第9話
「ふえぇえええ……終わった……」
湿地にべしゃりと座り込み、ロイは泥だらけのローブを引っ張って嘆いた。
その声がカエルより情けなく響いてくる。
隣ではカナリアが周囲を警戒しながらも、先ほどまでの厳しさは鳴りを潜めていた。
表情は淡々としているが、その目にどこか柔らかい光が宿っている。
「カナリアさん、朝から動いてたのに……体力すごいですね……」
ロイがぼやくと、カナリアは彼の方を見て、首を傾げた。
「……朝からって、よく知ってるな?」
「神父様が教えてくれました。『足引っ張るなよ』って、がっつり説教されましたよ……。で、何してたんですか?」
カナリアは少しだけ視線を落とし、言いにくそうに唇を噛んだ。
「昨日、仕留め損ねた蛇の頭を探してたんだ」
「……蛇の、頭?」
ロイは眉をひそめて考え込む。全部仕留めたと思っていた。逃げた個体などいただろうか?
「一人で討伐したんですか?」
「いや」
カナリアは森の風景を思い出していた。鼻に染みついた鉄と土の匂い。
低級モンスターの死骸、血の跡。それを食い荒らした形跡。
まるで「何か」が、街の近くまで来ていたとでも言わんばかりに。
「蛇は……真っ二つになってた。私の仕業じゃない。多分、他の――もっと強いモンスターにやられたんだろうな」
その瞬間、ロイの目がわずかに強張った。
蛇よりも強い存在が、すでに街のすぐ近くにまで迫ってきているという現実。
「また……魔王城に、向かうつもりですか?」
ロイの問いに、カナリアは少し間を置いてから、静かにうなずいた。
「あぁ……そのつもりだ」
「……やっぱり。神父様の診断も、その準備なんですね」
ロイは浄化魔法で疲れを癒したのだろう。既に息切れしていなかった。あれだけたくさん走り回ったのに。
「……どうして、そんなに?」
その問いに、カナリアはふと遠くを見つめるように目を細めた。
「……一周目で守りきれなかったものが、たくさんあるんだ」
「……」
「勇者なんて、頼られてばかりで、守ってばっかりだった」
声にはどこか苦みが滲んでいた。
思い出すのも辛い記憶だろう。でもそれでも、語る必要があると彼女は思った。
「……守られて、失って……気づくんだ。もっと力があれば、って。一瞬でも“守られたい”なんて思った自分を責めて、悔やんで……でも、そのときにはもう遅い」
カナリアは自分の手を見つめた。ロイの隣にある手は、男らしく大きく、節のある指をしている。それに比べて自分の手は、小さくて華奢だ――けれど。
(手が小さかろうが関係ない。何度だって、私は……守る。落とさないように、握り締めて、戦い続ける)
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