僕らの恋は青くない
衿乃 光希
第1話 幽霊に助けられました
終業のチャイムが鳴った途端、静かだった学校が喧騒に包まれる。
部活用のスポーツバッグを片手に飛び出して行く生徒。
友人同士で集まってきゃいきゃいはしゃいでいる女子。
スカート丈の短い完璧なメイクの女子たちに話しかけた男子が、スマホを取り出した。連絡先の交換をしているんだろう。
廊下やグラウンドからも、賑やかな声が聞こえてくる。
授業という拘束から解放された生徒たちが、放課後の予定に心を躍らせている。
高校二年の新学期が始まって二週間。教室ではある程度グループが出来上がっていて、クラス替え直後の緊張感は、ほぼない。みんな、人と関わるのが上手いらしい。
浮かれた様子の生徒たちの間を縫って、僕は教室を出た。
二年B組でぼっちは僕――
僕に友だちはいない。できないんじゃなくて、作らない主義だ。
幼かった僕は、無条件で人を信頼していた。でも、ちょっとしたことで手のひらをひっくり返された。
学習した僕は、ひとりでいることを選択した。
部活にも入らず、まっすぐに自宅に帰る毎日。
『暗いアオハル(笑)』
中学三年の時に馬鹿にされて、笑われたけど、気にしなかった。
僕を馬鹿にした男子生徒は、親友と好きだった女子が付き合い始めたのを知って、親友とケンカになった。二人は卒業まで一切口をきかなかった。
人は裏切る。傷つきたくなければ、深い付き合いをしなければいい。
スクールバッグを肩にかけ、黙々と歩き、高校を後にした。
自宅までは徒歩20分ほど。僕はイヤホンを耳に嵌め、スマホで音楽アプリ《ボカコレ》を立ち上げた。
聞き慣れたボカロの軽快な音楽が流れる。テンポが速く、早口な曲が好みだ。
母さんは人間が感情たっぷりに歌うから音楽はいいんだと言い、学生時代の思い出の曲をいまだに聴いている。
ボカロは無感情な機械が歌うからこそ、僕には合っていた。
制服のジャケットのボタンを外し、ネクタイを少し緩める。
音楽に合わせて歩いていると、信号のない横断歩道にさしかかった。足を止めて左右を確認してから、横断歩道を渡る。ここの道は危ないから、必ず車を確認してから渡るようにと小さい頃から言い聞かされてきた。
込み合う大通りを避ける抜け道になっている上、信号がなく、緩やかな坂道になっているせいで、アクセルを強く踏むドライバーがいるらしい。
と、右耳から突如音が消えた。イヤホンの嵌りが甘かった。
「やべっ」
道に落ちたイヤホンを拾うために屈んだ。
直後、
「トラック!」
女子の叫び声と、車の走行音が聞こえた。
顔を上げると、スピードを緩める気配のないトラックが見えた。僕がしゃがんでいるから見えないのか、停まる気がもともとないのか。
やばいと理解できていても、体が動かなかった。
16年の人生がここで終わるのか。
振り返るほど大した思い出のない、薄い人生だったな。
走馬灯も見ないのかと思っていると、
「逃げて!」
耳をつんざくその声に、反応したのは体の方だった。
押し出されるように歩道に転がった直後、轟音を上げながら大型トラックが通り過ぎた。
息をするのを忘れていたのか、はあはあと激しい息をはく。
助かったのだと実感している僕に、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのは、年配の男性だった。
僕を動かしてくれた声は、当然ながらその老人ではない。救急車を呼ぼうとしてくれているのを断って、僕は女子の姿を探した。
あの声の持ち主は、絶対に同年代の女子だった。僕は人とほとんど話さない生活を送っているけど、毎日学校で聞こえてくるのだから、聞き間違えるはずがない。
まだ震えの残った足で立ち上がり、あちこち見渡す。
それらしい女子の姿はない。
もう行ってしまったんだろうか。
お礼を言いたかった。
「大丈夫そうだね。良かった!」
弾むような声が、近くで聞こえた。
「ありがとう」
お礼を言いながら振り返ると、にこにこしている女子と目が合った。
その瞬間、僕はミスをしたことに気がついた。
「ねえ、痛いところはない?」
そこにいるのは、たしかにほぼ同年代の女子だった。
眉を寄せ、心配げな顔で僕を覗き込んでくる。
青いスカーフのセーラー服は、どこの学校の制服だったっけ?
彼女の動きに合わせて、ポニーテールにした黒髪が揺れる。
運動をしていそうな、活発なタイプに見えた。
出逢いのチャンスと喜ぶ男子がいそうなぐらい、彼女はかわいい顔をしていた。
でも僕にはわかった。
彼女が生きている人ではないということが。
僕はそれ以上彼女に反応をするのはやめて、立ち上がった。
転がったときに落としたスクールバッグを拾って肩にかけ、自宅に向かって歩く。
「警察に行かなくていいの? 私、ナンバー見たよ」
心配してくれているけど、僕は返事をしなかった。
助けてもらったけど、気づかないフリをしないといけない。じゃないと、おもしろがってついて来るから。彼女のように幽霊になった人は。
「大丈夫そうだね」
イヤホンが落ちたことで注意力が散漫になってしまったから、気をつけないとな。
明日からの通学、気を引き締めよう。
「ケガしてなくて、良かった」
僕がひたすら無視をしているのに、彼女は明るい口調で話しかけてくる。
これが、彼女――
次回⇒2話 幽霊に憑かれて
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