第12話 悠々自適のその先へ -1
健一の小屋の周囲には、彼が製作した小さな畑が広がり、季節ごとに様々な野菜や花が咲き誇っていた。
朝は鳥たちの穏やかなさえずりによって覚醒し、小川で顔を洗うのが日課となった。
冷たい水が、彼の顔を心地よく引き締める。
朝日に照らされた森は、毎日新しい顔を見せてくれるようであった。
自身で整えた畑で野菜を栽培する時間は、健一にとって何よりの喜びであった。
前世の家庭菜園の知識を応用し、異世界の土壌や植物の特性をリルルから学びながら、日々改良を重ねる。
収穫の喜びは、何物にも代えがたいものであった。
土の匂い、太陽の温かさ、植物の生命力。
その全てが、健一の心を豊かにしていく。
彼は、一つ一つの野菜の成長に、深い愛着を感じていた。
畑の片隅には、健一が自作した風車がゆっくりと回り、その動力で小さな水車が回る仕組みが作られていた。
これは、村の灌漑システムを改善するために健一が考案したもので、効率化と持続可能性を両立させた、彼の知識と創造魔力の結晶であった。
このシステムにより、村の畑は常に適度な水分を保ち、収穫量も飛躍的に増加した。
村人たちは、この新しい仕組みに驚きと感嘆の声を上げた。
「健一様、これは一体…! 我々の畑が、こんなにも楽に潤うとは!」
長老が目を丸くして尋ねた。
その声には、純粋な驚きと、健一への深い尊敬が込められていた。
「ええ、少しばかりの工夫で、水運びの手間が省けるかと」
健一は控えめに答えたが、その表情には静かな達成感が浮かんでいた。
この風車は、健一の存在が村にどれほど大きな変化をもたらしたかを象徴するものであった。
彼の技術は、村の生活を根本から変えつつあった。
◆◇◆
村に出かけ、長老やアレン、村人たちと交流する。
彼らの話を聞き、時には前世の知識(簡便な効率化の示唆や、衛生知識、総務部で得た幅広い雑学知識など)を助言する。
ただし、決して押し付けがましくなく、相手が受け入れやすいように、彼の物腰はあくまで柔らかであった。
創造魔力を用いて、村人の破損した道具を修繕したり、新しい道具(例:手作りの簡便なろ過装置、より使いやすい食器など)を製作したりする。
彼の製作した道具は、どれも素朴ながらも実用的であり、村人たちに喜ばれた。
村人たちは、健一の知恵と技術に全幅の信頼を寄せていた。
健一の表情は、転生当初の疲弊した面持ちから、穏やかで充実したものへと変化していた。
眉間の皺は消え、目には優しい光が宿る。
「前世においては、常に時間に追われ、納期に間に合わせることに必死であった」
健一は静かに思考した。
「現在、これほどまでにゆったりとした時間が流れていることが、何よりの贅沢である」
離婚した妻の顔が浮かんだ。
今ならば、あの時、もっと彼女の言葉に耳を傾け、完璧ではない自身を受け入れ、もっと柔軟に生きるべきであったと理解できた。
それは後悔ではなく、穏やかな反省へと昇華されていた。
彼の心は、過去の重荷から完全に解放され、清々しさに満ちていたのである。
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