第8話 大罪の代償

「改めまして、エルガステリア王国第二王子、アイベルク・ゼウ・エルガステリアと申します」


 どうやら、アディール兄上が迷惑をお掛けしたようで、謝罪に参りました。そう言ったアイベルクを、鏡花達は無言で観察する。


 僅かに頭を下げた事で、重たい前髪から除いた瞳は、派手男と同じ深い青色だった。髪も、癖が強いが美しい金髪だ。名前の響きも似ている。

 第一王子の命により、警備をしていたはずの騎士が止めなかったことを考えても、第二王子であることは事実だろう。


「良ければ、私と話をしませんか。そこの、ソファに寝ていた女性も、目を覚ましたようですし」


 既に起きていることを指摘され、鏡花は物凄くバツが悪くなった。本当は、輝夜達の話が一段落したら起きるつもりが、タイミングを計り損ねていたのである。


「…………このような体勢で、申し訳ありません」

「お気になさらず。こちらこそ、謝罪する側ですから」


 頭ごなしに怒鳴りつけないだけ、派手男改め、アディール第一王子よりはマシかもしれない。そう思いながら、鏡花は柔らかなソファの背へと手を伸ばす。


「鏡花ちゃん、もう大丈夫?」

「無理に体は起こすな。頭痛は?」

「ない」


 だから、座るくらいなら平気。そう言って鏡花は体を起こした。本当は立ち上がろうとしたのだが、アイベルクが座って話をしましょうと提案したため、全員ソファに座ることにした。


 二人掛けのソファが向き合うように配置されていたので、それぞれに鏡花と輝夜、御門と京が座り、別の椅子を誕生日席のように配置してアイベルクが座る。


 全員が腰を落ち着けると、アイベルクが鏡花の方を向き、口を開いた。


「貴女が、意識を失った原因についてですが。私に心当たりがあります」

「どういうことだ?」


 真っ先に反応したのは、御門だった。どうして、その場にいなかったお前にわかる。吊り上がった眉と、地を這う声でアイベルクを威圧する。


 しかし、殆どの人が怯む御門の口調に、アイベルクは変わらぬ調子で返した。


「その前に、話をしてくださるなら、お名前を教えていただけませんか?」


 このままでは話も進めにくいので。御門の態度に動じず、円滑に話をしようとする姿勢に、好感を抱いたのは鏡花だけではなかった。

 愛想は無いし、視線は前髪で遮られて陰気に見えるが、話がしやすい相手だと、そう思えたのだ。


「僕は八月一日京です。八月一日が苗字。京が名前。好きに呼んでください」

「ありがとう。では、ケイと。私のことはアイクと呼んでください」


 よろしくお願いします、アイク。そう笑って握手をした京に続いて、残りも順に名乗った。


「……黛御門」

「オレは蓬莱輝夜。輝夜でいいよ」

「眞金鏡花です」

「ミカド、カガヤ、キョウカ。改めて、よろしくお願いします」


 恐らく、名字よりも名前の方が発音しやすいというのもあるのだろう。若干、カタコトの発音で呼ばれたものの。名を呼ぶ声は、先程よりも柔らかくなっていた。


「それで、キョウカの話に戻りますが、鑑定されたスキルは【無感動】で合っていますか?」

「はい」


 鏡花は意識を失っていたので、鑑定からどれだけ時間が経っているのか知らない。しかし、輝夜が僅かに目を見開いたことから、あまり時間が経っていないのだろうと判断した。


「【無感動】は、歴代の【大罪】スキル持ちでも特に多いスキルでして。ある程度の記録が残っています」


 とはいえ、異世界やスキルに関する情報は大半が秘匿されており、王族以外の立ち入りができない禁書庫でしか調べられないという。

 そんな禁書庫の記録でも、【大罪】スキルは詳細が記されているものは少ない、とアイベルクは言う。


「【無感動】の効果は強力な防御壁を作り出すこと。代償は全身の感覚が消えることらしいのですが……」


 心当たりはありますか。アイベルクの問い掛けに、鏡花達は互いに顔を見合わせた。


「オレが騎士に掴まれそうになった時、何かが弾いたのは……」


 輝夜に触れそうになった手を、弾いたのが【無感動】の防御壁だとしたら。鏡花が直後に倒れたことにも説明がつく。


「眞金、意識を失う前の状態を極力正確に言え」

「目の前が白くなっていって、体が動かなくて、輝夜くんの声も聞こえなくなって……」


 それ以上は覚えていない。鏡花が首を横に振ると、京が軽く手を上げ確認をした。


「じゃあ、僕が支えたのは覚えてない?」

「わからなかった……」


 輝夜の声も、なんとなく聞こえていた程度だ。正直、自分が倒れたことさえ、目を覚ましてから認識したようなものだ。


 鏡花が素直に伝えると、御門は眉間に皺を寄せたまま頷いた。


「『全身の感覚』が五感を指しているなら、触覚も消えていた可能性が高いな」


 アイベルクの説明は正しいが、人体としては大変危険な状態である。触覚が消えていたため、大した痛みを感じていなかったが、痛覚が無くなると人は怪我や病気に気付けなくなる。


 防御壁は強力だが相応の代償がある、ということを誰より正しく認識した御門は、ぐしゃりと前髪を乱し息を吐いた。


 本人が知覚できないなら、周りの人間、特に医者である御門が気をつけるしかない。これが、【大罪】と【美徳】の差。確かに、埋められない大きなハンデだ。


「……【無感動】は、軽率に使うなよ」


 だが、鏡花は、誰かが危険に陥れば迷わずスキルを使うだろう。それでも御門は、そう言うことしか、できなかった。

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