第21話 幼馴染と修学旅行 初日③


「落ちないように、手でも握っててくれる?」


 ――などと幼馴染に言われたりした清水寺での観光も含めて、俺たちは日中のイベントを全て終わらせていた。


 修学旅行中にお世話になるのは、創業100年を超える老舗旅館。

 建物の風貌から何もかもが風情に溢れており、雰囲気の良さが滲み出ている。

 俺自身、旅館に泊まるのも初めてということで、まるで物語の中に出てくるような光景に胸が高鳴った。


 宿屋に帰ってきてから既に結構な時間が経っており、実は晩御飯も食べ終えたばかりである。

 あとはこの旅館の名物だという露天風呂にゆっくりつかって、部屋でのんびりしたいところだ。


 しかし、初日の夜にはまだ大きなイベントが残っている。

 個人的には全然待ち遠しくなかった、学校主催の「肝試し」である。


 とはいえ、誰かが脅かし役をやったりするわけではなく、決められたルートを一周して旅館に戻ってくるだけのシンプルな肝試しだ。

 怖いものが苦手な人に向けての配慮がされているのか、先生方が脅かす役をするのがめんどくさいだけなのか。

 先生方の名誉のためにも前者であることを祈りたい。


 肝試しは既に始まっており、他クラスの生徒たちが順番で出発している。

 二人組だったり、三人組だったり、場合によっては女子が五人以上で出発している組み合わせもある。

 だが、うちのクラスでは「青春っぽいことしろ!」という担任命令によって、男女二人組でのペアが義務付けられている。


 そうなれば当然、男子たちの視線はほぼ一か所に集まる。

 何だったら他クラスの男子たちからも視線を集めているのが、俺の幼馴染さま――浅葱夏帆あさぎなつほさんである。


 ただし学校の放課後などと違って大勢の視線が集まっているからか、声をかけようという勇者はなかなか現れない。

 そうこうしている内に、誰かを探していたらしい幼馴染の視線がぴたっと止まる。


「い、一緒に行くでしょ?」

「まあ、他に組めそうな女子なんていないしな」


 夏帆の提案に、ちょうどペア相手に困っていた俺は頷く。

 途端に周りの男子から鋭い嫉妬の視線が突き刺さるが、こういうのは気にしたら負けなのだ。

 文句があるというならせめて、俺と一緒に回ってもいいという優しい女の子を紹介してからにしてくれ。


 そうこうしている内に、俺たちのクラスの番がやってくる。

 男子のほとんどが夏帆に夢中だったせいで男女ペアがまだ全然できていない。

 既にペアが決まっているのが俺と夏帆のペア、そして雅也と三浦のペアというていたらくである。


「じゃあ、俺たちが先行くわ」

「夏帆をよろしく」

「りょーかい」


 三浦たちに見送られながら、俺たちの肝試しがスタートする。

 肝試しの定番にはまだ早い季節ではあるが、思いのほか薄暗い細道はそれなりの不気味さがある。

 不意に火の玉がゆらゆらと漂ってきそうな雰囲気だ。


 ――がさがさ。


 その時、道の外れにあった茂みが音を立てて揺れる。


「っ……!」

「だ、大丈夫か?」


 茂みの音にも驚いたが、それ以上に隣を歩いていた夏帆の身体が大きく跳ねたことの方に驚く。

 幼馴染はその場にへたり込むように座り、そのまま立ち上がる気配を見せない。

 思わず心配の声をかけると、不安げな眼差しで見上げてくる。


「や、やばい……。腰、抜けちゃったかも」

「まじか……」


 予想外の展開に、さすがの俺も戸惑いを隠せない。

 このままというわけにはいかないが、かといって誰かを呼びに行く間に一人にしておくわけにもいかない。


 そういえば幼馴染は小さい頃から怖いものが大の苦手だった。

 思い返しても、今夜の夏帆はやたらと歩幅が小さかったような気がするし、露骨に口数も少なかった。

 とはいえ、クラスメイトの前で「怖いの無理」などとは恥ずかしくて言い出しづらかったのだろう。


「大丈夫だ、ただの肝試しだろ?」


 俺だって怖いのは好きじゃない。

 ホラゲー実況は嫌いじゃないが自分でやろうとは思わないし、ホラー映画を見た日の夜はトイレに行くのだって怖い。

 お風呂場や洗面所で鏡を見るのが怖くなってしまったりもする。

 しかし、男と言うのは悲しいことに見栄を張ってしまう生き物なのだ。


「まだ立てないよな?」

「うん、ごめん……」

「気にすんな。今さら遠慮するような仲じゃないだろ」


 少しは元気を取り戻しているような幼馴染だが、さすがに立つのは厳しそうだ。

 こうなったら俺も腹を括るしかない。


「……ほら」

「な、なに?」

「おんぶだよ、おんぶ。いいから乗れって」

「い、いいの……?」

「困った時はお互い様だ」


 僅かな逡巡しゅんじゅんの末、幼馴染は遠慮がちに俺の背中に身体を預ける。


「お、重たくない?」

「普通だ」

「そこは軽いって言ってよ、ばか」


 女心とは難しいなと苦笑いしつつ、暗い雰囲気からは抜け出せてほっとする。

 すると急に掌や背中に感じる人肌の温かさに、妙に緊張してしまいそうになる。

 これがもしバレたら「変態!」と殴られてしまうかもしれないと心配していると、幼馴染が小さな声でぽつりと呟く。


「前にも、こんな風におんぶしてくれたことあったよね」

「……そんなことあったか?」

「あったよ。小学生の時に私がお母さんと喧嘩して家を飛び出して、そのまま迷子になっちゃってさ。あの時、一番最初に見つけてくれた葵が、私をおんぶして家まで送ってくれたんだよ?」

「……憶えてないな」


 俺の言葉に、夏帆がおかしそうに「ふふっ」と笑う。


「葵、あの頃から優しかったよね」

「……別に普通だろ。幼馴染なんだし」

「じゃあ私はラッキーだね」

「何がだ?」

「そりゃあ、葵と幼馴染なことがだよ」

「……大したことは出来ないけどな」


 もし今が夜ではなく夕方だったりしたら、「赤くなってる~」と馬鹿にされていただろうか。

 まあその時は、「夕陽のせいだろ」と返しただろうけど。


「……まだ少し肌寒いな」

「……そう? 私はあったかいけど」


 それにしても、肝試しという非日常的イベントの中にいるだろうか。

 何だかひどく不思議な感じだった。


 俺は、傍若無人な幼馴染から逃げるために「彼女ができた」という嘘をついた。

 そのことを後悔もしていないし、悪いとも思っていない。

 修学旅行中のどこかでネタばらしする予定も何ら変わっていない。


 しかし、なぜだろうか。

 嘘をついた後の方が、幼馴染との距離が以前よりも近付いているような気がする。

 そして、それを苦に感じていない自分がいることも確かだった。


 嘘の彼女から俺を取り戻そうとしている幼馴染は見た目だけの話ではなく可愛いと思えるし、今の素直さなんかはお互いに一番の親友だった頃の思い出が蘇るような懐かしさもある。


 そんな幼馴染を前にして初めて、「彼女ができた」なんて嘘をついたことに対してほんの少しだけ罪悪感が芽生えそうだった。

 まあネタばらししたら、また傍若無人な幼馴染に戻るのだろうけど。


 でも、もし――。


「修学旅行、明日も楽しみだな」

「うん、いっぱい楽しもうね」


 もし、幼馴染がずっと前から今の状態だったら。

 俺はあの日、嘘をついたのだろうか。




――――――――――――――――――

◇あとがき◇


読んでいただきありがとうございます!

修学旅行が楽しそう……京都観光してみたい……。


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