みかん箱
紅野かすみ
【異世界転生】ヒミツ
「うまれてはじめて」
隣に並んだ彼女が唐突に言った。高い位置に結んだ長い金髪が風に揺れる。
「秘密を打ち明けようと思った」
「秘密?」
彼女には似つかわしくない単語だ。誰彼構わずに自分の思ったことを伝える、そんなサバサバとした性格の彼女が隠しごと。気にならないと言ったら嘘になる。
「そんな大事なもん、俺なんかに話していいのかよ」
「君だからこそ聞いてもらいたいと思ったのだ」
「ふーん」
「私は転生してきた。元は、異世界の人間だ」
「は!?」
思わず彼女から距離をとる。
今、なんつった!? 異世界だぁ? それってあの、こことは別の時空にあるというあの異世界か!?
「ふふふ、どうやら言葉が出ないようだな」
「冗談だろ?」
「大真面目な話だ」
彼女はふっと視線を落とす。その先には、魔物によって荒らされた街の復興をする人々がいた。ようやく訪れた平和を心の底から喜んでいる人たちだ。
ま、俺たちが苦労して得た平和だけどな。
「親友というか、主人というか……ある一人の青年を助けるため、私は龍神と契約をした。剣と魔法の世界に蔓延る悪を消したら、治ることは不可能だと言われた彼の病を消してくれる、と」
「その悪とやらはこの間倒したよな」
「あぁ。そして昨日、龍神が私の前に現れた」
伏せられた彼女の目の端で何かが光った。
流れ始めるそれを、俺は見逃すことができない。そっと彼女の頬に手を当てる。
海の色をした瞳の中に、黒真珠の瞳が映り込んだ。
「間に合わなかったそうだ。私の親友は、主人は……彼は、一人静かに眠ったらしい」
何も言えなかった。
絶え間なく流れる涙を見ていられなくて、俺は彼女の身体を寄せる。俺の胸に顔をうずめたまま、彼女は小さな嗚咽を漏らした。
気の強い姿からは想像できないほど弱々しい。
ずっと、一人で抱え込んでいたんだ。辛かっただろうに。
震える小さな背中をなで続けた。風も気を使ってくれたらしく、そよそよと優しかった。
◇◆◇
「すまんな」
落ち着いたらしく、彼女は俺から離れる。赤くなった目元が痛々しかった。
「私はこれからどうすればいいのだろう」
遠くの空を飛ぶ鳥の群れを見ながら、彼女はポツリと零した。
「元の世界に還るという願いも、意味をなくしてしまった。私は……これからどう生きたらいいのだろう」
一人の男のために全てを掛けていたんだ。その彼がいなくなった今、彼女の生きる理由が消えてしまった。
俺に打ち明けた理由が、なんとなくわかった気がする。
俺は国を背負うものとして生きる理由があった。国がある限り、そこに人々がいる限り、決して消えない生きる糧。正反対の道に立っていたからこそ、彼女は俺を選んだんだ。
「俺のとこに来いよ」
不思議と迷いなく言葉が出た。
「え……」
驚く彼女の手を取る。
「俺と共に生きてくれ」
華奢な手の甲にそっと口づけた。
鳥の鳴き声と人々の掛け声が遠くから聞こえる。俺たちの間に流れる時間は、実にゆっくりだった。
許せ。
お前を特別にしたいと思ったんだ。
自分だけのものにしたくなったんだ――うまれてはじめて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます