第二章:クラスメイトの夜の顔

第1話

 私はどうにか自分の体に戻ってからも、ゴロンゴロンとベッドの中で転がっていた。

 どうにも据わりが悪いんだ。

 上杉くんの家は誰もいなかった。

 今時共働きの家は少なくない。仕事によっては夜勤だって当たり前なんだから、どちらも家にいないってことだってあるだろう。

 うちの場合はお父さんがそこそこ管理職でお偉いさんだから、お母さんはパートタイムで賄う程度だけれど。そのせいか、家に誰もいない、夜も誰もいないっていうのはなんだか馴染まなくって、普通に怖い。

 でもたまにだったらどうだろうと、思考を飛ばしてみる。

 家族が誰もいないんだったら、私は自由だとばかりに、テレビに好きな動画サイトをデカデカと映しながら、宅配ピザを頼んで楽しんでいるかもしれない。家族がいたらやれないような、ドラマ一気見とか、サイリウム振りながらライブ映像流すとかもありかも。

 でも……それは三日くらいで飽きるような気がする。そもそも。

 上杉くん、本当に不眠症だから、クラスメイトの山下さんや遠山くんにまで心配されている訳で。そんな不眠症の息子を放ったらかしにするような人っているのかって、ついつい考えてしまった。


「……なんだろう。ただ食べ物与えたら不眠症改善するって問題じゃなくないか」


 ただ夢がかじりたかっただけだった。私にとってはとてもいい匂いのする夢の気配を漂わせて、私の口の中を唾液でいっぱいにしてくれる。

 それが、どうにも訳ありっぽくって、それをどうこうしないことには、私は上杉くんの夢をかじることができないとなったら、すごーく面倒臭いっていう気持ちが勝ってしまうけれど。でもなあ。

 私は今は高校生で、幽体離脱体質だ。今の内だったら、日付が変わるのと同時に魂が抜けてても特に問題はないと思うけれど。

 それが大学生になったら? 就職決めて会社で働きはじめてからは? 日付変わるのと同時に魂が抜けてしまう人間、やれないことが多過ぎやしないだろうか。


「やだなあ……それは、なんというかやだなあ」


 私だって夜更かしして遊びたい。徹夜でカラオケオールとかしてみたい。皆の楽しみを夢魔だからって理由だけでできなくなるのは納得いかない。

 そうなったら、私にとって一番おいしい夢の可能性のある上杉くんの夢をなんとしてもかじって、元に戻らないといけない。

 ……あと、そうそう。

 普段あんまりしゃべらなかったから知らなかったけれど、彼は遠巻きに眺めている分には、もっと理知的な人だと思っていた。彼の友達の遠山くんが賑やかな人だから、その制止役になってしまう上杉くんが理知的に見えるのは当然だった。

 でも、私と一対一で出会ったときの上杉くんは、なんとなくふにゃふにゃしていた。そのふにゃふにゃしていた彼を、もうちょっと近くで見たいと思ってしまったのは、なんとなく後ろめたい気分だった。


****


 私が悶々としている間にも、学校があって、私は登校しないといけない。

 とにかく上杉くんについて、私はなんにも知らないんだから、まずは知るところからはじめないとどうしようもない。

 それについては……。


「おはよう!」


 私が声をかけると、ビクンと反射的に山下さんの肩が跳ね上がった。

 山下さんは小動物系で、可愛らしい雰囲気だ。対して私はクラスの中でもダラダラしたグループの一員であり、持っているキャラクターが違うと同じクラスにいてもほとんど話すこともない。強いて言うならば、私は【ゆめの】、山下さんは【やましたさん】。上杉くんよりは掃除や当番で同じグループに入ったり入らなかったりする程度には距離感が近いってことだ。


「お、おはよう、夢野さん?」

「ああ、ごめんごめん。別に怖がらせるつもりはなかったんだ。ただちょっとお話ししたくって」

「えっ?」


 途端に山下さんは震えはじめた。

 ……失敗した。小動物系女子からしてみれば、私みたいなのにいきなり声をかけられたら「リンチ!?」「校舎裏に呼び出し!?」「怖い!」と取られても仕方がなかった。

 私は慌てて手を横に振った。


「違うから! カツアゲもリンチもしない! 山下さんにちょっと本当に聞きたいことがあっただけだから!」

「う、うん……? それならば……? あれ、でも教室で話をしたほうが」

「うーん、できれば人目の付かないところ……じゃなくって、当事者に聞かれない場所がいいかなと思って」

「うん? わかった……」


 やっぱりというべきか、言い方を変えても変えても、悪いように取られ続けて、ずっと震えている。ごめん失敗した。本当に山下さんを怖がらせるつもりはなかったんだ。私はひとまず昨日上杉くんや遠山くんにもあげた安眠チョコを差し出しながら、「本当に、別に怖がらせたいんじゃないんだよ!」と必死でアピールをしながら、空き教室へと移動した。

 空き教室とは言っても、別に今空いているだけで、移動授業のときには普通に使うから開放されている。少子化の影響で、元々教室として使っていた部屋が、そのまんま空き教室になってしまっただけだ。

 こういう空き教室は、カーテンもかけられてなく、部活ほど大きなことのない同好会が部室替わりに使っている。

 とりあえず私は適当に端っこの席に座ると、山下さんは困ったような顔で視線を彷徨わせているから、「とりあえず適当に座って座って」と促した。


「最初に聞くけど、山下さんって上杉くんのなに?」

「え? なつくん……上杉くんのこと?」


 一応確認しておきたかった。

 もし上杉くんと山下さんが付き合っていた場合、私が夢をかじらないと元に戻れないからって、横恋慕する悪い奴になってしまう。さすがに人の恋路を裂くような真似はしたくなかった。

 私は「そうそう」と促すと、山下さんは「隠してることでもないけど」と言いながら教えてくれた。


「ずっと同じマンションに住んでる幼馴染」

「あー、なるほどね」


 だから普通に名前呼びだった訳ね。同じマンション内だったら、普通に家族ぐるみの付き合いもあるだろうし。さすがにここで好きかどうか聞こうかなあと思ったものの、それは山下さんを余計に脅えさせそうだから止めておくことにした。


「それでさ、上杉くんってどんな人かな?」

「……あれ、夢野さんって、上杉くんと接点あったっけ?」

「選択科目同じくらいしか接点はないかなあ」

「ああ、そっかあ……」


 言えない。夜な夜な会いに行っては「眠ってくれないかな」「夢かじらせてくれないかな」「とってもおいしそう」なんて思っていることは。

 私がダラダラ冷や汗を掻いている中、山下さんはちょっとだけ感動したような顔をした。


「なつく……上杉くん、どうも勉強ができるからって、変な期待かけられがちだから」

「うん? 勉強できるのはそこまで悪いことではないと思うけど」

「勉強できないよりはできたほうがマシだとは思うけど、なつく……上杉くん見てたら、勉強が人よりもずっとできると、過剰な期待かけられて窮屈だなと思うから。本人、本当は勉強してるよりも寝てたいってダウナー系のはずなんだけど」

「あれ? 寝るのが好きなの?」

「中学くらいまでは、休み時間は寝て過ごすくらいにはよく寝てる子だったから」


 やっぱり変だ。そんな彼がずっと不眠症で、山下さんや遠山くんに心配されてるって。


「ならどうして不眠症なの……?」

「あれ? どうしてなつく……上杉くんは不眠症って知ってるの?」

「……ったまたま、上杉くんに寝ろって山下さんが言ってたのが聞こえたから……」

「あー。そっか、ごめんね。変なこと聞かせちゃって」

「いや、それはいいんだけど」

「うーん。なつくんの不眠症、たまたま聞いてた夢野さんにも心配かけちゃったかあ。でもこれはさすがに私の口からはちょっと言えない」


 意外なことに、山下さんはふわふわした小動物系女子でありながらも、幼馴染をクラスメイトに売るような真似はしなかった。

 やっぱりあれか。センティシブな内容なのか。これは。


「……わかった、それだけ聞けたら充分」

「でもよかった! なつくんのこと心配してくれる人がいて!」


 ……というか、なんでそんなに山下さんはウェルカム体勢なんだ。


「あのう、本当に上杉くんと山下さんはなんとも?」

「普通にきょうだいみたいに過ごしてたから、ただ不摂生だよと心配しているだけだし。わたし他に好きな人がいるから、応援してねって言っているくらいだから」

「なるほど……」


 つまりは、山下さんは上杉くんの情報は教えてくれないみたいだけど、応援する気はあるってことだ。まずは上杉くんについて知ることに、一歩前進したと思っていいのかな。

 そう思うことにした。

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