君がくれた答え
レッスンを続けていたある日のこと。
「えー、皆さんにはお知らせがあります!」
そう言ってマネージャーの中川さんは声を張った。
「なんと! 皆さんのお披露目会が決まりました!」
「お披露目会?」
「そうです。デビュー前に、皆さんがどんな人なのかを知ってもらうための会です。」
そうしてお披露目会の説明が始まった。
内容は、一人5分間の自己紹介ステージを**自分でプロデュース**するというものだった。
その様子は配信され、公式チャンネルにも残るという。
同時に開設される個人チャンネルへの導線にすることも目的らしい。
デビューへ向けて、自分を売り込む最初の企画。
「というわけですので、今後は各自どういったことをするのか考えてください。事前に私へ報告もお願いしますね。」
「必要なものがあれば早めに教えてください。音楽は権利確認がありますので。」
配信日は1か月後。
順番は当日くじ引きで決まるという。
誰が一番印象に残れるか――それが最大の課題だ。
「亜夢ちゃん……どうしよう……」
カレンちゃんは明らかに困っていた。
「私、得意なことないかも……」
「そんなことないよ。」
会話が聞こえていたのだろう。横から木乃香も声をかけてくる。
「そーや。誰にでも得意なことはあるさかい。もうちょい考え。」
励ましながらも、彼女の表情にも焦りが浮かんでいた。
私も考えないといけない。
お披露目会で、私ができること。
ダンス?
……だめだ。小林芽実がいる。
でも、あきらめたくない。
歌?
……これもだめ。斎藤さんや柊木さんのほうがずっとうまい。
でも、負けたくない。
私にしかないものって、なんだろう。**
頭の中がぐるぐる回り続けていた。
学校生活とレッスンを行き来するだけの日々が過ぎていた。
その間も私が得意なことを考えたけれど、答えは何ひとつ出てこなかった。
学校では宿題を忘れたり、レッスンでも普段は間違えない振り付けを間違えたりした。
「亜夢ちゃーん!」
駅で名前を呼ばれ、振り返るとカレンちゃんがいた。
「カレンちゃん。おはよう。」
「Good morning、亜夢ちゃん!」
「今日も元気だね。」
「うん、毎日楽しいもん!」
「そういえば、お披露目会の内容は決まった?」
「うーん、まだかな。これっていうのはあるんだけど、なんかモヤモヤしてて。」
「そっか。でも形があるだけいいなぁ。」
「亜夢ちゃんは?」
「私はまだ……」
「難しいよね。いきなり自分を見せるって。」
「うん。」
「でも落ち込んでもしょうがないよ。今はレッスン頑張ろ!」
カレンちゃんは周りを自然と明るくする存在だ。
こうやって気持ちを前向きにさせてくれる。
私にはないもの。
だからこそ、羨ましいと思う。
胸がずっと痛んでいる。
誰かになれはしないのに、誰かになりたいと思ってしまう。
その日のレッスンは昼で切り上げられ、お披露目会に向けた練習時間となった。
先生方も内容についてアドバイスしてくれるらしい。
みんなが散って、それぞれ自己アピールの準備を始めた。
私は周囲を見回した。
小林芽実はやはりダンス。
木乃香は和太鼓。
斎藤さん、並木さん、柊木さんは練習のため帰っていった。
そしてカレンちゃんはピアノ。
部屋の外までクラシックの音が響いていて、
曲名は知らないけれど、演奏技術の高さは素人でもわかった。
天性の明るさに、確かな音楽センス。
アイドルになるために生まれたような人だ。
胸の奥で、悔しさがざわついた。
得意だと思っていたダンスにも上がいる。
じゃあ私はどうすればいいの。
ずっと迷い続けていた。
「牧之原さんは何をするんですか?」
突然声をかけられ、振り返ると中川さんが立っていた。
「まだ何も……」
「そうですか。いきなりは難しいですよね。うーん……」
中川さんは腕を組み、少し考えてから言った。
「あ、ちょっと話しませんか? 牧之原さんのこと、教えてください。」
「え……」
「話すことでヒントが見つかるかもしれませんよ。」
そう言われ、私は中川さんと向かい合った。
「牧之原さん、地元でアイドル活動してたんですよね。なぜムスカリを?」
「最初は、ただアイドルが好きだったんです。でも影山桜の卒業ライブを見て……彼女を越えたいって思いました。影山桜を越えるアイドルを目指す、って聞いて……」
「ふふ、やっぱりあなたは強いですね。普通、その意気込みでは長続きしませんよ。」
「そうですかね……」
「ええ。憧れや勢いはすぐに消えることが多いです。」
「実は私、オーディション時からあなたに注目していたんですよ。」
「え……」
「誰にも負けないというオーラがありました。だから絶対に受かってほしいと思って推薦もしました。」
「……」
「だから、あなたはそのままでいてください。“負けたくない”という意思こそが強みです。」
「でも、私はたくさんの人に支えられてると思います。」
「確かに。けれど同時にあなたも誰かの支えになっている。胸を張ってください。私はあなたのその強さが大好きです。いつかムスカリを支えられるくらいに強くなってください。」
そう言って中川さんは、一枚の紙をそっと差し出した。
「ここだけの秘密ですよ。」
それは、お披露目会での演目リストだった。
太鼓、一人芝居、剣道、バレエ……
そしてカレンちゃんのピアノ。
レッスンの振りを練習していると、外から声がかかった。
「亜夢ちゃん。」
カレンちゃんだった。
「ごめん、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「聞いてほしいものがあって。」
案内されたのはピアノのあるレッスン室。
「お披露目会ね。私、ピアノをするんだ。その曲、聞いてほしいの。」
「もちろん!」
カレンちゃんの表情が、いつもの明るさとは違い、静かに引き締まった。
演奏が始まる。
曲名は知らない。クラシックだということくらいしかわからない。
でも――わかった。
彼女は本気だ。私たちに負けたくないんだ。
悔しさで、手が震えた。
演奏が終わり、自然と拍手がこぼれた。
「すごいね……なんて曲?」
「AIR ON G STRING っていうの。日本語だと……たしか――」
「G線上のアリアよ。牧之原さん、それも知らないの?」
振り向くと、小林さんが立っていた。
「クラシックの名曲よ。」
「ごめん……クラシックはあまり……」
「知らないの? 本当に表現者になりたいの?」
そう言って去っていった。
空気を切り替えるようにカレンちゃんが言う。
「亜夢ちゃんは何をするの?」
「まだ……自信がなくて。」
「自信なくてもいいよ。」
「え?」
「“得意なことはない”って落ち込んでた私に、亜夢ちゃん言ったよね。
『そんなことないよ』って。」
「……」
「その言葉で、私は考えて、見つけられたんだよ。」
「亜夢ちゃんは亜夢ちゃんなんだよ。」
そして、まっすぐに言った。
「迷ってるなら、答えを知ってる人に聞いてみたら?」
「答え……?」
「ダディとマミーだよ。」
家に帰ってから、父に相談した。
「ねえ。私らしいことって、なんだと思う?」
「亜夢は負けず嫌いなところだね。お母さんにそっくりだよ。」
驚いた。母が負けず嫌いなんて、想像もしなかったからだ。
父は続ける。
「昔は気が強くてね。何でも負けたくないって言って。ゲームで負けたら泣きそうになって、何度も挑戦してきたよ。」
「亜夢も同じだよ。」
その言葉が胸の奥で光った。
――負けたくない。
私は――負けず嫌いなんだ。――
その瞬間、心が決まった。
翌日のレッスン。
私は真っ先に中川さんのもとへ向かった。
「中川さん。お披露目会、ダンスでいきます。」
「小林さんと被りますが……大丈夫ですか?」
「大丈夫です。曲は被らないようにします。
それに……私、ダンスが得意ですから。」
中川さんは笑って頷いた。
「わかりました。応援してます。」
こうして――
私の、負けられない戦いが始まった。
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