はい、それもご褒美です
椎茸猫
第0話:異世界転生総合選考会
俺は今日、勇者になる──はずだった。
光に包まれて、目を開けた瞬間、そこに広がっていたのは……草原でも、森でもなかった。
ガラス張りの会議室。重厚なテーブル。革張りの椅子に並ぶ、スーツ姿の神々。
「……え?」
冷ややかな視線と、数字を見抜くような目が、俺の魂をスキャンしてくる。
天井のスポットライトがやけに冷たく、壁際には『異世界転生 総合選考会』と書かれた金文字のパネル。
俺は、勇者どころか──これから“圧迫面接”を受けるらしい。
心臓が嫌な汗をかく中、中央の神が口を開いた。
「桐生優斗さん、準備はよろしいですか?」
つい数分前まで、俺は29歳・倉庫仕分けバイトだった。年収250万、恋愛経験ゼロ。生きる楽しみは異世界スレと深夜アニメ、それから今日届く予定だったゲーム限定版。
それを受け取った瞬間、俺の運命は“配達ドローン”によって閉じられた。
──頭上から、影。ドローンが暴走して、俺の頭上に落ちてきたのだ。
「うわっ、マジかよ!?」
最後の言葉はそれだった。限定版を抱いたまま、俺は異世界……いや、こうして神々の前に放り込まれた。
「……ここ、何だ?」
呼び出される前、俺は白を基調にしたラウンジのような控室にいた。壁には『異世界転生 選考中』の文字と、謎の説明書きが並んでいる。
《希望職種:勇者/魔法使い/その他》
《プレゼンタイム:5分以内》
プレゼン?……まさかとは思ったが、その時点で俺はまだ甘く考えていた。
「よし……まず剣スキル、魔法、あとハーレム……いや、エルフは正妻枠だな」
妄想は止まらない。異世界で俺は英雄になり、エルフの女の子と森で暮らす。名前入りの弓を贈って、夜は……ぐふふ。
今思えば、その時点でフラグは立っていたんだ。
* * *
「それでは、質問を始めます」
黒縁眼鏡を指で押し上げた女神──レノア=キュベリス(マーケ神)が、無言でグラフをめくり、隣の神が書類をパタンと閉じた。
その男神──ファエル=ヴァルミナス(財務神)は、冷ややかに言う。
「まず教えてください、桐生優斗さん──あなたに“投資”する理由は?」
「えっ……理由? えっと、その……俺、異世界で無双できます!」
「根拠は?」
質問を重ねたのは、淡々とした口調の審問神、クァリス=ゼルファー。
睨むような目に、俺は背筋を凍らせた。
「テンプレですから!」
空気が凍る。神々の視線が一斉に突き刺さった。
「まぁいいでしょう。それでどんな投資(加護)が希望ですか?」
「えっと……最初は無双系の剣技、それと魔法、あとハーレム必須なんで魅了系も!」
ファエルが眉をひそめ、書類に何かを書き込む音がした。
「……それ、開発コストいくらだと思ってます?」
レノアが小さく笑みを浮かべる。
「ROIは? 回収期間は?」
「……ロリ? あ、いや、エルフは歳わかんないから実質合法って話で……?」
「ロリじゃねえ、ROIだ」
クァリスの語調が明らかに冷たくなる。
空気がさらに重くなる中、俺は必死に笑ってごまかしたが、ペンのカチカチ音とグラフを指で叩く音だけがやけに響いていた。
圧迫の雨は止まらなかった。俺は椅子の背もたれにしがみつくしかなかった。
そのとき、中央の神──アルセイン=クレドゥス(総括神)が静かに身を乗り出した。
「一つ、聞かせてください」
「え?」
「あなた、この世界で何をしたいんですか?」
俺は、胸を張って言った。
「魔王を倒して、人々を救って、世界を平和にします!」
アルセインは、わずかに眉を上げた。
「……この多様性の時代に、勇者だ魔王だと? 古臭いですね。我々は“共存”を重視しています」
「そ、そんな……」
そして、その時が来た。
アルセインが、ゆっくりと手を組んだまま問いかけた。
「最後に、一つだけ。あなたは底辺からでも這い上がる自信がありますか?」
俺は即答した。
「はい、たとえ奴隷からでも成り上がってみせます!(加護があれば)」
神々の間に、静かな笑いが広がった。
「……わかりました。では、あなたは──ミジンコ転生です」
「……は?」
「安心してください。“エルフのそば”には置いてあげますよ」
(神様……ありがとう?)
* * *
白銀の髪、湖のような瞳のエルフ少女。庭園の水槽に花びらを浮かべ、幻想魚がきらめく水面を見つめている。
エルフ「今日もきれいね、ルリアナフィッシュ……」
水槽の底で、ミジンコの俺は震えていた。
(エルフ!生きる理由できた! ここから、俺の伝説が──)
水面に近づこうと必死に脚を動かすが、鏡に映る自分は、点より小さい。
(……でも、見ててくれよ。俺はここから……)
──その時、影が落ちた。巨大な魚影。牙のようなヒレがスローで迫る。
(ま、待て!話し合おう!俺まだ転生3秒だぞ!?)
ギャアアアアア!!
こうして俺の“ハーレム異世界”は、水槽の食物連鎖に吸収された。
「──次の志望者、入室どうぞ」 To be continued…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます