こどものあそび
まだ学校だよ
プロローグ
「口遊びを知っていますか?」
5歳上の兄から貰ったパソコンの画面の中、太い男の声で語られた動画を1人の少年が見ている。
時刻は午前0時を少し過ぎた頃。暗い部屋の中でパソコンのブルーライトだけが、少年の顔を青白く照らす。
「口遊び……今日は少しだけ変わった鬼ごっこの話をしましょう」
画面の中に男の姿はない。
白黒の背景とテロップ、それから説明を補うためのピクトグラムだけの動画だ。
外で鳴くカエルの声がうるさくて少年は、動画の音量を数段階上げた。
画面の中の男は、抑揚をつけることなく「口遊び」について語っていく。
驚かせるような演出も、わざとらしく恐怖を煽る事もなく、淡々と。
「口遊びには十分にお気をつけください」
男のその一言で、動画は終了した。
数分の再生が終わった。
それで、少年は気づく。
前傾姿勢になり、腰が椅子から浮いていた。体が熱くてクーラーの温度を下げる。
男の感情を持たないような淡々とした口調と、誰も知らないような怪しげな知識、動画全体のダークな空気感に、小学6年生は一瞬で魅了された。
すぐに自室に放り投げていたランドセルから適当なノートと鉛筆を取り出す。
そして、また同じ動画を再生した。
丁寧に「口遊びのやり方」についてメモを取る。
口遊びとは、目を閉じて行う鬼ごっこである。そして、気づかないうちに誰かが増えている鬼ごっこである。
用意する物は、箱、紙、鉛筆、最後に参加者の髪。
口遊びを行う者は、全員用意した紙へ自分の名前を書く。そして、髪を数センチひと束切り、名前を書いた紙で四つ折りに包む。参加者全員が準備を終えたら、1人ずつ箱の中にそれを入れる。
箱を閉めたら、鬼役1人を決める。あとの参加者は逃げる役だ。
役割が決まったら、全員が目を閉じる。
一度目を閉じたら、口遊びが終わるまで、決して目を開けてはいけない。
なぜなら、増えた誰かは見られることを嫌うから――
鬼以外は、逃げる時に「イワイミナ」と唱えなくてはいけない。
鬼は、その声を頼りに逃げ役を捕まえる。
逃げ役を捕まえた時、鬼は参加者であるか尋ねる必要がある。
逃げ役は、鬼に言われた名前が自分の物でなければ「違います」と答え、正しい名前を教える。
捕まって自分の名前を言われたら「そうです」と答え、その場に留まる。口遊びで、鬼が変わることはない。
このルールの中で鬼ごっこを続けているとある時、知らない名前が返ってくる。
口遊びに参加していない——存在しないはずの名前だ。
参加者ではない名前が聞こえたら、口遊びを続けてはいけない。
閉じていた目を決して開けてはいけない。
すでに何かが増えてしまっているから——それの正体を知ってはいけないから。
口遊びを終わらせるには、髪を包み入れた箱を手探りで探し、ある言葉を言う必要がある。
参加者全員の名前を読み上げた後「その人以外はおしまい」と言う。
これで口遊びは終わりとなる。
少年がメモを取り終えた時、時刻は深夜1時を過ぎていた。最後にもう一度動画を再生し、メモに間違いが無いか確認する。メモの書かれたノートをランドセルにしまってから、ベッドへ入った。
少年に眠気はまだ無い。明日学校で友人らへ口遊びを教える楽しみと、それを聞いた友人らの反応を想像すると高揚して中々寝付けないからだ。
少年はベッドから起き上がり、ランドセルの中を確認した。ノートを取り出し、メモを取ったページを確認する。それから、またランドセルにしまう。
いつもはランドセルのベロを錠前に引っ掛けるだけだが、その日だけはきちんと鍵をかけた。
2日後、少年が通う小学校は夏休みを迎える。小学生最後の夏休みだ。
何をして遊ぼうか、どこへ行こうか、カブトムシは捕まえられるかな、そんな事を想像しながらゆっくり夏の音に身を委ねる。
——忘れられない夏になればいいな。
少年は、そう願いながら眠りについた。
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