第3話
冷静になってよく考えてみれば、元カノの私と、浮気相手のいる職場にわざわざ顔を出してくるだろうか。
よっぽどの図太い精神でなければ、私か彼のどちらかはバイトを飛ぶだろう。
次のシフトの時にわかる。
大学では会うことはない、もっと狭いコミュニティのバイトで、堂々と出勤してきたら腹が立つな、と思い、シフトの確認をした。
お互いに就活を終え、シフトが被ることの方が多い…。
と、思っていたが、彼とはついこの間までは相談して、同じ日に出勤しよう、とシフト提出をしていたはずだ。
それもここ数ヶ月はなかったな、と改めて思い、そんなに私への興味は薄れていたのだ、と、げんなりして、ガッカリして、また少し泣いた。
翌々日、見事に、シフトは被っていた。
バイトまで行くのが何万も距離があるように感じた。
どんな顔で会えばいいのか、さっぱりわからなかった。
私のつけた痕は、まだ首筋に咲いているだろうか。
すぐにわかる。
あんなわかりやすいところに花を咲かせたのだ、あの子には悪いけれど、私がかけた最後の呪いだ。
どんな形であれど、少し、見せつけてやらねばならないだろう。
この3年間、貴重な、貴重な3年間をたった一晩で私より彼女を選んだのだ。何度も夜を過ごして、隣で寝てきた。ましてや、もう一人私以外に相手がいるのに私を抱いた。
───許せるはずがない。
そんな罪深いことを、私は断じて許さない。
時が来るのを待った。
───バックヤードの喫煙所で、彼は社員と談笑しているのを見た。
何食わぬ顔で、堂々としていた。
微塵も私に後ろめたさを感じさせないかのような笑顔だった。
私はエプロンを着て、名札を付け、髪を後ろで結んだ。
暑かったのでボディシートで体を拭いた。
少し匂いがした。
無臭と書いてあるのに。
そして彼は堂々と出勤した。
私がつけたはずの私といた証を上書きするかのように、彼の右耳の首筋に、でっかく花が咲いていた。
私との間接キスを、彼女はしたのだ。
このクソヤローの男の首で。
上書き、上塗り、どう表現しようか。
相手側も焦ってきっと無理矢理につけたのだろう。
私がつけた彼岸花のような痕は、派手に内出血しており、相当強く吸ったようだった。
彼の耳の裏から、首筋にかけて、くっきりと、真紅の花弁が垂れていた。まるで熱を帯びた火傷のように。
他にも、色々な箇所に花が咲いていた。
負けじと何度も痕をつけたかったのだろう。
それが既に惨めで、滑稽だった。
歳下の女だ、それくらいはするだろう。
このキスマークの痕を無理やりつけたのだ、少しおもしろくて、笑えた。
さて次はどんなことをするかな、私が振って、あの子に乗り換えたんだ、と吹聴してやろうか。
どうするべきか、私という女を捨てたことを、後悔させてやらなければなるまい。
私は別れて少し強くなった。
私よりも少し背が低くて、胸の大きな、あの子と一緒にいる時間より私の方がいた時間は長く、濃密だったのだ。
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