第24話
「……遺体を焼いたのか」
ギルドマスターは依頼書を伏せ、目を細めた。
カナリアはまるで動じずに答える。
「親は、子どもが感じた痛みを何倍にも想像して、自分に負わせる。……知らなくていいだろう」
「親ってのはそういう生き物だからな……」
ギルドマスターの声には探るような色が混じっていた。今回、依頼を出した彼らは庶民にとって決して少なくない額を出していた。それだけ子どもが帰ってくることを願っていたのだろう。
「親はいい。お前が焼くしかなかった理由を、俺は知っておくべきだろう」
カナリアは短く息を吐き、目を伏せる。
「……形が、もうなかった」
沈黙が落ちる。
ギルドマスターは眉間に深い皺を刻み、やがて息を吐いた。彼もかつては冒険者をしていたのだ。そのひと言でどんな状態だったか、想像ができる。
「バレたら大変だぞ。遺体損壊になるんだからな」
「わかってる」
ギルドマスターは口元を緩め、わざと軽口を叩いた。
「大変だな、勇者さんも」
「お互い様だろう。私はもう慣れた。生まれた時から続いてるんだ」
「……この後の予定は?」
「グレンの怪我を確認して……それからロイに会う。明日からまた討伐だ」
「……少しは休め。治療完遂で教会を出てから、ずっと働き詰めだろう」
「そんなこと言ってられない。最近、街の近くのモンスターが強くなってるんだ」
ギルドマスターは目を伏せた。
オラシア街は、冒険者の登竜門と呼ばれるほど安全だった。だが今は、ゴブリンの巣も大蛇も、すぐそこに潜む。
「ロイから聞いた。……また魔王討伐に向かうんだろう。裏切った仲間への敵討ちか? それとも――親父さんを探しに?」
「運命だよ。勇者は、魔王を倒す運命なんだ」
カナリアの声は冷たく、瞳には一片の揺らぎもなかった。それからお互い話すことなくカナリアは外へと出ていった。
閉まった扉を見ながら、マスターは煙草を蒸かす。
「……小さな子どもに世界の生贄を押し付けることが勇者かね、難儀な世界を作ったもんだ。神様も」
ロイはその日、カナリアと食事に行くつもりでいた。
討伐を終え、間に合わなかった子どもの遺体と、気を失ったユリ、そして傷だらけのグレンを運ぶカナリアの横顔は、影を落としたままだった。
物語に出てくる勇者のように整った面差し。けれど、それを意識せず見れば、あまりにも綺麗すぎて、だからこそ底知れない恐怖を抱かせる。
「カナリアさん、ご飯食べに行きましょう」
「え……」
「ユリさんとグレンも、起きてたら一緒に」
短い沈黙のあと、カナリアは小さく息を吐き、あぁ、そうだな――と頷いた。
「というわけなので、起きてるユリさんは一緒にご飯行きましょう」
教会の治療室でそれを聞いたユリは、疑わしげな視線をロイに向ける。
「僕たちは明日も生きていかなきゃ行けないんですよ」
その言葉にユリは渋々、支度を始めていた。
オラシア街の外れにある定食屋「ネマラ」は宿屋も兼ねており、酒場ではないが夜遅くまで酒や温かな料理を提供してくれる。
カナリアが木の扉を押し開けると、香ばしい肉の匂いと共に、店主の女性ミールスがにっこりと笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、カナリア様。お食事ですか?」
「えぇ、お世話になります」
カナリアは店内を見回し、隅の席に座るロイとユリを見つける。同じ席に腰を下ろすと、灯りの下でユリの顔色を確かめた。
「ユリ、起きたんだな。身体は?」
「大丈夫です」
「そうか」
その一言に、わずかに安堵の色がにじむ。
ロイがそんな二人の様子を見て、嬉々とした声を上げた。
「今日はミールスさんが出す特別メニューだそうですよ!」
「そうか、元気だなロイ」
しばらくして、湯気を立てた料理が運ばれてくる。ミールスの後ろから、小柄な娘が盆を抱えてついてきた。
娘は恥ずかしそうに、視線をちらと上げてから
「ゆっくりしていってくださいね」
と小さく声をかけた。
カナリアはふっと頬を緩めてその言葉を受け止めた。
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