国一番の錬丹術師だけど、もう男にはうんざりなのでモフモフを愛でて生きていきますから! ~ 神獣ごはんは私にしか作れないみたいです ~

初美陽一@10月18日に書籍発売です

第1話 まず男運がないんだと思います

桃花タオファ〟は、若くして国一番の錬丹術師れんたんじゅつしとなった才女である。


 錬丹術――硫化水銀を含む丹砂たんしゃや、金銀・鉛など、人体にとって有害な物質すら、薬物へと変じさせる術。

 本来ならば不可能と断じられ廃れゆくのが自然だろうが、とある一族は何世紀にも渡って研究を続け、錬丹術を伝えていた。


 そしてこの時世ときよ、一族の末裔にして稀代の天才である桃花が、錬丹術の秘術を編み出し――今や歴史上、唯一の錬丹術師として名声を馳せている。


 鉱物や金属をすら薬とする秘術は、桃花以外には成し得ぬ奇跡で、その効力も確か。……だが、そんな薬を求める者は、少々人物も多い。


『術師どの、術師どの……実は贔屓にしておる芸妓げいぎがおってのう、大夫たるこのワシに相応しきゆえ、一発でめろんめろんのとろんとろんのどぅるんどぅるんに出来るような媚薬を作ってくれぬか? はっはっは、返事はハイオウでよいぞえ?』

「……うふふ、大夫さま、私の性別を理解して言っています? そんな相手の意を無視するような薬、作るわけありませんでしょうが。好色親父が……あっいえ何でもありません、お引き取りください♡」


『げっへっへ、いやあ最近、寝付き悪いので睡眠薬を調合して欲しいでゲス。飲ませ……あいや飲んだら朝までグッスリ何しても起きないような強力なの頼むでゲス♪ あ、別に深い意味はないでゲスが、女性用で頼むでゲス』

「……うふふ、うふふ、色々と隠せていませんよ? そもそも強い薬品は取り扱いに国の許可が必要ゆえ、処方したとてお渡しできません。下衆野郎が……あっいえ何でもありません、諦めてください♡」


 名声が高まるに比例し、阿呆みてぇなお客さまも増えてきたが、言葉で退けられるならマシなほうである。中には、過激な者も……


『おお、其方が国一番の錬丹術師か! よかろう、将軍たる我が娶ってくれるわ! 絶世の武人の妻となれること、光栄に思うがいい――』


「私利私欲のために武を揮う者など、もはや武人ではありません! この暴漢が、毒薬を喰らえぇぇぇ!」


『ギャーーーーッス!!?』


 ……過激なのはどちらか、と思わなくもないが、またある時は。


「ええと、痛み止めと治療のためとのことで、薬を処方しました。ただ少し吸引しただけでも、暫く意識は朦朧とするのでお気をつけください。ところで宮中の高官である貴方に、お怪我はないようですが……一体、どなたに使われるので――」


『ふふふ、それは……おまえ自身にさぁーっ! はっはっは、これぞ宮廷にて磨いた駆け引き、知略というものよ。小娘を手玉に取るなど他愛もないわ。さて、連れて帰ってゆっくりと――』


「作った張本人が対処していないわけないでしょうが! 何が知略ですか単なる卑劣漢が、数日ほど眠りについてシワッシワになれぇぇぇ!」


『グゥゥゥッスヤッスヤァァァァア!?』


 桃花は思う。「この国は、もう駄目かもしれない」と。

 まあそれはそれ。類稀なる才覚にて秘術を実現した桃花ではあるが、何の代償も無かったわけではない。


 それは、目に見える変化――本来は鮮烈なほど赤みがかっていた髪から、薬物の実験と研究を繰り返した影響で、色素がしまっていた。

 今や桃の花の如き色合いになった長い髪を撫でながら、桃花はため息を吐く。


「はぁ……まさか髪がこんな色になっちゃうなんて、他に見たこともないわ。……ふふっ、でもこれならきっと気味悪がって、変な男も近寄ってこないでしょう。そう思えば、逆に気が楽かも――」


『ウオオオオまるで桃の精の如き麗しさ! 婚姻を結んでくれぇぇぇ!!』

『ウアアアア昂る気持ちが抑えられませぬ! いざ襲わせて頂きます!!』

『ウエエエイ軟派なる色男です! そこな美女~今晩どうにござる~!?』


「死ねえぇーーーーーーーーっ!!!」


『『『ウッウオオオアアアンッ!!!』』』


 爆発一撃、男どもを吹っ飛ばした――錬丹術により生まれし、である。


 ……さて、国一番の錬丹術師になったとはいえ、そんな日々を送っていた桃花だ。二十歳を過ぎる頃には、恋愛どころか男自体ご遠慮したい心境に陥っていた。


 それでも優秀ゆえに腕前を求められ、忙しい日々にため息を吐き、今日も今日とて仕事は深夜にまで及ぶ。

(しっかり確認したまともな依頼の)納品をこなし、心身の疲れを少しでも和らげるようにと、月を眺めた。

 けれど沈んだ心境には、むしろ余分な感傷を招く結果となってしまう。


〝これが本当に、自分のやりたいことなのだろうか〟

〝一族の末裔として、錬丹術を途絶えさせぬためとはいえ〟

〝あとこの国の男はどうかと思う。ホントどうかと思う真剣ガチで〟


 はあ、と再度のため息を吐くと、呼吸と共に心気まで抜け出ていくようだ。

 心が摩耗し、やがて砕けてしまうのではという錯覚に、桃花が身震いする。


 と、その時――ガサッ、と道端の草むらが揺れた。


「きゃっ!? な、なに、まさか誰かいるの……!?」


 俄かに警戒を強める桃花だが、まさしくそこにいた〝誰か〟に、桃花は真ん円の大きな目を輝かせる。


「えっ。……ええっ、猫ちゃんっ? わあ、かわいいっ♡ まだ小さいし、子猫かしら……って、あら?」


『……みゅ、みゅううぅ……』


「何だか、弱っているわ。痩せている気がするし、もしかしてお母さんとはぐれちゃったのかしら? ねえ、あなた――」


『! フ、フーッ……!』


「きゃっ。あらら、怖がらせちゃったかしら」


 初対面の人間に対しては当然だろうか、白い毛並みの子猫は明らかに警戒心を強めていた。対して桃花は、それほど怖じることなく、子猫を観察しながら袖口を探る。


「きっとお腹が空いて、気が立っているのね。うぅん……これ、食べられるかしら? 錬丹術で作った、携帯食なんだけど……毒性は抜いているし、大丈夫のはず――」


『ウゥー。……み? ……ッ!? みゅっ、みゅーっ!』


「あっ、食べた……というか、すごい勢いね。よほどお腹が空いていたのね、可哀想に……ううん、どうしたものかしら」


 錬丹術で練った携帯食、団子状のそれを……桃花としては微妙な味のはずだが、白い子猫は、あっという間に平らげてしまった。


 何となく不憫にも思えるが、幼いとはいえ野生の動物だ。不用意に、無責任に、手を出して良いものか。思慮深い桃花は考え込んでしまうが、結論は早々に出る。


「……うん! この子の仲間が、近くにいる様子もないし……放っておけるわけないじゃないっ。ねえあなた、おいでなさい。猫ちゃんのごはんくらい、面倒見てあげられるから。大丈夫、怖くないわ……さあ、いらっしゃい」


『っ。……みゅ……』


 初めこそ警戒心を見せていた子猫だが、しかし桃花の優しく繰り返す声音に、やがて安心したのか、おずおずと草むらから這い出してくる。

 そうして、桃花が差し出した細い両手に、ぴと、とふわふわの体が触れた。


「ぁ……うふふ、良い子ね! うわぁ、もふもふ、たまらないわ……あら、案外お手々は大きいのね。肉球も、結構しっかりしているわ。たくさん食べたら、とっても大きくなるかも。お顔の周りもお毛毛けけがふかふかで、何だか虎さんみたい。なんてね、ふふっ♪」


『みゅみゅん』


「ああ、本当に、素敵な手触り……くせになっちゃいそう。……うん、そう、そうよね。何だか全部、どうでも良くなってきちゃった……大変なことばかりのお仕事とか、煩わしい人間関係(主に変な男どもの)とか、そうよ……んだわ。この子に……このに一つ触れる幸せにさえ、足元にも及ばないんだもの」


 純白と呼べるほどの毛色に、差し色のような黒が映える美しい毛並みは、生えている流れに沿って撫でると極上の手触りを返してくれる。

 思わず顔をうずめてみたくなる衝動を抑えつつ、桃花は思い切った決意を明朗に叫んだ。


「決めたわ――私、この都を離れる! ここより、もっと静かな所へ移って、あなたと一緒にのんびりと生きていくわ! 正直、仕事の報酬でお金には余裕ありすぎるくらいだし……うん、何だか楽しくなってきたっ」


『みゅー? みゅんっ』


「あら、あなたも? うふふ、でも〝あなた〟じゃ不便よね……うん、決めたわ。貴方のお名前は〝パイ〟っ。私は桃花タオファ、よろしくね、パイ♪」


『みゅーんっ!』


 月光に照らされ、突発的に、あるいは運命的に出会った同居人と、挨拶を交わす一人と一匹。

 白い子猫を胸に抱きながら、桃花は幾年いくとせぶりに明るい気持ちで未来に期待を馳せていた。


「さあ、そうしたら暫く身辺整理して、終わったら引っ越しねっ。パイ、ちょっとの間だけ窮屈かもだけど、許してね。そうだわ、いつか老後に安らげる場所をと思って、都の西側に別荘を建てていたはず……忙しくてすっかり忘れていたし、老後には少し早いかもだけど、善は急げよねっ。自然が豊かで治安も良いと聞いていたし、パイも喜ぶかもっ。ふふっ、こんなに楽しくなってきたの、何だか久しぶりだわ――」


『みゅ、ふみゅ……たおふみゅ……』


「今なんか喋らなかった?」


 きょとん、と首を傾げる白を見て、まあ気のせいでしょう、と桃花は軽く流した。

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