第7話 告白前夜 私ならきっと大丈夫。

 放課後の2年生の教室が並ぶ廊下。廊下に横一列に端から端まで並んでいる窓からはのどかな夕焼けの光が差している。急に私によって呼び出された佐伯先生は困惑の表情を一切見せなかった。落ち着いた表情を見せ、真剣に私の話を聞いてくれる立ち振る舞いをしていた。一方で私は、この佐伯先生と私が2人で向き合っている状況を作り出した本人とはいえ、これから出す言葉で佐伯先生を彼氏にできるかが決まると思うと心臓の高鳴りが抑えきれなかった。

 佐伯先生に声をかけて数十秒、喉にも血が上るような感覚を得て言葉がうまく出なかった。ぜぇぜぇという荒い息だけが2人の間のコミュニケーションと化した。

 「・・・どうしました?雪芽さん」

 きっとこれから仕事があるというのに、無理して貴重な時間を割いてくれている。早く、私が言いたいことを言わなければ、、、

 「はぁ、はぁ。あの今日、数学の時間と体育の時間に佐伯先生のことをずっと考えていました」

 佐伯先生は驚いた表情をした。

 「そうなんですか。奇遇ですね。僕も今日1日は雪芽さんのことを考えていて」

 私はさきほどまで苦しかった息が自然と恢復してきた。ちょっと、恥ずかしかった。

 「どうして、私なんかのことを考えてくれてたんですか」

 佐伯先生は少し考えて言った。

 「初めて会った時に大切にしていたハンカチあったでしょ。モノをしっかりと大事にする子だなって思って。それに、数学の時も体育の時も僕の話を素直に聞いてくれてた。そんな姿の子が僕は好きなんだ」

 ‘‘好き‘‘というワードが出て、顔が熱くなった。もしかして、私のこと好きなのかもしれない。いや、でもそういう子が好きなのであって私じゃないかもしれない。そう考えていると、佐伯先生が同じ質問を私に返してきた。

 「どうして僕のことを今日ずっと考えてくれていたの?」

 「あ、あの。それは。初めて会った時に顔がかっこいいって思ったからです。今日の数学と体育で勉強もできるし、教えるのも上手いのを知って。それで、、、心がホット暖まって。それで、、、」

 声の緩急が不安定で裏声も入ってしまった。ちゃんと伝わったか不安。最後の‘‘彼氏にしたい‘‘は言葉が詰まってしまい言えなかった。

 「それで、、の後になにか言おうとした?」

 佐伯先生は私が言い残したことが気になって聞いてきた。私はこれで彼氏ができなかったりしたらクラス中でいつまでも恥ずかしい女性として扱われてしまう。でも、言わなかったら何も始まらないのに、、、

 「今は言いずらいことならば、また今度聞いてあげます。では、また明日」

 佐伯先生はそう言うと、私のそばを去ってしまい業務に戻っていってしまった。私は自分で掴んだチャンスを自分から手放してしまった。これでもし彼氏にできなかったときのことばかりを考えて‘‘彼氏にしてください‘‘と言えなかった。このチャンスがいつ来るのか、そのときが来たらどうチャンスをものにしようかと漠然とした感じで考えて家に帰った。

 

 家に帰ると、お父さんとお母さんが一緒にテレビを見ていた。お母さんとお父さんは日常的によくテレビを見ていて、仲も良かった。2人とも会社員として働いている。帰りが早い時はこうしてリビングで和やかなムードで会話をして楽しんでいる。私も土日はよく家族と暮らしていて、学校であったこととかを親との環に参加して、楽しく話している。

 リビングは、畳16畳分の部屋で一般的な家庭である。ソファの前にテレビが置いてある。その後ろにはダイニングテーブルとキッチンが付いていていつもテレビを見ながら食事を摂っている。

 時計は18:00を示していて、お父さんとお母さんはソファに座って一緒に配信サイトで見逃したドラマを視聴して、和やかに話していた。

 「ねぇ、お母さん」

 「おかえり、雪芽」

 「あっ、ただいま」

 ただいまを言い忘れた私にお母さんはただいまを言い直させた。

 「どうしたの、学校でなにかあったの。いつもより雰囲気が暗いじゃない」

 流石、私の感情の把握が正しく読み取れている。

 「そ、そんな感じのことなんだけど、、」

 ごくりと息を呑みこみ、率直に聞いてみた。

 「お母さんとお父さんはなんで付き合ったの」

 お母さんとお父さんは私の尋ねたことを聞くと、2人顔を揃え笑いあった。そして、お母さんが最初に言った。

 「懐かしいことを聞くじゃないの。まぁね、人柄に惚れたからかな」

 そして、お父さんが次に話に入ってきた。

 「大学の時に出会ったんだけど、お母さん、今の雪芽みたいに可愛かったんだよ。それで俺が気に入っちゃってさ」

 「お父さんは優しかったし。気を遣えたんだよね。私が助けて欲しい時は助けてくれたし、困っているときは手伝ってくれたり、」

 「お母さんも、俺と一緒に大学の勉強取り組んでくれたりしたんだ。そしたら、自然と恋に落ちっていった。そのまま、結婚と流れになったんだよ」

 「私は雪芽を生んだ時が一番幸せだったな~、、、って話からそれちゃった」

 お母さんとお父さんはそのまま勢いで笑いあった。私はその2人の会話を聞いて、あまり深刻に考えなくてもいいのかなと思えた。

 今日の夜、自室の机でスタンドライトで明かりをつけながら告白の言葉を考えた。

 「私は、佐伯先生が好きです」と書いても、好きってちょっと彼氏と程遠い。違う気がする。

 「佐伯先生のことが初日から気になっていました。これから付き合ってください」と書いても初日から一目惚れだったのはちょっと恥ずかしい。

 私はデジタル時計が0:00を回っても告白の言葉のことをずっと考えていた。そして、1:00になってようやく考え付いた。

 「佐伯先生の人柄に惚れました。彼氏になってくれませんか」と書いた。

 この言葉が妙に私にしっくりきた。‘‘人柄‘‘という言葉に相手の尊重が入っている。それと、私は彼氏が作りたいからストレートに‘‘彼氏‘‘と伝えた方が良い気がする。よし、これでいこう。

 これで書き終えたころには丸まった紙くずが部屋中に散乱していた。私は学校に遅刻しないように早く寝て、ゴミの片づけは明日の自分にお任せすると決めた。

 

 日光を十分に浴びてリラックスした気分で起きれた。だけど、時計を見ると18:30分だった。

 「遅刻だ、遅刻」

 自室にあるクローゼットから制服を取りだす。パジャマを脱いで、寝る前に着ていた下着の上にそのまま制服に着替えた。

 大慌てでどたばたと階段を駆け下りた。お母さんが物音がうるさくてリビングから私の様子を見に来た。

 「朝から騒がしいね。もっと早く寝ればよかったのに」

 階段前にある鏡で髪型を整えながら言った。

 「お母さん、昨日はありがとう。私、好きな人ができた。今日告白してくる」

 「え、彼氏できたの!?おめでとう」

 「彼氏はまだできていない。今日彼氏になる人に告白するの」

 私は靴を履きながらお母さんの間違いを修正した。

 「それでもおめでとう。もし彼氏と結婚までしたらお祝いしなくっちゃ」

 「そこまでしなくていいよ~」

 私は学校指定用のスニーカーを履きドアノブを持った。

 「今日の朝食・昼食はどうするの」

 「う~ん、新幹線のホームで買っていく」

 「そう。じゃあ、行ってらっしゃい」

 お母さんは微笑み私に手を横に小さく振ってくれた。

 「うん。お母さん。行ってきます」

 私は家のドアノブを開き、陽光をいっぱいに浴びた。昨日頑張って考えた告白の文章の紙を持って学校に向かった。

 新幹線の中、駅のホームで買った弁当を食べながら座席の折り畳み式の机に紙を置いて必死に覚えた。

 駅から降りても、次のバスで座席を見つけてはその紙を鞄から取り出して何度も小声で暗唱した。

 青蓮院中学校前のバス停に降りて私は周りの空気を肺が一杯になるまで取り込んだ。今日で、佐伯先生に告白をして彼氏にすることを心の底で決めた。

 私は、いつもより重い足をいっぽいっぽ降り下ろして学校の校門を通った。

 

 

 

 

 

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