第11話「初の試み」
周りの令嬢達から黄色い声あがることも厭わず、アランは柚子をエスコートする。
バルコニーへ連れ出され、先ほどまでの煌びやかさから一変し、夜の静けさが柚子達を包んだ。
月明かりに照らされた銀色の髪が夜風に攫われ靡く。
闇夜に佇むアランの顔を見上げれば、満月のような色の瞳が優しげに微笑んでいた。
「それで、私をここに連れてきたのはどういう意図があったのですか?」
「君の父君に頼まれてね。これからの時代、こういう場が必ず増えるから、注目されない程度に慣れさせてくれって。まぁ見事に注目の的になってしまったけどね」
首を竦め、アランは困ったように笑った。
見事、父からの指示とは真逆になってしまったと、柚子も釣られて笑う。
「確かに。あれだけ注目されてしまっては、どこかからか父の耳にも入るでしょうし」
「それが怖いんだよね。でもしばらく顔を隠していたし、大丈夫だといいなぁ」
驚いた顔をしていたのも、あれほど注目されるとは考えていなかったからだろう。
少し後ろめたさの残る顔でアランは眉を下げた。
「無責任に大丈夫だと言えないのが、私の父ですからね……」
「まぁなんとかするよ」
「そうしてください」
「あ、そうだ。ここの内装とか、どうだった?」
唐突に問われ、柚子は言い淀む。
正直、慣れない
その上、注目を集めてしまったものだから余計だ。
「えっと……あまり、見れていなくて……」
「ははっ、柚子は素直でいいね」
「どうしてそのようなことをお聞きに?」
「僕もここを建てるために協力していたんだ。西洋の文化を伝えるために僕はここにいるからね」
「アラン様が……」
笑みを絶やさないアランが、オルケストラの演奏が僅かに漏れるホールへと目を向けた。
柚子も振り返り、硝子戸の向こうを眺める。
シャンデリアは南蛮渡来のガス灯だ。降り注ぐ光は、夜の闇も怖さも忘れさせてしまう。
洋装に身を包んでいるのは男性が多く、女性はまだまだ振り袖をまとっている。
(私が注目されるのは当たり前ね。物珍しかったのでしょうし)
参加者達がどのような気持ちで柚子を見ていたのかは測りかねる。
しかし、父の目論み通りの結果になっていることだろう。
(着物ドレスが流行れば、いち早く手を付けていたお父様へ注文が殺到するものね)
柚子が来ているドレスは、ちゃんと身丈に合った物が誂えられていた。
ただの着物であれば多少身丈が長くても着ることができる。しかし洋装はそうもいかない。
着物をいつも誂えている三日月家御用達の呉服屋であれば、柚子のサイズを把握していてもおかしくはない。
あらぬ方向へ思考を飛ばしていた柚子を引き戻すように、アランから声がかかる。
「どうかな。柚子の目から見て、初の舞踏会は成功かな?」
「……皆さん満足そうな顔をされているので成功と言っていいのではないでしょうか」
「そっか、よかった」
「はい。アラン様はこうやって建物の建造から関わっていたりとお忙しいんですか?」
「それなりに、かな。国外から招かれた伯爵としての地位もあるから、目立った行動は出来ないんだけど……」
飛び出した単語に、柚子は目を見開いた。
今、爵位が聞こえなかったか。
聞き間違いかともう一度問いかける。
「アラン様は、伯爵様だったのですか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてないです」
「ごめんごめん。隠すつもりはなかったんだ」
アランは口元に微笑みを残したまま、悪びれずに謝罪を口にする。
彼を知らない人ならば気に障っただろうが、柚子はまったく気にならなかった。
むしろ、彼の今までのどこかズレた行動の理由が見えた気がして、心がそわそわしてしまう。
「大丈夫ですよ。アラン様のことが知れて、嬉しいです」
「心を砕くのは面倒だって言ってたのに?」
「……いまそれ言います?」
「ははっ、冗談だよ。柚子には僕のこと、もっと知ってほしいな」
「アラン様。それ、殺し文句だって自覚してますか?」
「うん、わかってるよ」
しれっと頷いたアランを咎めるように、柚子は声を上げた。
「余計たちが悪いじゃないですか!」
「大丈夫。柚子にしかやらないから」
「そういう問題じゃありません! 私だって立派な女子なんですよ。勘違いしたらどうするのですか」
「柚子はそんな勘違いしないだろう?」
確信を持って告げられた。
金色の瞳が不思議そうに瞬き、アランの首の動きに合わせて銀色の髪が揺れた。
図星な言葉に、柚子は言葉を詰まらせる。
「う……それは、そうですけど」
「なら問題ないね」
「……私は別の意味で面倒だと思いますよ?」
「? 例えば?」
柚子はアランの目を真っ直ぐに見つめ、しっかりとその言葉を口にした。
「私はアラン様が吸血鬼なのではないかと疑っています」
「どうして?」
ゾッとするほど美しい微笑みが向けられた。
一般人であれば口を噤んでしまうような重い空気が広がる。
しかし、柚子は怯むことなく口を開く。
「その美しい容姿からもそうですし、あの自画像。アラン様そっくりでした。もしあれがアラン様本人だとしたら……」
「吸血鬼しかありえない?」
「そうです」
「もし僕が本当に吸血鬼だったら今ごろ柚子は襲われていたかもしれないよ? 危ないとは思わなかったの?」
「あ……たしかにそうですね」
後先考えずに口にしていたと柚子は眉を下げた。
アランが困ったように笑う。
「警戒心が強いのか、迂闊なのかよくわからないなぁ。もし僕が吸血鬼だったらどうする? 馴染みのハンターに突き出す?」
「そんなことしませんよ」
「なぜ?」
「私は恩を仇で返すような人間ではないので。懸賞金とかも興味ありませんし」
「それはそうだろうね。あー、吸血鬼だって問いかけてきた理由も分からなくなってきた」
アランは心底困惑していると言わんばかりに頭を抱える。
吸血鬼だと告げ口をすれば懸賞金がもらえ、そこそこの年数働かなくても暮らしていけるだろう。だが、柚子の目的はそれではない。
胸につっかえたモヤモヤを吐き出したかっただけだ。
日記帳探しの依頼の後、ずっと気になっていたが、問いかけようにも一週間ほどアランは姿を現さなかった。
聞くに聞けない状況で焦らされてしまい、柚子の中に残った違和感は解消されずにくすぶったままで。
くすぶった熱は柚子の思考を鈍らせる。
そして、ついに機会が与えられた柚子は思わず先走った。考えなしの発言で危険が伴うことも、頭からすっかり抜け落ちるほどに。
衝動と言うには勢いが足りず、好奇心と言うには突き動かす感情が足りないように紡がれた言葉の重みに気がついたのは、アランに指摘されてからだった。
普段の柚子であれば絶対にしないような失態だ。
柚子はなんと言えばいいのか逡巡し、口を開く。
「仮にアラン様が吸血鬼だったとしても、私の対応は変わりません」
「どうして?」
「ただ私が聞きたかっただけですので。自分から聞いておいて対応が変わるのは失礼ではありませんか?」
「ははっ! そうだね」
虚を突かれたように一瞬固まったアランだったが、柚子の言葉を呑み込んだ後、けらけらと笑い出してしまった。
その顔は無邪気な少年のようだ。柔らかな笑みに、柚子の心の臓は早鐘を打つ。
柚子は鼓動を落ち着かせるようにホールへと目を向ける。
「思い返してみれば、人の血肉を喰らう吸血鬼が私の作った西洋菓子を大量に食べるはずもありませんね。とても失礼なことを聞きました。申し訳ありません。忘れてください」
「大丈夫、気にしてないよ。それに、柚子のそういう素直なところ、僕はとてもいいと思うな」
あっけらかんと笑ったアランが、柚子の頭に手を乗せようと腕を上げ、固まった。
どうやらドレスに合わせて結い上げられた髪を崩す勇気はなかったようだ。
手を彷徨わせたアランは気を取り直して、うやうやしく柚子の手を取り、指先に口づけを落とした。
「柚子。君はこれからも
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