第10話 辺境伯の娘、雪遊びをする

 冬が来て、毎日雪が降るようになった。

 雪が積もるまでは、暖かい外套を着て散歩ができたけど、ぐっと冷え込んだ日の翌朝、積雪が庭への扉を塞いだ。そうなると、もう庭に出ることができなくなった。


 部屋にバルコニーがあれば、雪で遊べるのに。


 窓から吹雪いている外を見つめて、私はため息をついた。

 太陽が雪雲に覆われているせいで、陽の光を浴びれない。

 うっそうとした重い天気のせいで、少し鬱々としてしまう。

 せめて雪で遊べたらなあ。


 と思っていると、侍女のヴァルマが、桶に雪を入れて持って来てくれた。

「クリスタ様が雪を楽しみにしていらしたので」

「運んでくれたの? ありがとう。どうやって遊ぶの?」

 一年を通して暖かい南部には、雪が降らない。だから遊び方を知らない。


「城下町に住む子供たちは、雪合戦をして遊びます。雪玉を投げ合うんです。でも、王城ではお庭に出られないですね。あとは雪人形を作ります」

 ヴァルマが雪を掴んで、球を三つ作り、三段に重ねた。


「雪人形ね。私も作って見るわ。冷たいっ」

 思っていたより雪が冷たくて驚いた。ヴァルマの真似をして、球を一つ作ってみる。

「ヴァルマ、すごいわね。冷たくて、手が……」

 一つ作っただけで、手がどうにかなりそうだった。


「クリスタ様、手が荒れてしまいますよ。せめて手袋をお使いになってください」

 レイヤ先生が部屋に来て、アドバイスをしてくれた。止めなさいとは言われなかった。


 私は水を通さない革手袋を両手に嵌めて、雪を丸めた。手は濡れないけど、冷たさはまだあった。でも素手よりは我慢できた。

 せっかくの雪だから、少しは冷たさを味わっておかないとね。

 出来上がった小さな雪だるまに、ヴァルマが用意してくれた種を上の球に嵌め、細い枝を真ん中の球の左右に指すと、可愛くなった。


「楽しかったわ。ヴァルマ、ありがとう」

「いえ。少しは気が晴れましたか?」

「少しどころかとても。ここに置いておくと、すぐに溶けちゃいそうよね」

「窓の外に置いてはいかがですか? 少しだけ出っ張っりがありますから」

「そうしましょう」

 ヴァルマが窓を開けて、出っ張りに小さな雪人形を置いてくれた。


 冬の間、外にいる雪人形を見て、癒された。

 吹雪いていた日が少なくなり、積もった雪が解け始めた。雪人形も徐々に形を崩していく。

 陽が当たり、雪がきらきらと眩しく光る。

 王都に春が訪れた。


「春だーーーっ!」

 庭にでる扉前の雪が片付けられたと聞いた翌日の朝、さっそく庭に向かった。

 まだ空気は冷たいけど、陽に当たると体がぽかぽかする。

 両手を広げて深呼吸。草花が芽吹く春の香りがして、心から解放された心地になった。

 チューリップの花壇を覗く。発芽はまだ。これから暖かくなって、陽に当たると芽が出るはず。


「楽しみだなぁ」

 まだ何も出ていない土に話しかけた。

 朝の散歩が楽しみになって、毎朝起きるようになった。ヴァルマもレイヤ先生も、気がついていたけど、もう何も言われなかった。


 一カ月ほどして、緑色の小さい突起が土から出た。

「芽が出てる!」

 小さな芽がかわいくて、ずっと見ていたかった。


 一つだけだった芽は、あちこちに増えて、ぐんぐん大きくなっていった。

 葉が広がり、茎が伸び、最初に発芽したチューリップが、真っ赤な蕾をつけた。

「かわいい。咲くのはいつかなあ。明日はまだ早いかな」

 ぷっくりした蕾をつんつんとつついて、時間が許す限りたくさん話しかけた。


 やがて他の球根にも蕾がついた。赤、黄、白、ピンクの蕾が花壇に並び、華やかになる。

 他の花壇にも庭師が手入れをしていたお花がたくさん咲いている。タンポポ、スズラン、スノードロップ、クロッカス。

 花に魅せられた蝶々や蜂が蜜を集めて飛び、てんとう虫が葉や茎の上を歩いていく。

 気温とお花だけじゃなくて、昆虫からも春を感じた。


「咲いたー!」

 数日後、ついにチューリップが花開いた。ティーカップみたいなかわいい花が幾本も、空に向かって真っ直ぐに。

「きれいだね」

 花びらの中からてんとう虫がよちよちと上がってきた。羽を広げ、別の花に飛んでいく。


 楽しくて楽しくて、踊りたい気分になる。

 そうよ、踊ってしまえばいいのよ。楽しいときは、踊って良いのよ。

 花壇の間を、踊って進む。ステップを踏み、くるりと舞い、飛び上がる。

 そよそよと風が吹き、花や枝が揺れる。甘い鼻の香りが漂う。

 私は舞う。蝶ほど華麗ではないけれど。


 △  △  △


 何をやっているんだ、あの娘は。

 自室の窓から庭園を覗けば、クリスタが舞っているのが見えた。

 舞踏会で踊るような、優雅な舞ではない。気分のままに手足を伸ばし、回転し、飛び上がっている。


 驚くほどに、純粋だな。

 あの純粋さが羨ましい反面、危なっかしいとも思う。

 今はあの娘に価値はないけれど、俺の妃になれば、利用する者がでてくる。


 権謀渦巻く貴族の世界に呑まれれば、白はすぐに汚れてしまう。

 花を愛でることもできなくなってしまうのは、目に見えている。

 サーラスティ辺境伯は、娘を強かしたたかに育てるべきだったのではないか。


 クリスタが欲深く、貴族の娘たちに言い返せるぐらい気が強い娘であったなら、妃になっても安心だったかもしれない――。

 いや、違うな。純粋だからこそ、惹かれたんだ。


 俺にはない純粋さこそが、クリスタの長所なのだ。

 まっ白で、きらきらと輝いていて、満面の笑みで笑い、人を疑うことを知らなさそうな瞳。

 サーラスティにいるからこそ、純粋でいられるんだ。


 王都に来て半年。頑張っているのは報告書を見ていればわかる。

 どれだけ頑張っても、俺が妃を娶ることはない。

 俺の意に反して婚約がなされても、必ず破棄する。

 王命であっても、譲れない。

 王城から去らせる。サーラスティに帰らせる。それが唯一の、クリスタを守る方法だから。



 次回⇒11話 辺境伯の娘、ショックを受ける

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