第26話 SPINELからのお詫び
ふたりきりで上野公園。
あそこまでしてもらい、何でもお礼をすると言った以上、応えないわけにはいかなかったが
……何を言われるのか大体予想がついていたし、小鞠のことを思うと気が重かった。
翌日も陰鬱な気持ちで練習していると、唐突にスマホが鳴った。
……亜音からだ!
「もしもし、いきなり電話なんてしてきて、どした?」
『だってさ、もう謝らずにはいられないもん!
俺が体面を気にして氷上を野放しにしたせいでgeek ranchに
……特に泰光には2度も迷惑かけて……
自分が処理せず埋めて逃げた爆弾を処理してもらったら大怪我させたわけで、後味が悪すぎる!
SPINEL総出でおわびするわ!』
「申し訳ありませんでしたーっ!」
「い、いえいえ、悪いのはうちの果奈ですから……」
SPINEL全員にきれいに頭を下げられ、geek ranch勢は恐縮した。
「ま、あんな最早人間じゃない奴に、責任取らせようとするだけ馬鹿馬鹿しいし。
だから今、猛獣の檻に入ってんだろ」
そこまで言うか?
澄夜は相変わらず潔癖だ。
「泰光が一番被害に遭ってるだろ、大丈夫か?」
亜音は赤毛と対照的な顔面蒼白で聞いてきた。
「正直、きっついよー。
今日もなんか性被害者の会の人が会いにきて、『示談金ルートをハナから突っぱねて性犯罪者に実刑をつけた場地さんはエライ! その経験を活かして是非うちで活動を!』だってさ。
音楽活動に集中したいからって断ったら、『希少な経験と行動力を社会を良くする方向に使わずに、売れてもない娯楽系の仕事をするなんて志の低い人ですね!』だってさ!」
「ひどーーい!
今は話すことで思い出すのすら嫌な時期なのにね〜!
そういう活動は立派かもしれないけど、嫌がる人にまでやらせようとしたら終わりだね!
そもそも、加害者が加害したことで捕まったり就けない仕事ができたりと行動制限されるのはわかるけど、なんで被害者が被害受けたことで生き方を強制されなきゃいけないのって話だよねえ!」
獅子戸のいつものバラエティチックな大仰なリアクションが、こんな話の後では非常に助かった。
やっぱりこいつの方がSPINELには適任だな。
「で、お詫びとして私達全員にこんなすごいお店でご馳走してくださる、ってワケですね!
お肉とかデザートとかいっぱいあるし、個室だから周りを気にすることもないし、ソファーだからくつろげるし、カラオケまであるし最高です〜っ!」
「いや、それだけのつもりじゃないんだけど
……純朴で慎ましい、いい娘だねえ……」
穂乃果があまりにも素直に喜ぶので、亜音は却って申し訳なさそうな顔をしていた。
しかし……
久しぶりにこんなに近くで会ったが、SPINELメンバーはキャラメイクぶりに磨きがかかっている。
陽気が漂う赤毛ツンツンヘアー、スポーツ漫画の主人公みたいなギター
妖気が漂う銀髪ロングのストレート、少女漫画のキャラみたいなボーカル
怜悧さ漂う黒髪ポニーテール、剣豪キャラみたいなベース
愛嬌振り撒く茶髪ミディアムヘアー、アイドルみたいなドラム
そして全員、肌も髪も艶がいい。
音楽頑張った上で、ここまで見た目やキャラ作りに手間も金も掛けるとか、やっぱり俺には無理だわあ。
でも、全員タワマンに住めていて、聖歌に至っては双子が産まれてもどんとこい状態なのは、こういう努力のおかげもあるのだろう。
トレードオフというやつか……
「これ以上のものって、何くださるんですか?
もしかして、あたしと穂乃果には彼氏いないから、
同じく彼女のいない壁井さんと獅子戸さんが……?」
「ちょ、吹雪、そういうのはよくないぞ!
澄夜と獅子戸は、ほんっとーに女の子に興味ないんだから!」
この先何を言い出すやら危うい吹雪を、俺は慌てて止めた。
「えっ、大狼さんてそういうこと言うキャラだったんだ?!
……あれっ、てことは、鰐渕さんには彼氏いるの?」
聖歌は見た目によらず、なかなかのゴシップ好きだ。
「うん、俺の彼女」
おもむろに肩を抱き寄せてくっついて見せると、
「ええっ?!」
SPINEL全員が目を見開いた。
小皿を配るために半腰になっていた澄夜は、その姿勢のまま固まった。
「なんだかんだ楽しんでそうで良かったよ。
鰐渕さんは真面目そうだから、他の男に走らなさそうだしね」
亜音が胸を撫で下ろした。
「はい、良くしてもらってます、私には過ぎた彼氏です、他に走るなんてとんでもない」
小鞠は俯いて頬を赤らめた。
「ここだけの話だからな?」
「もちろん!
俺達の誰かが漏らしたら、俺と聖歌が高校時代、よく雑誌のアイドル見て、この子が好み〜とかやってたのバラしていいよ!」
「おい亜音、なんで誰がバラしてもそれをバラされるんだよ!
しかもそれ、キャラ的に僕にしかダメージないじゃん!」
聖歌が慌てふためいた。
「しかし、4歳下の彼女かあ……
まあ、泰光はしっかりしてるもんね、僕には無理だわあ……」
たしかに聖歌って、世間にはクールだと思われてるけど、案外メンタル弱いもんなあ……
「僕、クールキャラの方が顔の感じにあってて喜ばれるからやってるだけで、ほんとは好きな女性相手に甘えたい人間だからね。
1歳2歳下ならまだしも、4歳下相手にそれはキツイでしょ」
うーん、打ち解けた彼女や嫁相手なら、別に4歳下でも甘えておかしくないと思うが
……いや、まさか……
俺が想像してるより遥かにヤバい、常軌を逸した甘え方をしてるのか……?
ふとSPINELメンバーの顔を見ると、全員聖歌の方を見て若干引いていた。
……ま、マジか。
相戸さんの苦労が偲ばれるよ……
「うん、さすがに俺のせいなのに澄夜と楽夢ちゃんを差し出すわけにはいかないけどさ、大抵のお願いは叶えるよ!
何がいい?」
亜音がまっすぐな眼差しで俺達を見た。
気持ちはありがたいけど……
欲しいものなんていっぱいあるはずなのに、いざSPINELみたいな融通が効きそうな人間になんでもするって言われても、案外ぱっと思いつかないもんだなあ……
他の3人も同じ思いなのか、じっと考え込んでいる。
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