石垣島ラプソディー〜総務の青山さん3〜

大谷智和

1 社内研修に行くということ

 少し時を戻して6月中旬

 但野がパソコンでデータ入力の作業をしているところでそのメールは受信された。送り先は人事部からである。緊急性は無いと判断したが丁度業務もキリが良い所だったので但野はそのメールを確認してみた。

「えっと・・・石垣島の研修?」

表題を見たところで田中が後ろから声をかけてきた。

「おお但野、ちょっと今メール来たと思うけど・・・って見てたか」

「あ、はい。なんすかこれ」

田中は腕組するなり苦い表情を浮かべた。

「いやさ、うちの会社って沖縄とかにも支部あるじゃん。そこのレンタカー屋さんで研修することになって」

「研修?なんでそんなこと」

但野にはその研修の意義がまるで分からなかった。すると田中が続けた。

「これから北海道の方でもこの事業を拡大していきたいっていうのが社長の考えらしいのさ。それに業務的に色々学べるから車売る以外にもいい経験値になるんじゃないかって」

「そういうことですか。でも石垣って」

「そう。しかも最長2週間」

「2週間?!」

但野は思わず大きな声を上げた。無理もない話である。彼自身入社してから会社を離れての研修は何度かあったがどれも1泊が基本であった。それが今回は長くて2週間となれば話が違ってくる。

「その間俺一人で石垣にいろってことですか?」

「いや、何人かグループで行くみたいだよ。まあ説明会が明日あるみたいだからそこんとこちゃんと聞いてきて」

「・・・はい」

そう言って田中は自分のデスクに戻っていた。但野はため息をついた。ただでさえ労働組合のイベントの実行委員を任されただけでなくこのようなよくわからない社内研修に駆り出されるとなれば疲労感も3割増しである。

「えっと、説明会は・・・15時か」

但野は手帳に予定を書きだしてメールの画面を閉じた。


 翌日、会議室には同じく研修に行くメンバーであろう社員たちが集まっていた。ホワイトボードの前には人事部の斎賀と鈴木がタブレットを眺めながらなにやら準備している。但野はふと参加者一覧の人数を思い出した。人数的に今この場にいる人間だけではないはずだ。そうなるとおそらく店舗からも研修に駆り出される人間も出てくるはずだ。だがそれだけのためにわざわざ本社に呼ぶのでは費用対効果に合わない。そうなればオンラインで説明を行った方が効率的だと踏んだのだろう。

「ええっと、それじゃあ全員集まったので、これから研修の説明を始めさせて頂きます」

時間になると斎賀が話を切り出した。

「まず今回なんですけれども、皆さんには石垣島のクローバーレンタカーにて長くて2週間、研修を受けてもらいます」

会議室にはどこか張り詰めた空気が漂っていた。おそらく乗り気な従業員は誰一人いないのだろう。それでも斎賀は続けた。

「まず何故今年からこのような研修が始まったのか、ええ皆さんもご存知かと思いますが、うちの親会社であるクローバーモビリティの自動車販売や自動車のリース事業、さらに洗車コーティングの事業を札幌圏と沖縄で展開しております」

そのくらい知ってるよ、と但野は内心思っていた。

「そんな中で5年前から親会社がレンタカー事業を那覇市と石垣島で始めることとなりました。おかげさまで業績はグループの中でもトップの位置になっております」

ホワイトボードにプロジェクターで映し出されたグラフが浮かび上がった。だがこんなもの見て何になるのだと相変わらず但野は考えていた。

「それで今後このレンタカー事業を道内でも展開していくために、グループ会社である我々にもレンタカー事業のノウハウを学んでいただきたいということで、今回のレンタカー研修を行うこととなりました」

要するに会社の事業拡大のための足掛かりということだろう。しかし自分たちならともかく店舗にいる営業スタッフ達にレンタカー業務を行わせて何かメリットがあるのだろうかと但野は考えていた。自分がいた頃の新札幌店であれば間違いなくそんなんこといいから車売ってこいと発破をかけられるような案件だ。

「尚研修中の宿泊施設は当社の方で準備させてもらっております。近隣にはスーパーやコンビニもありますので食事などに困ることは無いでしょう」

但野は意識が明後日の方向へ飛んでいきそうになっていた。

「ああ・・・鈴木宗男また逮捕されないかなぁ」

すると話し手が斎賀から鈴木に代わった。

「それでは次に研修の日程とメンバーについてです」

再びスライドが切り替わった。日程を見る限り最終は10月末までかかるようだ。但野は自分の名前がどこにあるか探した。

「まず第1陣は7月1日から。こちらは店舗や親会社の方が多いですね。本社スタッフの皆さんは8月から行っていただく形となります」

その日程を見て営業推進課の星名が手を上げた。

「すいません、これってお盆休み被ってませんか?それはどうするんでしょうか?」

但野はあらためて日程表を見た。確かに何人かはお盆の長期休暇と被っている。だが鈴木は動じることなく話を続けた。

「万が一被ってしまった方は振替でお休みを取って頂く形となります。そこはご安心ください」

安心できるだろうか、少なくとも他の課でも休み明けは業務がかなり立て込んでいるはずだ。そんな中で他の人よりも出勤日数が少ないのはかなり不利になるのではないかと但野は思った。

「そして宿泊施設に関してですが3部屋用意しているので二人から三人の共同生活をしていただく形になります」

その言葉を聞いて但野の眠気が一気に覚めた。

「え、マジで?」

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