第26話 幼馴染と修学旅行 二日目④


「あとでツーショット撮ろっ」


 ──と、幼馴染に言ってやったのは修学旅行二日目、映画村でのこと。


 私たちは当初の予定通り、着物をレンタルしに向かった。

 さすが京都でも屈指の観光名所というべきか、レンタルできる着物の種類は十や二十ではなく、予想以上に豊富な品揃えだった。

 男子たちがささっと着物を選んでいったのに対して、私たち女子は色や柄を選ぶのに相当苦労した。


 梓が選んだのは、黒が基調の大人しめな布地に黄色の蒲公英たんぽぽがあしらわれた着物。

 クールさの中にふとした可愛さを見せる親友にぴったりなデザインだった。


 私が選んだのは、淡い碧色の布地に白の紫陽花あじさいがあしらわれたデザインの着物だ。

 柄自体はとても可愛いのだが、似合っているかどうかは自分じゃよく分からない。

 店員さんからは「とてもよくお似合いです!」と言ってもらえたが、社交辞令の可能性だって十分にあり得る。


 しかし、店の外で鉢合わせた幼馴染の反応を見る限り、どうやら着物選びには成功していたらしい。


「……似合ってるんじゃないか?」


 ぎこちない態度で、顔を逸らしつつも横目でちらちら見てくる幼馴染を思い出して、頬が緩んでしまいそうになる。

 いつもなら「見惚れちゃった?」とか軽口を言ってしまうところだが、自分が選んだ着物を気に入ってもらえたことが素直に嬉しく、何も言えなかった。


 それに、葵の着物姿もかなりポイントが高かった。

 私や梓の柄物とは異なり、紺一色で統一されたシンプルなデザインが、幼馴染の素の魅力を際立たせていた。


 許されるならその姿を今すぐにでも写真に収めたいところだが、急にそんなことをしたら葵に引かれてしまう。

 何かうまい言い訳でもあれば別だが、生憎と何も思いつかなかった。

 笹木くんあたりがどうにか写真を撮ってほしいところだが、あまり期待はしない方がいいだろう。


 とはいえ、ツーショットの約束はすでに取り付けてある。

 その時点で私からすれば勝利が約束されているようなものだ。

 とりあえず今は幼馴染の隣を確保して、映画村の観光を楽しもう。


 映画村の大きな見どころといえば、殺陣の演舞だったり、時代劇の衣装を借りれたり、有名アニメとのコラボなどが挙げられるが、個人的に一番楽しみにしているのは参加型の忍者劇だ。


 ただし、忍者劇には決められたスケジュールがあるわけでなく、突発的に起こるイベントのようなものらしい。

 一日に数回開催されるようだが、そこに出くわせるかどうかは完全に時の運なので、見れたらラッキー程度に考えていた。


 そんな私たちがこれからアニメとのコラボ会場に向かおうとしていた時、急に「カンカン」と鐘の音が鳴り響いた。


 何事かとざわつくのも束の間、瓦屋根から覆面の忍者が四人、凄まじい身のこなしを披露しながら飛び降りてくる。

 わぁっと歓声があがる中、続けて奥の通りから押し寄せる役人らしき男たち。


「あれって警察みたいな感じかな」

「こういう時代の警察ってなんて言うんだっけ?」

「えー、奉行所的な?」

「それは役所の名前じゃない?」


 いまいち何と言うのかは分からないが、要するに追う側と追われる側の対立関係ということだろう。

 四人の忍者たちは片手に短刀を構え、役人側は十手じってを構えている。


 一触即発の雰囲気はさながら、目の前で時代劇が繰り広げられているかのようだ。

 その迫力に私たちだけじゃなく、通りに居合わせた観光客全員が目を輝かながら、固唾を飲んで成り行きを見守っている。


 そして遂に、両者が動き出す。

 ごく平均的な動きの役人たちに対して、忍者の四人はアクロバティックな動きで通りを駆け巡り、相手を翻弄している。


 壁をぴょんと跳ねて屋根によじ登ったり、振り下ろされる十手を間一髪で避けながら相手の股をスライディングでくぐり抜けたり。

 その多彩な動きは同じ人間とは思えないほどに軽やかで自由自在だ。


 しかし、最初は優勢に見えた忍者たちだったが、徐々に人数の差で押され始める。

 完璧に忍者側を応援していた観客たちは不安げな表情を浮かべつつも、どこか期待するような眼差しで劇を見守っている。

 かく言う私も、そのうちの一人だ。


 そんな観客たちの期待に応えるように、役人の一瞬の隙を突いて忍者はそれぞれ四方に散開する。

 そう、きっと皆もすっかり忘れていただろうが、これは参加型のイベントなのだ。


 散らばった忍者は観客の中から無作為に一人を選び、人質として拘束する。

 首に腕を回して逃げられないようにする様は、端から見ているだけでもかなりの緊迫感がある。


 忍者たちの内、すでに三人が人質を確保して役人と対峙している。

 最後のひとりは、こちら側にやってきた忍者だけだが──。


「…………え」


 覆面で分かりづらいが、今明らかに最後の忍者と目が合ったような気がした。

 気のせいかとも思ったが、忍者はそれを裏付けるようにこちらに近づいてくる。

 予想外の展開に、思わず一歩後ずさる。


 しかし、忍者は狙った獲物は逃さないと言わんばかりに手を伸ばしてきて──。


「っ……!?」


 目を瞑った瞬間、不意にから肩を引き寄せられる。

 前にいたはずの忍者とは明らかに異なる方向だったこと、全身を包み込むような温かさに恐る恐る目を開ける。


「あ、葵……?」


 目と鼻の先にある幼馴染の顔に、心臓が大きく跳ねる。

 そんな私とは対照的に、葵は何やら威圧するような表情で前を向いている。

 そこでようやく、今まさに忍者劇の真っ最中であることを思い出した。


「あっ……」


 私に手を伸ばしていた忍者はさすがプロと言うべきか、わずかに一瞬だけ戸惑う様子を見せたものの、隣にいた梓にターゲットを変えて拘束する。

 無抵抗で連れられていく親友に、葵はハッとしたように私を離す。


「わ、悪いっ! いつもの癖でつい……!」

「だ、大丈夫。連れてかれるのちょっと怖かったし」


 平謝りしてくる葵に、私も「気にしないで」と応える。

 普段から私が変な男に絡まれた時には助けてくれる幼馴染だが、きっとそんな調子で守ってくれたのだろう。

 その優しさに対して、文句なんてあるはずがない。


 それでも謝ってくる葵は、私が忍者劇を楽しみにしていたのを知っていたからこそ、せっかくのチャンスを邪魔してしまったと思っているのだろう。

 ただ、今だけは……少し放っておいてほしい。


 自分が今どんな顔をしているのか、全くといって良いほどに分からない。

 唯一分かるのは、茹でたタコのように耳まで真っ赤になっているということだ。

 こんな顔は、幼馴染といえど絶対に見せるわけにはいかない。


「ほ、ほんとに大丈夫だから」


 どうか忍者劇が幼馴染の注意を引くくらい盛り上がってくれますように、と私は顔を俯けながら祈るしかなかった。

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