろう。


「でもイラスト可愛い」

「お、おう……そうか」


 これも思ってたのと違うんだが?!

 俺が1番知られたくない恥部を今晒してるんだぞ?!

 なんなんだこの女?!


「……これって、もしかしてせんぱいが描いてるんですか?」

「そ、そうだ。俺はえっちな漫画をバイト代わりにしている」


 バイトもろくにできないような底辺の人間。

 だからこうして今に至る。

 好きだった、趣味だった「漫画を描く」ことを穢して、今俺はこうして生きている。

 恥の上塗りを続けてみっともなく生きている。


「そっか」


 だから早く部屋を出ていってほしい。

 そう思っていたのに、なぜか逆に俺の手を両手で握りしめてきた。


「まだ漫画を描き続けていてくれたんですね。嬉しいですっ。せんぱいっ」


 なんなのこの子?!

 好きになっちゃいそうなんだが?!

 意味わからん!!

 そろそろ「ドッキリ大成功!! 笑笑笑」みたいなカンペ持ってきてくれよ頼むから!!


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