第6話 社畜の朝は、怒声と血涙でできている

朝5時、目覚ましは鳴るより前に止めた。

小鳥凪(ことり なぎ)はすでに起きていた。いや、魂が出勤していた。


「よし……今日も“推しに捧げる顔面”完成っと……」


鏡の前、社畜時代から染みついた早朝メイク儀式。

口紅の色は“推しが宿敵に勝利するときの強調赤”、ファンデは“友情が発動する前の曇り肌”を再現。


そして制服に着替え、駅までの道を競歩モードで駆け抜ける。


「さすがに今日は風紀委員に見つからないはず……!」


が――。


「そこで止まりなさい、補佐科の小鳥さん!!今日もそのメイク、何度目の警告か覚えてますか!?」


風紀委員・七瀬律。

前世で“叱責の精霊”でもやっていたのかというレベルのガミガミ力で、凪の朝に絶望を添える。


「違うんですこれは魔導具の一環なんです記録用発色処理であって校則的にはそのえっと……つまり……」


「つまり何ですか!? 本日も没収です!」


メイク道具一式、風紀ポーチに収容。


「今日こそは…石ころとして静かに過ごそうと思ったのに……!」


そんな凪に、今日最大の通達が舞い降りた。


スマホ通知:

>【バディ真白】

>《M.S.S.》実地試験、明日。

> COLOR†CLIMAX幹部たちが現場に出る。覚悟して。

> 妹のことも、改めて対応考えておくこと。


「……うそだぁぁ……七瀬の推しが、明日現場に……!?!」


血が逆流した。いや、血涙が出た。

妹の部屋には推しのアクスタ、サイン入りCD、メッセージ動画。全部“敵幹部製品”だったなんて……。


「わたし……妹の推しに殴られる未来なんて見たくないよ……!!でも補佐科だから現場行かなきゃなの……!」


思考は混線、感情はぐるぐる。

それでも凪は、石ころの誓いを握りしめていた。


推しに仕え、舞台袖で敬う──それが補佐科の美学。

だけどその舞台の照明が、家族の信仰を破壊しに来ているとしたら……どうする?


明日は来る。敵も来る。妹の“推し”も来る。

凪の自覚は、未だ着地しない。


舞台袖の石ころ、補佐科の語り手。

その運命、いよいよ戦場へ転がり始める──。

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