第19話 境伯の娘、王弟の好きなケーキを知る

 お母様には、貴族令嬢らしくない特技がある。

 料理とお菓子作りがとっても上手。

 専属の料理人を雇っているけれど、たまに厨房に入って作ってくれた。

 お母様は謙遜するけれど、料理人に負けないぐらい、どれもがとても美味しい。


 一般的な令嬢は厨房には立ち入らないそうだから、お母様が変わった貴族なのは間違いない。

 そのお母様の血を受け継いでいる私も、きっと変わった貴族令嬢なんだと思う。


「美味しいです。クリスタ様は、お菓子作りがお得意なのですね」

 私が作ったクッキーを食べたレイヤ先生が、驚いた顔をした。


「美味しいですか? 良かった。久しぶりだったから、忘れちゃってるんじゃないかなと思ってたんです。リクハルド様に差し上げてもいいと思いますか」


 お母様に美味しい物を差し入れしてみては? とアドバイスをもらって、お菓子作りが頭に浮かんだ。

 小さい頃からお母様に教わって、簡単なお菓子なら私にも作れたから。


「クッキーでしたら片手で手軽にいただけますから、よろしいと思いますよ。日持ちもしますし」

 レイヤ先生は気に入ってくれたようで、クッキーを食べる手が止まらない。


「でも紅茶が冷めてしまいますね」

「ポットでお白湯をお出しして、ご自身で淹れていただくしかないでしょうね」

 レイヤ先生のアドバイスに従って茶葉を用意し、ポットにお湯を入れてポットカバーをかぶせて、作ったばかりのクッキーを添えて執務室に持って行った。


「お手隙のときにでもどうぞ」

 お父様とリクハルド様に伝えて私は出てきた。


 毎日クッキーだと飽きるだろうからと、クラッカーやパイなど、小さなサイズのお菓子を作って差し入れした。

 五日間、毎日お菓子を差し入れていると、リクハルド様がお声をかけてくれた。

 この時、お父様はお部屋にいなかった。


「クリスタ嬢、いつも菓子を届けてくれてありがとう。夕方に疲れて小腹が減っている頃につまむと、ほっとする。片手で手軽に食べられるしな。料理人に礼を伝えてほしいのだが、頼めるだろうか。どうした? 俺の顔になにかついているのか?」


 リクハルド様がご自身の頬を撫でる。

 私が驚きと嬉しさで、リクハルド様のお顔を見つめてしまったから。

 私が作ったものを美味しいって食べてくれて、しかもお礼まで言ってもらえるなんて。作った甲斐があった。


「はい! 伝えておきます! リクハルド様の食べたいものがありましたら、お作りしましょうか?」

 少し踏み込んで、リクハルド様の好みを訊ねてみた。こんな機会もうないかもしれないし、頑張っておられるのだから、お好きなものを食べてもらいたいもの。


「あ、ああ、そうだな。俺はシフォンケーキが好きなんだ。ホイップクリームが乗っていると、嬉しい」

「シフォンケーキですね。頑張ります!」

「ん? もしかしてここの料理人は作れないのか。それなら無理はしなくていいと伝えてくれ」

「大丈夫です!」

 私は力いっぱい返事をして、請け負った。


 執務室を出た足で、お母様のお部屋に向かい、

「お母様、助けて」

 と泣きついた。


 実は、シフォンケーキは私にはとても難しいケーキだった。うまく膨らまなかったり、くびれができてしまったり、穴があいたりと過去に失敗しかしていない。

 この日から、妃教育に加えてシフォンケーキの特訓も始めた。


 今まで厨房に入ったことのないレイヤ先生は、お菓子作りに興味を持ったらしく、私の隣で料理人からクッキー作りを教わっている。

 先生からは教わることしかないと思っていた。並んでお菓子作りをする日がくるとは思いもしなかった。

 美味しく出来たクッキーを、レイヤ先生は帰宅していたお兄様に差し上げていた。


「クリスタ様と一緒に作らせていただきました。甘いものがお嫌いでなければ、受け取っていただけないでしょうか」


 レイヤ先生ったら、私と一緒に作ったなんて謙遜しちゃって。隣にいた私は知ってるんだよね。先生が何度も何度も挑戦しているのを。

 生地をこねて、形を作って、焦げたりパサついたりしても、挫けずに毎日クッキー作り続けた。


「クリスタは母から教わって、よく厨房に入っていました。レイヤ先生にまで付き合わせるとは申し訳ない」

 お兄様はなぜか謝罪した。

 違うんだよ。お兄様のために、レイヤ先生は初挑戦したんだよ。貴族令嬢なのに。

 飛び出して行ってレイヤ先生の後押しをしたい気持ちを抑えて、物陰から二人を見守る。


「クリスタ様がリクハルド様のお心をつかむ方法を探しておられたのです。貴族令嬢らしくないご趣味かもしれませんが、健気で可愛らしいと思います」

「クリスタにそんな理由が? リクハルド様のお邪魔になっていなければ良いのですが」


「喜んでくださっているとお聞きしています。料理人が作っていると思っておられるようですけれど」

「自分が作っていると、クリスタは告げていないのですか」


「そのようです」

「それはまた、慎み深いことだが、気づいてもらえないと気が引けないではないですか」


 お兄様の声に笑いが混ざっている。

 だって、私が作りましたなんて言うの、アピールが酷い娘だと思われそうだもの。


「クリスタ様のお気持ちが、伝わるとよろしいのですけれど」

「折を見て、そっとお伝えいたします」

「そうして差し上げてくださいませ」


 お兄様が口添えをしてくれるみたい。嬉しい。

 それなら、きっかけをくれたレイヤ先生の恋を応援してさしあげようと、私は拳を握った。


 私のシフォンケーキ作りは、特訓を初めてから七日目に成功し、ホイップクリームを添えてリクハルド様に食べていただけた。

 一緒に食べようと誘ってもらえて、私は正面に座って、切り分けた。

 リクハルド様が頬を緩ませて、美味しそうに食べてくださる顔を拝めて、眼福だった。



 次回⇒20話 辺境伯の娘、謝罪される

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る