第32話
ルミナスが魔王と離れ、上級の森の洞窟にいたのは、古より光の竜がそこで姫を待つ役割を担っていたからだ。
魔王が吸った瘴気を浄化する姫。それは対になる存在。その対を魔王の元へ連れて行く案内竜を担っていた。
しかし、先の国王により対となる一族は滅ぼされ、唯一残った若い姫も国王の玩具にされ、命を散らした。
対である姫を失ったことは、すぐにわかった。
魔王と姫はすでに対の契約を交わしていたからだ。魔王は絶望した。
ルミナスはそんな魔王の側にいたかった。
対の姫を失ってしまった以上、魔王は吸いきれない瘴気に飲まれ、いつかは正気を失い、暴れ回ってすべてを壊滅させるだけの化け物に成り果てるだろう。
人間のせいで、魔王は苦しみ、一人で死んでいく。
この世界はもう終わりを待つばかりだった。
ルミナスはそんな最後の時間を、長年共に過ごしてきた魔王の側で迎えたかった。
しかし、魔王は諦めきってはいなかった。
「もしかしたら対の一族の生き残り、もしくは先祖返りする者が現れるかもしれない。だからルミナス、お前は洞窟で待っていて」
そう、魔王に頼まれたのだ。
魔王に頼まれたら、ルミナスはそうするしかなかった。
「キューキュー!!!」
(魔王様、対となる姫を見つけましたよ!!!)
ルミナスが鳴き声を上げても、すでに瘴気で気が狂ってしまった魔王には届かない。
間に合わなかったのだろうか……。
クソ!!
ルミナスは嘆くことしかできない。
(魔王様のところまで行こう! リラ、力を貸してください)
「うん、そのために来たんだから」
ルミナスはリラに力を貸すように促し、リラはルミナスの言葉に頷いた。
ルミナスと力を合わせて魔王を正気に戻すことを決意したのだ。
長い階段を降りていくリラとルミナスは、浄化の光を放ち、出会うモンスターの瘴気を落ち着かせながら先に進んだ。
狂ったように襲ってきたモンスターも、正気に戻ると「ルミナス様と対の姫様だ!」と、歓喜の声を上げる。
下は魔王が放つ瘴気がすごいので、浄化したモンスターたちには上の方に戻ってもらう。
アルベールと狼たちも警戒を緩めず、リラとルミナスに続いていた。
そして最奥の間にたどり着いた。
「これはひどい瘴気だ」
アルベールは倒れそうになり、咄嗟にリラが支えた。
しかし、リラも顔をしかめる。
(リラ、私に火竜と地竜がくれた石を食べさせて。浄化の力を底上げします)
ルミナスは覚悟を決めた口調だ。
「もしかして、身体に負担があるの?」
(ええ、強い力の宿った石です。反動が強い。それでも、やらなければ。魔王様をお救いしたいのです)
ルミナスの言葉に、リラも覚悟を決める。
「わかった」
リラは地竜と火竜から貰った石をルミナスに渡す。
ルミナスはその石を苦しそうな表情になりつつも、なんとか飲み込んだ。
そしてリラを翼で抱きしめた。
パァーと、眩い光に包まれる。
それは強い浄化の光だった。
禍々しい瘴気が吹き飛ばされる。
「そこにいるのはルミナス? それと、私の対、ラリサなの?」
浄化の光に触れた魔王が、魔王の間から姿を現す。
リラの姿を見て、亡き親友の面影を重ね、静かに涙を流した。
リラは魔王と聞いていたので、男性かと思っていたが、黒髪の美しい女性だった。
驚きつつも、手を取って背中を撫でる。
ルミナスは二人を翼で包んだ。
魔王は徐々に落ち着きを取り戻し、穏やかな表情になっていく。
「よかった」
リラはホッと胸を撫で下ろした。
ルミナスも安心した様子だ。
そして、バタリと倒れた。
「ルミナス!? どうしたの!?」
魔王はルミナスの異変に気づく。
ルミナスの身体はみるみる小さくなり、小さな玉となった。
「ルミナス、馬鹿ね。無茶をして……」
「ルミナス……」
小さな玉を抱きしめる魔王。
ルミナスはどうなってしまったのか、もしかして死んでしまったのか? リラは涙目になる。
「地竜と火竜の石を食べたから……」
「消滅しなかったのが奇跡ね。大丈夫よ、卵に戻ったの。私が力を与えればすぐに孵化するわ」
魔王は慈悲深い表情で玉に力を込める。
ピシピシとヒビが入り、小さな光竜が生まれた。
「ピヨピヨ」
可愛く鳴いている。
「10日も育てれば元の光竜に戻るわ。記憶も維持しているから、大丈夫よ」
魔王はリラの頭を撫でる。
「助けに来てくれてありがとう。ラリサの娘ね。名前は何て言うの?」
「リラです」
「リラ、可愛い名前ね。ラリサによく似てる」
魔王はぎゅっとリラを抱きしめるのだった。
それは初めてリラが感じた女性の温もりだった。
まるで母親に抱きしめてもらっているようで、リラは自然と涙が溢れた。
「そちらの殿方はもしかしてリラの婚約者なの?」
魔王はちらりと後ろの騎士に視線をやる。
「ち、違います。私は姫の護衛を務める……」
「私達はただのリラとアル! 私はアルの婚約者になれたら良いなぁって思うよ!」
「リラ!?」
突然のリラの発言にアルベールは驚く。
魔王は笑っていた。
こうして、魔王とリラの間に新たな絆が生まれた。
魔王の力とリラの浄化の力が合わさり、ダンジョンはゆっくりと浄化されていく。
魔王が穏やかさを取り戻したことで、上級の森の瘴気は急激に薄れていった。
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