第2話

僕は磯部ゆーじ。いわゆる氷河期世代と呼ばれる層のどまんなか。

そんな僕は大学を出て就職をした。僕らの世代は受験戦争、就職氷河期と言われた世代。大学受験はもちろん高校受験だってしんどかった。

就職もほぼない。エントリーシートを100社も送ったなんて人がいると聞く。

でもみんなが知っているような有名企業は、早慶や旧帝大レベルの学歴がなければ、書類審査で落とされるのが当たり前。面接にすら行けない。早慶、東大、京大くらいの大学以外からは名の知れた会社にはまず入れなかった。

また、当時は公務員が人気だった。でも、地元市町村の地方公務員は、縁故がなければ、筆記試験は通っても面接で落とされるというのがもっぱらの噂だった。

ブラック企業、ブラック労働の話もたくさん聞いた。徹夜で働く、休日が30日以上ない…。こんな話を当たり前のように先輩から聞かされた。

同じ世代を生きてきた人ならきっと共感して貰えるだろう。

僕はブラック労働が当たり前の民間企業に明るい未来をみいだせなかった。学生のうちに華やかな職場をあちこちアルバイトで経験させて貰ったけれど、どこもスポットライトがあたるのはごく一部。下働きの奴隷がいて成り立つ仕事だった。広告代理店、テレビ業界などなど…。

だから新卒のカードを捨てて、翌年の公務員試験に向けてまた勉強をすることにした。高校、大学、公務員。3度目の受験だ。

父親には就職戦線や民間のブラック労働ぶりを話して理解を貰った。せっかく大学を出してもらったのにどこにも勤めずに就職浪人なんて…当時は一般的ではなかったからね。

僕らの世代はこうやっていつも小さなパイを大人数で奪い合うような過競争のさなかにいた。いつも忙しかった。ゆっくり自分の人生を見つめ直すとか、立ち止まって考えることは許されなかった。脱落してしまえばこれまで積み上げた苦労がふいになるから…。


僕が勤めたのは国の外郭団体だった。

入社当日の日経新聞のトップは「特殊法人、全廃」だったそうな。僕らの会社は廃止ってことだ。

なんとも暗雲立ち込めるスタートだった。

仕事は最初からしんどかった。昨年入ったばかりの新人が半年持たずに逃げ出した職場らしい。

なるほど…たしかにいろいろ曲者ぞろいの職場だった。しかも仕事が深夜に及ぶことも珍しくない。徹夜なんてこともあった。

でも当時の新卒学生はみな似たような経験をしてきたのだろう。僕だけが特別ひどい境遇だったわけではない。この世代がみな不遇だったんだ。

僕はプライベートでは歳上のシングルマザーと結婚して若くして息子を持つ事になった。

同世代はまだ結婚していない人、結婚しても子どもがいない人の方が多かった。

その後、次男三男が生まれ、僕は家庭の収入を担う大きな責任を背負う大黒柱となった。

三男の父親として保護者会に出る頃は周りの保護者には年下の人が多くなっていたけれど、長男の保護者としてはダントツに若いパパだったんだ。

でもそんな家庭にも終わりが来る。

妻は最初からこの家庭でずっと永く過ごすつもりはなかったみたいだ。

僕はそれに気付くのがあまりに遅すぎた。人間関係はどちらか一方が壊そうと思えば他方がどんなに守りたくても守れない。一方的に壊されてしまうものだ。

僕は子どもたちの親権者として離婚に合意した。離婚を強く求める妻に、僕がしてやれる最後の奉公は、離婚に応じて自由な暮らしに戻してあげることだけだった。

でもあまりに身勝手な元妻に子供らのことは任せられなかった。妻の離婚を求める理由には子どもに対する配慮がまるでなかったからだ。

でも…バカで愚かな僕は親権者なのにまたもや元妻に欺かれ、子らを奪われた。僕や息子らが望むかどうかに関わらず僕と息子らは裁判に巻き込まれて行く…。

僕の人生にはゆっくり落ち着いて過ごすという時間はないようだ。

仕事、裁判、仕事、裁判…。離婚や親権に関する家裁実務はめちゃくちゃ理不尽だった。僕の心は疲弊して壊れて行ったんだ。

心の壊れた僕は仕事でこれまでは考えられないほどの簡単なケアレスミスを繰り返す…。ストレスで脳の機能も衰えたのだろうか。

飲酒も良くない習慣だった。強い酒を浴びるように飲んではソファで倒れ込むようにして気を失う。そして朝を迎える事が良くあった。いつも…自宅や職場、どこでも泣いていた。悲しみに暮れていた。

青春時代をともに過ごした友とは会うことも話すこともなくなり、仕事と理不尽な裁判の繰り返し。気が狂いそうだった。遺書を書いて残した。いつでも死ねるように。部屋の窓から飛び降りようとベランダに出たこともある。

でも…会社の借上宿舎で死んだら職場の仲間に迷惑を掛ける。だから辞めた。

職場では簡単なミスばかり繰り返す僕に向けられる目は厳しくなる一方だった。理解者達は…ひとり、またひとりと人事異動で消えていった。あらたに配属された人達には僕はただ厄介事を抱えていて、ケアレスミスの多い使えない奴にしか見えなかったのだろう。

もう僕を支えてくれる人も…僕から信じられる人もいなくなってしまった。

医者に強く休業を命じられ、休職となった。本当はもっと早く休むべきだったのだろう。でも周りに迷惑を掛けてはいけないと意地を張っていた。

しかし、気づけば職場内で周りはもう誰も僕を必要とはしていなかった。

僕は…誰のために無理を重ねて仕事をしていたのだろう…と悲しくなった。

それで休むことにしたんだ。

仕事からは解放されたけれど、裁判は続く。理不尽を跳ね除けて勝ちの審判を得ても相手が履行しない。強制力のない判決は紙切れ同然とまでいう弁護士が元妻にはついていたのだ。


疲れ切っていた僕は東京家裁での期日のあと、かつての母校を訪ねた。

学友たちと笑い合っていたあの日。木村拓哉さんと山口智子さんが主演されていた『ロングバケーション』が放送された翌日の火曜日にはロケで使われていた場面に行って瀬名君を再現する奴がいた。いっつも嘘しか言わないしようのない楽しいやつだ。

立教の本館や第一食堂の付近は本当に変わらない。季節が変われば景色も変わるけれど、いつ来てもあの頃を思い出させてくれた。

僕みたいなおじさんが哀愁に浸って過ごしていても、不審者として追い出されることはない。地域の公園のように色々な人が自由に出入りする校風は変わらないようだ。

しかし、ここにいつまでもいても仕方がない。過去の思い出に浸るのもいいけれど、僕には未来しかないのだから。

20世紀に立教を卒業した僕が21世紀になってから生まれた後輩たちが過ごす母校をあとにする。この学校は変わらずこうやってたくさんの卒業生が旅立っていくのだろう。


駅に向かって歩く。すっかりきれいになった街並みに驚く。西池袋公園なんて治安が悪かったのにとても綺麗になっている。ここでナンパ待ちする女子はもういないんだろうね。


すると…若い女の子が僕の顔を覗き込む。

はて…どうしたんだろう?

僕、何かしたかな?


「あの…」

少女はとても緊張した面持ちで話し出す。

「ひょっとしてゆーじ君のパパりんとかですか?」

僕はこの人を知っている。でも…おかしい!ありえない。彼女だって歳を重ねているはずだ。

急に慌てて立ち去ろうとする彼女に向かって僕は思わずありえないことを口走ってしまう。


「…ウメちゃんなの?」

ウメちゃんのはずはない。彼女の歳は僕の一つ下。ずっと会っていないけど、何十年も前から変わらないはずがない。

しかし、あまりにかつてのウメちゃんそのものなんだ。僕の記憶の中のまま。

僕はまたありえないとわかりながら言葉を紡ぐ。

「ウメちゃん…だよね?」

「うちやけど…。」


な、なんだって…。

どういうこと?

混乱が収まらない。ありえないんだ。何十年も前のままの姿って。


「君は不思議なくらい若いままだね…。いつ東京に来たの?」

冷静に聞いてみた。本当は混乱してるけど。

「へっ?そうかな。ゆーじ君こそ、なんか雰囲気変わった?白髪、そんなにあったっけ?」

そりゃ…これだけ歳を重ねてお互い会っていないんだもん。雰囲気も変わるさ。

「白髪は…君と会わなくなってから色々な事があって増えたよ。もうあれからずいぶんと経つから…」

ウメちゃんはその言葉を聞いたら目を丸くしたあと、卒倒してしまいそうになった。


バタッ。

あわてて彼女を支えた。あまりにショックだったのだろうか。気を失っている…。

さて…困ったぞ。なんだ、この子は…。なぜ僕を知っている?

ウメちゃんの娘くらいの世代なのか…。それにしてもウメちゃんそのものだ。着ている服も見た事がある。

とりあえず…僕みたいなおじさんが気を失った女性と2人きりってのはあまりに不審すぎる。通報されるレベルだ。

なるべくたくさん人がいるところにいこう。この子…大学生くらいかな…。

第一食堂前ならこの子がいても何の不思議もないだろう。

(ゆーじ君は少女を抱えて立教大学まで戻り、そっと降ろした。)

周りの学生たちはちらっとこちらを見ても干渉はしない。素通りする。無関心ではないのだろうけれど、危険とも見えないのかも。公衆の面前に連れて来て良かった。

まだ頭の中は大混乱。この子、自分はウメちゃんだって答えたよね…。

目を覚ますまでに考えがまとまりそうにない。だってありえないんだから。


「……うーん。」

あっ。起きそう。

どうしよう。何を話そう?

(少女は突然がばっと起きた。)

起きたぞ…。

周りを見渡している。そりゃそうだよね…。

少女と目が合う。昔のように微笑んでみる。少女は記憶の中のウメちゃんそのものだ。


「あ、そういえばさ、ポケベル買う、買うって言いながらなかなか買えなかったじゃんね!?

ようやくおとついくらいに買ったのよ。ゆーじ君もベルしてね?」

少女はまくしたてるように話した。この話し方もウメちゃんそのもの。

しかし、ポケベル…?今どき?

「ポケベル…?」

「まえに電話で話したやんか、ようやっとこうたのよ。」

何を言っているのだろう。ウメちゃんを名乗る少女から少し事情を聞いてみよう。

「梅ちゃん、ポケベルを最近買ったの?」

「そ!ようやくやで。でもさ、池袋って言うか東京は電波悪いねんな、ずっと圏外なんよ」

ポケベルを見せてもらう。懐かしい…。これはNTTドコモかな。僕は東京テレメッセージだったけど…たしかに新品のポケベルだ。

「梅ちゃん、ポケベルはもう何年も前にサービスが終了したよ。みんな今はスマホだよ。」

僕はスマホを見せた。最新式じゃないけど、充分にまだ現役で使えるものだ。

スマホを手渡した瞬間、彼女の目が大きく見開いた。ウメちゃんはとても興味深そうにスマホを凝視する。

「……え、何これ。画面が動いてるやん……」

ウメちゃんの指先が震える。その顔には“便利さ”ではなく“異質さ”に対する驚きがあった。

「うそ…なにこれ?触ると反応するの??」

どこにでもある普通の端末なのに…。この子、やっぱり何か違和感がある。

なんで新品のポケベルを今どきの若い子が持っているのか。

「梅ちゃん、ポケベル買ったの、いつ?」

「え…。おとといくらいやで」


えっ?おととい?

バカな。ポケベルなんて化石、どこに行っても売っていないぞ。通信サービスが何年も前に終わっているんだから。

「そんな……?」

僕は頭で考える先に言葉が出た。

何が起きている?

ありえないことなのは間違いない。常識の枠を取っ払って考えないと答えはでない。

ウメちゃんを名乗る少女も考え込んでしまった。

明らかに全く話が合わないのだ。

少し、今の暮らしを聞いてみようか。ウメちゃんが今何をしていてなぜここに来たのか聞いてみよう。

「ウメちゃんは…今、働いているの?」

「なに言ってんの。うちはまだ大学生になったばかりよ。バイトもこれから探すんやで?ゆーじ君だってバイトとかでしょ?」

「……!」

おかしい。話が合わない。このウメちゃんを名乗る少女は僕をまるで大学生かのように扱う。混乱しながら事実確認をもうひとつしてみた。

「梅ちゃん、今、何歳?」


「へぇっ?何?急に?ゆーじ君なら知ってるやろ?」


それならっ…!

「じゃあ…今は西暦何年?」

「アホ扱いやめーや。1997年やろ」

「…!」

1997だと!

そんなバカな。この子は…タイムスリップでもしてきたというのか。

僕は震えていた。動揺を隠せなかった。

「今は…西暦20XX年だよ。あれから…もう何十年も経っているよ」

「えっ!

うそっ…。

ここって、未来なの?うち…未来に来たの?何で?」

顔面蒼白、テンパっているのが良くわかる。この子は嘘をついているわけではなさそうだ。

なんと…こんな事があるのか。驚きながら1つの仮説を立てた。

「どおりで会話が噛み合わないはずだ。なんとも信じがたいけど…君はタイムスリップしてしまったみたいなのかな…。」


「ごめん。全然理解できない。けど、ゆーじ君が歳を取ったり街並みが少しずつ変わっているのはそういうことなんやな…」

お互い少しずつあり得ない事情を飲み込んでいく。


どうやらウメちゃんは故意ではなく、なんらかの事故でタイムスリップしてしまったようだ。そして東京に来たのも、自らの意思ではないのだろう…。この混乱っぷりからそう思えた。


「そうか。だから君はあの頃のまま、変わらないのか。」

「……」

ウメちゃんは黙ってしまった。

そりゃそうだ。混乱は僕以上だろう。


(ウメちゃんの瞳から涙がこぼれた)

「うち、もとの世界に帰りたい」

ようやく絞り出した言葉。切ない。そりゃそうだよね。

「……そうだよね」

「なんでこんなんなったの?」

「…ごめん。わからないよ」

今にも壊れそうな君を僕は思わず抱きしめた。僕みたいなおじさんが若い子にこんな事したら…普通に考えたら社会的におしまい。現代の世の中ならね。

でも、このウメちゃんといると…自分も若い頃の自分に戻れた気がした。

何より困り果てたウメちゃんを抱きしめてあげたいと思えたんだ。後先考えていなかった。


「ゆーじ君、ありがとう。少し落ち着いた」

ウメちゃんは僕の胸を押しのけて距離を取った。

「なあ、大人になったゆーじ君は自分のやりたかったことやれたの?」

「うーん…。一生懸命生きてきたけど、うまく行かないことが多くて、苦労しているよ」

「そうなん?ふふっ。相変わらず男にモテるん?」


僕は若い頃、なぜだか男性の同性愛者からモテる事が良くあった。そのせいであちこちでハプニングに巻き込まれていた。そしてそのうちその話はネタとなり、色々な人に話しては笑ってもらっていたのだった。そのことを当たり前に知っているこの子はやはりウメちゃん本人なのだろう。

「いやあ…最近はちびっこと動物からしかモテないよ(笑)」

「ふふっ、野良猫とかからようモテとったもんな(笑)」


ようやくウメちゃんは彼女らしい笑顔を少しみせてくれた。


「あれ、ここ、立教…大学?」

「そう。第一食堂前。ここらは…1997年の頃と雰囲気が変わらないね」

偶然だけど、ここに戻ってきて良かった。ウメちゃんも知っている風景の残っているこの場所に。


「うち、元の世界に帰れるのかな」

途方もない話だ。

「……。ごめん、わからないよ。どうしてタイムスリップしてしまったのかもわからないから…」

ウメちゃんの顔が不安に曇る。ああ、言わなければ良かった。何もバカ正直に話さなくても良かったじゃん。慰めてあげないといけないところだ。

「ゆーじ君はもう働いているの?池袋で?」

「うん。池袋ではないけど、働いてはいるよ…けど、今は休職中なんだ。このまま辞めるかもね。」

「このへんに住んでいるの?」

「いや、名古屋だよ」

「名古屋??なんで?」

「その辺は話すと長くなるから……。今日は用があってたまたま東京に来ただけ。立教に来たのも久しぶり。本館の雰囲気とか変わらなくて嬉しかった。」

「うちの友達とか知らん?」

「ごめん、今、どこで何をしているかわからないよ。」

……。

長い沈黙が流れた。ウメちゃんは人気者だったからたくさんの友達がいたんだろうな。みんながどうしているかわからないなんて…不安だろうと思う。

それに家族はどうしているのだろうか。20歳くらいの娘が突然消えたって事か。僕がもし親なら耐えられない。人生これからっていう自分の娘が突然の行方不明だなんて…。僕は親の気持ちになったら愕然とした。ウメちゃんが僕の顔を覗き込む。

「なあ、どしたん?具合わるいの?それとも…なんかうちに怒っている?」

「いや、そんなことないよ。でもね、少し考えてみたの。君の…家族とかどうしているのかなって。」

はっとした顔をするウメちゃん。

「ウメちゃんがもし本当にタイムスリップしてしまったなら…1997年に君は忽然と姿を消したんだよね、きっと。神隠しのように。親御さんはさぞかし心配で探し回っているんじゃないだろうか。きっと…今でも…。」

「そうか…うちは周りのみんなから見たら急にいなくなった人なんやな。

……みんな元気かな。」

なんて声をかけたら良いかわからなかった。あまりに想像も理解も超えていた。ウメちゃんにもウメちゃんの親御さんにも残酷な事件が起きているのだろうか。

(2人でこんな話をしていたらすっかり夕方になってしまう)

「なあ、今、何時頃なん?」

ウメちゃんに聞かれた。僕はスマホで時間を確認する。

「もうすぐ6時(18時)だね。夕飯でも食べに行こうか。久しぶりに。」

食事に誘ってみた。もう夕飯の時間だし、どうしたら良いかまだわからなかったからだ。

「まえ連れて行ってもらったお店また行こうよ。連れてって。」

「前に行ったとこ…?どこかな?」

「なんか2階にあった変わったレストランみたいなバーみたいなとこ。」

「ああ…3Bだね。あのお店、終わってしまったのよ。人気だったのにね。」

ウメちゃんが指定した店は300B Vという当時の立教生御用達のレストラン・バーだった。僕の卒業後、まもなくして閉店してしまったんだ。なるべく混乱しないとこを逆提案してみるか。

「昔から続いているとこもあるよ。そこに行ってみようか。」

「んー…。ゆーじ君に任せていい?あんま池袋知らんし。」

「もちろん。」

僕は昔からある人気店に彼女をエスコートする。たぶん過去に連れてきたことがあるんじゃないかと思いながら。

ウメちゃんはとても疲れているように見えた。そりゃそうだよね…。

お店で席に着く。この子は本当に変わらない。こんな事ってあり得るのか?そして、どうしてこの子の身にこんな事が起きた?なぜ今日という日に池袋に現れたのだろうか。


「なあ、ゆーじ君は大学出てから何をしてたの?」

ふいに聞かれた。僕はなにも考えなしに素直に答えた。

「就職して、働いて…結婚もしたよ。子どももできたけど、離婚になってさ、今はひとり。色々うまくいかなくてさ…。」

「今日は仕事で池袋に?」

「ううん。離婚した妻に子どもを奪われたけど、裁判では子を父親に引き渡せって審判だったんだ。でも元妻はそれに従わないからとりあえず面会交流ってのをしている。そのために東京に。池袋はついでに寄っただけ。……もう僕は相変わらず波乱万丈の人生を送っているよ」

ああ…離婚とか子の連れ去りの話とか今話すことじゃないよね。言った後に後悔。何を話したらいいかわからない。ごめんよ。僕は不器用な男なんだ。とりあえず事実を並べてみる。配慮とかはなかったね…。

「どうするの…?」

「仕事は休職しているんだ。何もなければこのまま、名古屋に帰る予定だったけど、さすがに今の君を放っておけないでしょう」

「うち…どうしよう?」

ウメちゃんは迷っていたが…僕はまず心配しているであろう親に会って無事を伝えるのが1番ではないかと思った。

「とりあえず、実家を目指してみたら?親御さん、引っ越してなければいるかも。」

「もしいなかったら…」

「そのときはまた考えよう。」

引っ越している可能性はあるよね。場合によっては亡くなっていることも…。でももし生きているなら娘の事を案じているはずだ。まずは行ってみるのが良いと思えた。僕が送り届ければいいんだから。

「ゆーじ君も一緒に…来てくれへん?うち、ひとりぼっちになってしまうのよ」

「いいよ」

もう心の中で決めていたことだ。何のためらいもなかった。

「でも、一度名古屋の自宅に寄ってもいいかな?そのあと兵庫に行こう。新幹線とか交通費はウメちゃんの分も出してあげるから。」

「ああ、いったん家に寄りたいんやね。もちろんやで。うちの都合に付き合わせるんやからそんなん当たり前よ。」


僕は思い出の中のままのウメちゃんを連れて名古屋を目指す。

新幹線に驚くウメちゃん。そうだよね。1997年頃に走っていた新幹線のモデルはもうみな現役じゃないのだから。知らない車両ばかりだろう。

とてもじゃないけど、想定外のことに…僕も正直疲れた。このまま家に帰ってバタンキューしたい気分。

でも、この子を無事に送り届けてあげないといけない。

名古屋の自宅に梅ちゃんを連れて帰る。なんとも不思議な光景だ。ありえないことが起きているんだから。

「ゆーじ君、ええとこ住んでるね。景色、最高やんか」

僕はここらへんでは比較的背の高いマンションの最上階のひとつ下の部屋を借りていた。最上階は夏暑くて冬に寒いからね。僕にとってもお気に入りの部屋だった。

「ふう…」

梅ちゃんが寝室のベッドに倒れ込む…。子どもが使っていたベッドだ。

彼女はかなり疲れたんだろう。

「なあ、ゆーじ君、実家を目指すのは今日はやめとこ。疲れた。明日以降でもいい?」

「ああ、今日はもう遅いもんね。疲れたでしょう。明日にしようか。」

「ん〜…。明日か。いや、明日も辞めておこ。もう少しあとにしたいわ」


※noteや小説家になろうでも(UG君名義)で同時掲載しています。


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