おかしな家3
今夜、モネとラウル、そしてエルドリアスはこの『おかしな家』に泊まらせてもらうことになった。
老婆がもう遅いからと勧めてくれたのだ。
老婆が部屋の準備をしてくれている間、モネとラウルはエルドリアスを呼んで老婆についての見解を話した。
「え? え!? まじっすか? あのばあちゃんが魔物?」
「憑りつかれている可能性もあるので、まだどちらか分かりません。まずはどちらか判別することが先決ですね」
「え、どういうことっすか?」
「魔物が人間に化けているだけならそのまま討伐すればいい。でももし人間が魔物に憑りつかれているなら、その魔物の魂を引き剥がしてから討伐しないといけないんです。でないと憑りつかれた人間ごと殺すことになるので」
「そんな……でもどうしたら判別できるんすか?」
「それは私に考えがあります。ただその前に、やつの目的も調べておいた方がいいかと」
「じゃあ、まずはこの家を調べてみよう。俺が老婆をひきつける。その間に二人で家の調査をしてくれ」
そのときちょうど老婆が居間へ戻ってきた。
「さあ部屋の準備はできたよ。次は風呂を沸かしてくるかね」
「あ、お婆さん。それ私がやります。一晩泊めてもらうのだからそれくらいやらせてください」
「そうかい。それじゃ頼もうかね」
「お、おれも手伝うっす」
「ではモネとエルドリアスに任せていいかな。俺はお婆さんに菓子作りの秘訣を聞かせてもらいたいから」
ラウルがうまく老婆を誘導してくれたところで、モネはエルドリアスとともに浴室へ行くふりをして小屋の奥へ進んだ。
小屋は外から見たよりはるかに広く、部屋もたくさんあった。やはりこの家は普通の家ではないようだ。
「お婆さんの部屋はどこですか?」
「たぶんこっちっす」
モネとエルドリアスは老婆の部屋の前にやってきた。
ドアノブを回してみるが開かない。鍵がかかっているのかと思ったが、鍵穴が見当たらなかった。モネはドアに貼りついて、よくよく観察してみる。すると、ドアと壁のすきまに何かはさまっているのが見えた。おそらくこの何かがドアと壁をくっつけて開かないようにしているのだ。
モネは鞄から小瓶をとりだした。
「なんすかそれ」
「レモン水です」
モネはレモン水を少し口に含むと、ドアと壁の隙間に吹きかけた。すると詰まっていた何かがするっと落ちた。
「うわっレモン水でとれた!?」
「レモンは魔物の成分とその他を分離する作用があるんです」
このようにレモン水は何かと便利なので、モネは狩りの際はかならず持ち歩くようにしているのだった。
小瓶をポケットにしまったモネはさっそく老婆の部屋に入る。すると。
「これは……」
部屋の中には、キラキラと輝く大きな宝石が所狭しところがっていた。見た目はきれいだが、独特の甘ったるい匂いが立ち込めている。
「これは魔石ですね」
「魔石? 何でそんなもんが」
魔石は文字通り魔力が込められた石で、魔物が魔力を体外に蓄えておく手段として作り出すものだ。
「匂いからして相当密度の高い魔石のようです」
「よくわかんないけど、あれっすよね。かなりやばい物ってことっすよね」
モネはさらに部屋を調べてみる。するとカーテンの奥に、普通の家には絶対ないものがあった。
「……!」
うずだかく積み上げられていたのは、真っ白な人の骨。
しかも、一人分ではない。何人もの骨が乱雑に積み上げられている。
「な、ななんで人の骨が!?」
「たぶんあなたがこの家に招かれたのは、次の餌食にされるためだったんでしょうね」
「ええっ? おれ食べられちゃうとこだったってことすか」
「いえ、魔物は人の肉は食べません。魔力を吸い取るだけです」
「いやいや、魔力を吸われただけじゃ死なないっすよね」
「量によります。人間は大気中の魔力素子を魔力エネルギーに変換して――」
「あのごめんなさい。おれ難しい話まったく分かんないっす」
「簡単に言うと、体内の魔力が減ると人間の体は魔力を生成しようと頑張ります。で、頑張りすぎるとやがて肉体がボロボロの搾りカスみたいになって死に至ります」
「え、こわ。魔力使いすぎたらそんななるんすか!?」
「使いすぎでは普通そこまで至りません。魔物に限界まで魔力を吸われ続けた場合だけです」
「なるほど。じゃあ、あの婆ちゃんがこの人たちの魔力を吸い続けて死なせたってことっすか」
「もしくは、あのお婆さんも魔物に憑りつかれて今現在魔力を吸われている最中なのかもしれません」
「どっちにしろ早くやっつけないとっすね」
「そうですね。エルドリアスさん、魔法はどの程度使えますか?」
「それがおれ、攻撃魔法はあんまし得意じゃなくて。まともにできるの補助魔法くらいなんす。でもそっちはけっこう自信あるっすよ」
「わかりました。ではすぐにラウルさんのところへ戻りましょう」
モネとエルドリアスはキッチンでお茶を淹れてから、居間で待つ老婆とラウルのところへもどってきた。
「風呂が沸くまでの間、お茶でも飲んで待ってようよ。ね?」
エルドリアスが老婆に言った。モネは老婆にレモン水入りのお茶を出す。
(さあどちらだ?)
レモンの効果は魔物やその分泌物と、それ以外の分離だ。もし憑りついているのなら、レモンの効果で憑りついた人間と分離できる。
老婆はティーカップを持って一口すすった。
モネたちが固唾を飲んで見守るなか、やがて老婆がうめき声をあげはじめる。
「き……貴様ら、あの部屋を見たのか!」
それは先ほどまでの老婆の声ではなかった。
老婆の身体から黒い影が浮かび上がってくる。
「憑りつきです!」
モネが叫ぶと同時に、老婆の体はその場に倒れこんだ。そして老婆から出てきた黒い影は段々と形がはっきりしてきて――。
それは、翼を持った魔物。ハタラキコウモリになった。
(やっぱりね)
魔力ドレイン系の魔物の代表格だ。
ハタラキコウモリは鋭い足爪で襲いかかってくる。
「全員外へ出ろ!」
ラウルの指示に従ってモネとエルドリアスが急いでドアを蹴破り外へ出る。
「エル君! 光で照らして!」
モネはエルドリアスに向かって叫んだ。
エルドリアスはハッとした顔をして急いで呪文を唱える。
辺り一帯がパッと明るくなった。ハタラキコウモリの動きが鈍る。
「次は私に光の補助魔法を!」
モネはエルドリアスに指示を出すとハタラキコウモリの方へ走り出した。ハタラキコウモリの方もモネに噛みつこうと飛んでくるが、モネはかまわず弓を構える。ラウルならこの程度の攻撃、必ず防いでくれる。予想通り、ハタラキコウモリの牙はラウルの魔法防壁にはねかえされる。
そして、エルドリアスの詠唱が終わった。
「モネさん! お願いします!」
モネの身体が光の粒に包まれた。そこからはモネも自分の魔力を使ってその光を矢に集中させる。
放った矢は彗星のごとく光を帯びて飛んでいき、ハタラキコウモリの身体を貫いた。
どさりと音を立て、ハタラキコウモリの体が地に落ちる。
「うひゃあ! すごいっすモネさん!」
エルドリアスが歓喜の声を上げながら走ってくる。
「なんであんな的確な指示出せるんすか! おれなんかいきなり魔物が出てきて頭真っ白になってたっすよ」
「モネはうちの参謀だからな」
なぜかラウルが得意そうに鼻を鳴らした。
「ラウルさんもすごかったっす! モネさんがいるところにバシッバシッって魔法防壁飛ばして、二人の息ピッタリで。なんかそういうの憧れるっす」
エルドリアスはキラキラと目を輝かせながら思いの丈を話し続ける。彼はほんとうに純真無垢な青年なんだな、とモネが思っていると、ちょんちょんとラウルに肩を叩かれた。
「どう思う? 彼」
「どう? とは?」
「新しいパーティメンバーにどうかってこと」
モネは少し考える。
魔法というのは使う人物の人柄や性格が影響する。補助魔法はいわば仲間に祝福を与える魔法だ。彼のような思いやりの塊みたいな人間は補助魔法使いとしては申し分ない素質を持っている。そして補助魔法はかける側とかけられる側との相性もある。先ほどエルドリアスから受けた補助魔法はモネの魔力ともすんなり馴染んだ。相性は悪くないと思われる。
「私は彼のメンバー入り、賛成です」
ラウルはその言葉に頷くと、エルドリアスに向き直った。
「エルドリアス。君、俺たちのパーティに入らないか?」
その言葉に、エルドリアスは目を丸くした。
「え、おれなんかが入っていいんすか? おれ攻撃魔法も防衛魔法もからっきしですけど」
「構わない。君の補助魔法は十分戦力になる。君がいればアタッカーであるモネの攻撃の幅が広がるからね。彼女も賛成してるし、ぜひ俺たちのパーティ入って欲しい」
「あ、あああ! ありがとうございます! おれまだパーティ決まってなかったから、めっちゃ嬉しいっす」
エルドリアスが飛び跳ねているの見ながら、モネはハッとした。
「あ! お婆さん」
その声にエルドリアスもハッとした様子で、慌てて倒れている老婆の方へ駆け寄る。
「婆ちゃん! 生きてるか!?」
そう言ってエルドリアスが老婆の身体を起こす。すると老婆の頭をすっぽり包んでいたフードがするりと落ちた。
「え?」
その瞬間、三人の声がそろった。
エルドリアスの腕の中にいるのは、もはや老婆ではなかったのだ。先ほどまで老婆だった人物は、若い女性の姿になっていた。
「これは、どういう……?」
「ハタラキコウモリに魔力を吸われて、老婆の姿になっていたのかもしれませんね」
「なるほど、奴を討伐したことで魔力が戻ったのか」
女性は20代半ばといったところだろうか、ふんわりした金髪に優しげな相貌の人だった。エルドリアスが何度か呼びかけると、女性は煩わしげに目を開ける。
「ううん。あれ、私いったい……」
「おれだよエルドリアスだよ。婆ちゃん! じゃなかった、おねえさん。大丈夫っすか?」
「あ、もしかして私、呪いが解けて……る?」
「おねえさんに憑りついてた魔物はおれたちが倒したっすよ!」
「あなたたちが、あのコウモリを? そう……ありがとう、みなさん」
そう言って女性は瞳に涙を浮かべた。
「でもおねえさん、どうしてこんな森の中に住んでるんすか? 女性独りで危ないっすよ」
「ここは私の家ではないの。森に入ってたまたま見つけただけなのよ」
「なぜこんな森に?」
彼女は雰囲気からしてハンターという風には見えない。
「実は私ね、故郷の村から駆け落ちしてきたの。でも実は相手にはすでに奥様がいて、行き場がなくなって……死のうと思ったのよ。それで森に入ったの」
「それは……辛いご経験をされたんですね」
「おねえさんが死ぬ必要なんかないっすよ! もうそんな男忘れて、新しい人生楽しみましょ。あ、でも今はゆっくり休むほうがいいかもしんないっすね。故郷はどの辺なんすか?」
女性はゆるゆると首を横に振った。
「勘当されて出てきたからもう故郷には戻れないわ。どこか、住み込みで雇ってもらえるところでも探そうと思う」
「ですが、どこかあてはあるのですか?」
「ないけれど、一度死んだと思えばなんだってできるわよ」
そう言って女性は力無く笑う。
ずっと黙って話を聞いていたモネは、そこで小さく手を上げた。
「あの。それなら一つ提案があるのですが」
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