第3話 召喚

 突如上げられた歓声で、鏡花は半ば強制的に意識を取り戻した。


 しかし、石畳の床の上に横たわっているからだろう。背中は冷えきりわ鈍い痛みを訴えていた。落下の際に打ち付けたのか、日々の体調不良が祟ったのか、頭も脈打つ痛みを発しており、喉がひきつれていなければ、呻き声を上げていただろう。


 浅く息を吸うと地面を這うように重いタバコと焦げた髪の混ざった匂いがして、顔を逸らそうとする。が、首を傾けるだけで、ぐわん、と世界が揺れて映った。


「…………ぁ、れ」


 痛みに、じとりとした冷や汗が出る。それでも、重たい瞼に力を込めて目を薄らと開くと、何度も見た悪夢と同じ緑色の篝火が見えた。


 鏡花の視線の先には、ローブで顔を隠した人々。夢と違うのは、鏡花の視線の先、緑色に発光する床の模様の中心に、四人の人影があるところと。人々の顔が、その人影に向けられていることだった。


「ここは……?」

「私たち、教室にいたはずじゃ……」


 鏡花は目を凝らし、人影に焦点を合わせる。じわり、と鮮明になった視界に映るのは、見覚えのあるセーラー服。かつて、鏡花も袖を通した、地域の公立進学校の制服だ。


 セーラー服の少女を囲むのは、学ランを着た三人の少年。こちらも見慣れたデザインなので、同じ高校なのだろう。


 至って普通の高校生に見える彼らは、鏡花と同じく、ありえない光景に驚いているようだった。


 しかし、鏡花と違い、体調不良を起こしている様子はなく、この部屋にも見覚えはなさそうだった。


 何が、違うのだろうか。鏡花が考えていると、部屋の端から荒々しい足音が近付いてきた。


「成功か?」

「はい」


 石畳に足音を響かせ近付いてくる人物は、派手な金髪に原色に近い赤色の服。飾り糸も金色で、見ているだけで頭痛がしていくる派手さだった。


「そなたが、召喚された聖女。そして、聖女によって招かれた勇者と、その仲間たちか」


 恐らく、一番立場が上なのだろう。派手な男は、セーラー服の少女に向けて、そう言った。


 突然、何を言っているんだろうか。あまりに現実味のない言葉に、声を掛けられた少女も、三人の少年たちも困惑気味な声を出している。


「え、っと……?」


「ああ、召喚された者には自覚がないんだったな。だが、安心して欲しい。聖女と勇者、そして賢者と聖騎士は、必ず四人で召喚されるのだ」


 そう言いながら、派手男は一番近くにいた体格のいい男の子の肩を叩いた。


 話の内容もだが、距離の詰め方が日本人とは思えない。本当に、異世界なのかもしれないと、鏡花は変なところで実感していた。


 相手の失礼さに驚いたのか、突飛すぎる発言に驚いたのか。肩を叩かれた少年は、派手男の言葉を理解するのに少し時間がかかったらしい。


 少年は間をおいて、少し掠れた声で聞き返した。


「……つまり、俺たちは条件を満たしているということか?」


 女子を一人含み、合計四人で召喚されたもの。それを勇者や聖女の定義とするなら、彼らは確かに条件を満たしているだろう。


 しかし、それでは数が合わない。召喚されるのは全部で四人。彼らが勇者なら、鏡花は一体、なんだというのか。


 聖女が二人以上いる場合があるのか、何かの手違いなのか。とにかく、状況を確認しなければ。そう、鏡花は思うが、声を出すどころか、首を動かすことすら難しい。


 頑張らないと。鏡花が床の上で静かにもがいていると、侮蔑の色に染まった声が、頭上から降ってきた。


「ああ。少なくとも、そこに転がっている女が聖女でないことは明らか。ならば、聖女はそなた以外におるまいよ」


「そこに、って……」


 鏡花のことである。派手男と違い、四人は鏡花に気付いていなかったのだろう。驚いて息を呑む音が静かな部屋に響いた。


「だ、大丈夫ですか?」


 少女が鏡花に差し伸べた手は、派手男が腕を掴んだことで、止められた。


「あ、あの……」


 突然、よく知らない男性に手を掴まれた少女が、困惑した声を上げる。しかし、いかにも権力者である派手男に反抗していいのか、迷っているのだろう。


 少女も、少年たちも、その手を振り解くことも、非難の声を上げることもできなかった。


 四人に反抗の意思が無いことに満足したのだろう。派手男は機嫌良さそうに鼻を鳴らした。


「気にしなくて良い。大方、巻き込まれただけの一般人だろう」


「巻き込まれた、って」


「召喚に耐えられないような女だ。全く期待は出来ないな。それに、仲間も召喚できていない」


 そう、わかりやすく見下されても、鏡花は少しも動けない。好きで召喚された訳でも、痛みに呻いているわけでもないのに、この言い様だ。


 派手男は、鏡花を馬鹿にするように一瞥して踵を返す。


「さっさと離宮にでも連れて行け」

「は」

「他の者は鑑定の準備を」


 派手男が慣れた様子で指示を出すと、周囲の人間たちが一斉に動き出す。


 本当に、ゲームの世界みたいだ。鏡花は、日本では見慣れぬ石造りの部屋と、炎色反応にしても鮮やかな緑の炎を眺めながら、ぼうっと考える。


 なにもかも現実感がないのに、重い体に感じる痛みだけは嫌にリアルだと目を伏せる。


「呼んでしまったものは仕方ない。役立たずでも、最低限の世話はしてやる。だが、勇者たちが戻ってくるまで、余計な真似をするなよ」


 おい、と派手男が指示を出すと、背後、部屋の端から足音が近付いてくる。鏡花の真横まできた足音は、拒否する間もなく私の腕を掴む。


「ぅ……」


 容赦のない力に鏡花が小さく呻くも、権力者である派手男が雑な指示を出しているのだ。丁重に扱われるはずもなく。


「早く立て」


 言葉と共に、強い力で腕を引かれ、鏡花の体が浮きかけた時。べしゃり、と目の前にローブの男が転がった。


 誰かに、突き飛ばされたのだ。しかし、高校生達の背中は扉の近く、派手男のそばにある。なら、誰が。


 鏡花の疑問に答える声は、斜め後ろからした。


「馬鹿か、貴様。立てない人間を無理矢理立たせるな」


 突き放すような、傲慢な口調。低く冷たい、落ち着いた声。


 鏡花は、この声をよく、知っていた。

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