王様!ちょっと待ってください!
だしのもと
第1話 この王様、地雷すぎない?①
―――異世界・アルカディア王国―――
「陛下!後ろ――――!」
宰相シグルの絶叫が石造りの謁見の間に響いたその時、レオンハルト・フォン・アルカディアの背中に剣が深々と突き刺さっていた。
「まさか……お前が……っ!」
振り返った王の視線の先にいたのは、最も信頼していた近衛騎士団長だった。
男の瞳に宿るのは憎悪と絶望。
「陛下……いや、暴君レオンハルト。あなたには失望した」
その声は震え、剣より鋭い非難を帯びていた。
「民からの信頼を無くし、貴族は反乱を企て、隣国は侵攻の機会を窺っている。そして、大事な人までも私から奪った。全てはあなたの………………」
レオンの意識はそこで途切れた。
最後に聞こえたのは、シグルの嗚咽だけだった。
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「——はっ!」
レオンハルトは跳ね起きた。
全身が汗まみれで、心臓が荒々しく脈打っている。
こうして息をするのがやっとだ。
「……夢……か」
いや、夢ではない。
あれは確かに現実だった。
自分は確実に死んだのだ。
ベッドから立ち上がり、窓に向かう。
外は明るい朝日が差し込んでいる。
暦を確認すると、暗殺される2年前の日付が刻まれていた。
「二年前!?過去に……戻った……のか?」
指先が震え、呼吸が荒くなる。
夢じゃない、本当に二年前?
なぜだ、どうやって?
頭が追いつかない。
混乱と恐怖が渦巻きながらも、これは現実だと直感が告げていた。
理由は不明。
しかし、これは千載一遇の機会。
「今度は違う。今度こそ、この国を救ってみせる」
レオンの拳が握りしめられた。
前回の失敗を繰り返すつもりはない。
だが、レオンの思考はこうだ。
(反乱分子は武力で排除する。隣国の野心はこの剣で叩き潰す。それで全て解決する)
平和を望んでいても、戦しか知らない男の結論は非常に単純だった。
全て力で排除すればいい。
ただそれだけだ。
「陛下、隣国バルトーク公国の外交官がお見えです」
扉の向こうから従者の声が聞こえた。
「分かった。すぐに行く」
レオンは剣を腰に帯び、謁見の間へ向かった。
(今度は違う。今度こそ全てうまくいくはずだ。)
だが、その“うまく”の意味を、彼はまだ知らない。
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「……バルトーク公国外交官、クラウス・ベルクマンです」
小柄で神経質そうな男が丁寧に礼をした。
非常に緊張しているようで、無表情且つやや足元が震えていた。
「うむ」
レオンは玉座に腰を下ろし、無表情で見下ろした。
「して、何の用だ」
外交官の眉がかすかに跳ねた。
レオンは、その様子を見ながら過去を思い出していた。
(以前はこの者の話をまったく聞かず、大事な交渉を蹴った扱いにされて戦端が開いたな……)
しかし今も全く興味はない。
出された条件も大して魅力的ではなく、話を聞かなかった前回のことを自分の落ち度とは微塵も思っていない。
ただ結果だけ欲しい。
そんな本能が勝ってしまう。
外交官は必死に言葉を並べる。
「は、はいっ! ええと、本日は貿易協定の件で……その、両国の繁栄と友好のためにこのような機会を賜り.……」
「無駄に長い挨拶はやめろ」
レオンの手が冷ややかに上がる。
「要点だけ言え。時間を無駄にするな」
外交官の顔色が青ざめ、さらに必死に言葉を重ねる。
極度の緊張のあまり、同じような内容を口にしていた。
「お、恐れながら、陛下! わ、わが国は陛下との友好を何より大切に……今回の協定の詳細を聞いていただき、ぜひ円満に……!」
だがレオンはその声を聞き流し、内心では(長い……要点だけでいい)と苛立っていた。
無表情のまま視線は外交官を通り過ぎ、頭の中は「どう切り上げるか」ばかりを考えている。
焦る外交官の声だけが虚しく広間に響いた。
家臣たちもざわつき始める。
「へ、陛下……我々は誠意を――」
「誠意? そんなもの知らん。条件を述べよ。まったく!無駄話が長い奴の内容など、たかが知れてる。呑めぬならさっさと帰れ」
その時――
『うっわ! その高圧な発言で炎上するやつ!』
脳内に響く、女性の声。
「……何だ、今の声は?」
耳鳴りかと思ったが、違う。
はっきりと女性の声だった。
視線を左右に走らせるが、家臣も外交官も困惑しているだけで、誰も口を開いていない。
胸の奥に冷たいものが落ちる。
幻聴か? 疲れか? それとも――
「……陛下?」
外交官が不安げに問いかける。
外交官の目は怒りと恐怖で震えていた。
これは――まずい。
自分の動揺したという情けない姿を他の者に見せるなどあってはならない。
「……申し訳ない」
レオンは手をあげ、軽く頭を下げた。
「疲労で言葉が足りなかった。バルトークとの友好は重要だ。改めてよく来てくれた」
「!?」
(あの暴君と言われる陛下が謝り、しかも頭を下げただと……?い、いや、これはいい機会が巡ってきたようだ……!)
外交官の表情が驚愕から安堵に変わった。
「か!感謝いたします、陛下」
家臣たちのざわめきが収束していく。
だが、レオンの混乱は深まるばかりだった。
(今の声……誰だ?)
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