<22・恋人。>

 ニコさんに憑りつかれた人を探すための、唯一のヒント。それが、隣町で死んだ男性にあるだろう、ということには気づいていた。

 しかし人が次々と死んだり、口論になったり、それ以上に疑わしい人物がいたりとで細かな精査をする余裕がなかったのだ。

 ゆいなはもう一度思い返してみる。最近起きた出来事と、それからあのニュースを。


「私の勘でしかないけど」


 冷や汗が、首筋を伝う。


「沙穂。最近……山吹先生が元気ないって、私達気にしてたよね?」

「う、うん、まあ」

「それが、多分付き合ってた人に振られたせいじゃないか、って噂は前々からあったじゃん?前まで机に飾ってた男の人の写真がいつの間にかなくなってて、その人と別れたせいじゃないかって」

「そうやね。せやから元気づけたくて、誕生日プレゼント買わなあかんなーって話してて……」


 そこまで話して、ようやく沙穂もはっとしたようだった。


「……ほんまか?」


 絞り出すように言われた、その一言が全てだろう。

 彼女も山吹先生のことは慕っていたはず。だから励ましたいと思って、プレゼントのことをゆいなに相談していたのだ。

 考えたくなかったはずだ。というか、考えようとも思わなかったはず。――山吹先生が、ニコさんに憑りつかれ、生徒たちを殺している犯人かもしれないなんてことは。


「昨日の夜聞いたニュース、もう一度思い返してみたんだよ」




『●●県〇〇町のアパートで、男性の遺体が発見されました。友人の女性がインターフォンを鳴らしても出てこない男性を不審に思って郵便受けから覗いたところ、玄関で倒れている男性を発見。警察に通報したとのことです。男性は〇〇町の中学校で教員をしている、桃瀬優一郎ももせゆういちろうさん三十八歳で、死亡状況に不審な点があったことから、警察は事件と事故の両方で捜査を続けているとのことです……』




「私達は隣町に接点なんかほぼないでしょ。特に、他校の先生なんかと会う機会はほとんどない。でも、山吹先生はそうじゃない。だって数年前まで、隣町の中学校に勤務してたって確かにそう言ったんだから!」




『というのも、私がこの学校に来たの、数年前なの。十五年前にも確かに教師はしていたけれど、隣町の学校に勤務していたからこの学校のことはよく知らなくて……。私以外の教員の人達もそう。十五年前からずっとこの学校に勤務しているのって、校長先生くらいなものじゃないかしら。だから校長先生なら、何か知っていたかもしれないけど』




 勿論、根拠としては弱い。

 山吹先生が勤めていた中学校と、亡くなった桃瀬さんという男性が勤めていた中学校が同じ学校だという証拠はどこにもないだろう。

 ただ、もし同じであったならば。同僚として、長く一緒に働いていたということになる。

 そこで、先生同士の接点ができる。


「写真立ての男性と、その桃瀬さんって人が同じ顔なら……山吹先生には、動機ができるってことか……!」


 瞬が慌ててスマホを取り出した。


「ちょ、俺、とりあえずその被害者の桃瀬さんって人の顔写真とか、どっかに出てないかネットで調べてみるわ!京、お前も手伝え!」

「わ、わかった」


 京も一緒に、スマホをいじり始めた。その間、ゆいなと沙穂は先生の机の探索である。そのうち、彼女はこの教室に戻ってきてしまうはず。その前に、証拠となるものを見つけなければいけない。

 自分の杞憂なら、それでいいのだ。でも、これがもし本当なら。


――このゲームを終わらせることができるかもしれない、でも……!


 でもそれは。

 山吹先生を、殺すことになるかもしれないわけで。


――なんにせよ、真実を見つけないとどうにもならない!早く、早く見つけなきゃ……!


 写真を見つけられないかもしれない。あるいは見つけても、ネットの方に桃瀬先生の写真が出ていなくて同一人物だという証拠を見つけられないかもしれない。なんにせよ、これがやっと見つけた手がかりなのだ。今のうちに、なんとしてでも探しておかねばなるまい。

 引き出しを上から順に開き、中身を引っ張り出していく。テストの答案だとか、作りかけの問題や成績のメモなんかを発見して手が止まりかけたが(本来自分達が見ていいものではないはずだ)今はスルーだ。なんといっても命がかかっている。


「あっ!」


 やがて、沙穂が声を上げた。一番下の引き出しを開けて、奥の方に手を突っ込んでいる。


「これ、これとちゃう!?薔薇の写真立て!!」

「あった!?」


 書類の下敷きになって押し込まれていたそれを、彼女が引っ張り出した。写真を伏せる形でねじ込まれていたそれ。薔薇の花のような飾りがくっついた金色の写真立てだ。少し派手だけれど、恋人の記念写真を入れておくにはぴったりだったことだろう。

 そこに映っていたのは、笑顔で男性と腕を組んで立つ山吹先生の写真だった。山吹先生よりだいぶ若い、背の高い男性だ。端正な顔立ちで、にこにこと微笑んでいる。背景は海か湖のようだった。どこかに二人で旅行にでも行ったのだろうか。


「ゆいな、これ……この人であっとるか?いつも先生の机に飾られてた写真で間違いないとは思うんやけど」

「残念だけど、私が見たニュースでは桃瀬先生の顔までは出てなかったから……同一人物かどうかは」

「そっか……」


 ただ、一番奥に、伏せた状態でねじ込まれていたのである。仕事をするたびにこの写真を見るのが苦痛で隠した、という可能性は高そうだ。

 やはり、この男性となんらかのトラブルがあったのは間違いないだろう。破局して恨んでいたというのならば、それこそ殺害するには十分足る理由であるのかもしれない。――本気で誰かに恋をして、それを失ったことがないゆいなにとっては想像するしかないことだが。


「とりあえず、写真出せないかなこれ。裏にメモとか書いてあるかもだし」

「せやな。……ねじ回しとか必要なやつやろか、これ」

「いや、特にネジとか見当たらないから、道具なしでも開けられるとは思うんだけど……」


 写真をくるくる回して、どうにか引っ張り出そうと模索する。散々回したところで、パチン、と止める留め金のようなものがあることに気付いてそれに指をかけた。

 ぱかっと写真立ての後ろが開き、写真を取り出せるようになる。ゆいなと沙穂が写真を引っ張り出すことに成功した、その時だ。


「見つけた!」


 京が声を上げ、スマホを手に駆け寄ってきた。


「これ!」


 どうやら、お目当てのニュース記事を見つけたらしい。動画だったようで、ゆいな、沙穂、瞬が覗き込むと同時に彼は再生ボタンをクリックする。

 テロップが出ていたので情報としては十分だったが、一応といった様子で京が音も鳴らしてくれる。


『〇〇町の中学校で教員をしていた桃瀬優一郎さんは、中学一年生のクラスを担任していました。同僚の職員によると、いつも明るくて優しい、生徒たち一人一人に向き合う先生だと評判だったそうです。生徒たちの中からは、先生の死をまだ受け入れられないという声も聞こえており……』


 表示されたのは。

 長身で端整な、優しそうな顔立ちの男性。


「……ビンゴじゃん」


 ゆいなは写真を京と瞬にも見せた。スマホの画面と並べる。写真の方が少し日焼けしているし髪型も違うが――間違いない、同一人物だ。

 同時に。


「写真の裏に、名前書いてあった。これ」


 “20XX年、7月29日。優一郎さんと”


「……やっぱりそうだ。山吹先生の別れた恋人って、この桃瀬先生だったんだ」

「じゃあ」

「ほぼ確定でいい、と思う。隣町の、桃瀬先生をニコさんの呪いで殺したのは……」




 かつん。




 そこまで言いかけたところで、唐突に硬質な音が響き渡った。堅くて小さなものがぶつかる音。耳慣れた音。

 まさか、と思ってゆいなは振り返る。先生の教員机の側面に立っていたので、黒板はゆいなの背中側にあった。そして、見てしまうことになる。

 赤いチョークが、再び浮遊している。そして黒板に、何か文字を書いている。角度がきついせいでここからではよく見えない。


「くそっ……!」


 ニコさんが文字を書いているということは、誰かが再び死んだ可能性が高い。ゆいなは慌てて教卓の正面に立った。チョークが、人あらざる者の力でするすると動いていく。そして、悪魔の文字をそこに刻んでいく。




『わたしは許さない。

 誰のこともけして許さない。

 わたしを、わたし達を、忘れるものすべてを許さない。

 忘れようとすることをけして許さない。

 許さないために、何度でも、何度でも思い出させてあげる。


 さあ、三人目が死ぬよ。

 四人目も死ぬよ。

 ニコさんを崇めても、誰も彼も例外じゃない』




 ゆいなは周囲を見回した。

 真っ青な顔をした沙穂。怒りに震える瞬。青いを通り越して、既に白い顔になりつつある京。そして自分。今回は間違いない、全員がちゃんとそろっている。

 ということは、標的にされているのは保健室にいる二人か、もしくは。


「亞音……!」


 山吹先生がニコさんの依り代ならば、彼女は少なくとも最後の一人になるまで標的になることはあるまい。ということは、危ないのは亞音と美冬と貞だ。

 いや、そもそも山吹先生と一緒にいる時点で彼等は危ないのでは――。


「や、やだ、亞音!亞音が危ない!」

「ゆ、ゆいな!」


 ゆいなは慌てて教室を飛び出した。問題は、美冬たちがどこに消えたかわからないということ。美冬は目が見えなかったようだし、そう遠くまで行ってはいないとは思うのだが。


「!」


 その時、気づいた。廊下に点々と血の痕が残されているということが。

 状況的に考えて、美冬の血であることは想像に難くない。


――この血を辿っていけば……!


 天をつんざくような絶叫が聞こえてきたのは、その時だった。

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