第11話 黒煙街の攻防戦 その③

 「"精霊旅行アルヴ・グライド"」


 オーレルの体が宙へと浮く。"精霊旅行アルヴ・グライド"は風の魔術を応用したもの。自身の魔術で起こした風により空を飛ぶ。通常の魔術師は箒や風板、風球などを風で浮かし、その上に乗ることで空を飛んでいる。しかしオーレルは緻密な魔力操作により自身の体を直接浮かせることができた。


 No.2382は巨大な翼を羽ばたかせる。発生した風圧により崩れ去った建造物の瓦礫、立ち上り続ける爆炎が宙へと舞う。更に風は地表すらもえぐり取り、割れた大地が黒煙に覆われた空へと舞う。風圧によりオーレルの体が少しよろける。


 「ソノ、命。イタダクゾ。」


 No.2382の全身から血管のような形状をした赤黒い触手が飛び出す。看守の男に使用したものと同様。触手は相手の体内に潜り込み、相手から魔力と養分を吸い取ることができる。


 「"風車ヴェントス・クロノ"」


 オーレルは杖から無数の風の塊を発生させる。それはあらゆる物体を切り裂く鋭利な風。その速度は音速すら超え、気づいた時には全てが分断されている。


 No.2382の全身から伸びた触手はほぼ同時に全て切断された。更に風はNo.2382の喉元を引き裂いた。


 「"イグナ=レギア"」


 No.2382の足元から火柱が噴き上がり、灼熱の炎が彼を覆い尽くす。"イグナ=レギア"は炎の魔術と風の魔術を合成した魔術。オーレルの莫大な魔力を炎に変換。そして全てを覆い尽くす爆炎を風の魔術で一気に空へと押し上げる。火柱の最大半径は380メートル。高さは1500メートル。しかし今回はヴィレヤたちを巻き込まないよう半径100メートルに留めた。内部は常に風速130メートルの風が吹き荒れ、更に1700度にも及ぶ炎により敵を焼き尽くす。


 火柱により夜の街は照らされる。その照度は昼よりも高く、オーレル以外誰も直視できない程だった。更に熱波は辺り一面を火の海とした。


 「・・・まさかこれに耐えるとは思いませんでしたよ。」


 火柱が徐々に勢いを失くし小さくなっていく。風も火も消えさり中から全身に大火傷をおったNo.2382が現れる。


 「イマノハ、死ヌかト、オモッタぞ。オーレルヨ。」


 No.2382の右手は相手の魔術を吸収する。吸収した魔術は魔力に分解し自身の魔力に還元することも可能。しかしNo.2382はそれをせず、吸収した火柱を全てオーレルに撃ち返した。


 「"水底アクア=ネレイア"」


 "水底アクア=ネレイア"は杖の先端から噴水のように広範囲に向けて水を噴射するだけの魔術。噴射された水は盾となりオーレルの身を守る。当然撃ち返された火柱を防げるものではない。すぐに蒸発してしまうだろう。しかしオーレルはここで更に出力を上げた。蒸発よりも早くより多量の水を生成する。


 「バカナ。アイツ・・・マダホンキヲ。」


 No.2382は口から熱戦を放射。火柱と共にオーレルの水の砦を一気に崩壊させる。


 「"雷暴フルグル=テンペスタ"」


 オーレルが杖を空へと向ける。それと同時に落雷が発生。枝分かれした雷はNo.2382の翼と右腕を貫通。翼を失ったことでNo.2382は落下。更に右手にため込んでいた大量の炎は体内で暴発。右腕が肩から丸ごと破裂した。そして遅れて雷鳴が鳴り響く。


 「コ、コレガ、オーレルカ。オモシロイ!」


 No.2382は甲高くもドスの効いた声にもならない声を挙げる。それと同時にNo.2382の全身から大量のエネルギーが放たれる。その熱量で辺り一帯は全て溶解。街全体が夥しい勢いでマグマと化していく。 


 オーレルに負わされた傷口は触手により修復。翼が黒く変質、顔が崩れて複眼化。更にNo.2382の雄たけびは空の雲を割る。彼から放たれるエネルギーは街全体を手照らした。


 「イグゾッ! オーレルヨッ!」


 No.2382は口と尾の先端から熱戦を放射。その威力、その熱量は先程とは比較にならない程であり、一瞬にして辺りは灰塵と化した。更には全身から飛び出した触手の先端から弾幕を発射。無限に等しいエネルギーによる物量攻撃を仕掛けてきた。オーレルは空を飛びまわり弾幕や熱戦を回避。しかしそのあまりの物量を全て避けることはオーレルにも不可能だった。1発だけ弾幕がオーレルの頬を掠る。瞬時に無詠唱の水の魔術で防御した為かすり傷で済んだが、もし遅れていればオーレルもただでは済まなかっただろう。


 「"蜃気楼ルーメン・レフラクトゥス"」


 オーレルは弾幕、熱戦を弾きながら辺りを旋回する。


 「ドウジタ? ニゲマワッデルヨウでハ我ニハ勝デンゾ。」


 No.2382の左腕が巨大な肉片と化す。肉片したことで彼の左腕は伸縮自在となる。No.2382は伸縮自在の左腕をオーレルに向けて伸ばす。左腕がオーレルの腿に掠る。No.2382は対象を皮膚から捕食する。彼に触れた部位はえぐり取られる。これも掠り傷だが、もしまともに喰らえばオーレルでも致命傷は不可避だろう。


 「"闇手顕現テネブリス・ヴォルトゥス"」


 オーレルは首元のリボンを解いた。静かに指を滑らせ、ローブの下に着たシャツの上釦を外す。わずかに露わになった右肩からは、白磁のような肌が覗く。その鎖骨の窪みから、黒い霧が滲むように立ち上がった。


 それは、闇で編まれた手のようなもの。ぬるりと伸び、No.2382の左腕を掴むやいなや、細胞は崩れるように壊死し、皮膚は炭のように黒ずんでいった。


 「グッ。」


 No.2382は左腕を切り離した。その直後、No.2382の体が溶け始める。No.2382はまだ試作品。その強大すぎる力に体が耐えられないのだ。この状態はある種の暴走状態ともいえる。試作品故の暴走状態。つまり今のNo.2382はハルザムすら想定していなかった一時的な最強形態であるとも言える。


 「ガラダガ、グズレル・・・。ゾロゾロマグだナ・・・ダノジガッダゾ・・・オーレルヨ。」


 突如オーレルの足元から火柱が発生する。それは"イグナ=レギア"だった。No.2382は驚異的な学習能力によりそれを模倣していた。それもいきなり無詠唱で使いこなす。


 オーレルは咄嗟に火柱を躱す。しかしオーレルの集中が火柱に向いたところでNo.2382は一気に攻撃を畳みかける。


 「今のはヒヤッとしました・・・久しぶりに。初見なら多分直撃してましたよ。」


 オーレルは飄々と呟く。驚異的な聴力でそれを聞いたNo.2382は確信した。魔女オーレルはまだ完全には本気を出し切っていない。自分がこれ程まで本気を出そうと彼女にはまだ余裕がある。No.2382は初めて怒りの感情を覚えた。そしてそれはどこか懐かしい感情でもあった。彼の素体となった者たちの記憶がわずかに残っているのだろうか。


 「ヴォォォオオオァアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 No.2382は再び雄たけびを挙げた。それと同時に放たれた衝撃波は街全体を吹き飛ばし街の中央に巨大なクレーターを創り出した。街を囲う城壁も崩れ多くの住民が命を落とした。


 オーレルは風の出力を上げて一気に高度を上げることでそれを回避した。そしてようやく、ヴィレヤとエルドの居場所を探知した。エルドは既に街を抜けており近くの森でヴィレヤの傷の手当てをしていた。


 「無事みたいですね。よかったです。さて、この街の皆さんには申し訳ありませんが、魔族と通じて犯罪行為を繰り返した時点で彼らは既に処刑対象。全員がそうとは言えませんが、辺りはこの惨劇です。彼らは既に"アレ"を見てしまいました。」


 オーレルは杖を構えた。そして静かに口を開いた。


 「"災禍カタストロフィ"」


 それは正にフォルセティのお告げだった。


 オーレルの咆哮に呼応するように、四散した雷雲が再び空に集い、天を覆い尽くす。湖面は荒れ狂い、幾重もの氷柱が湖上に立ち上がる。氷柱の冷気を纏った暴風が、No.2382の熱波を一瞬にして吹き飛ばす。


 だが次の瞬間、辺りは再び熱波に呑まれた。大地が焼け、湖が煮え立ち、蒸気が空を裂く。燃え盛る炎は赤から青へと変貌し、街全体が灼熱の青に包まれ、完全にマグマと化す。地が割れ、割れた大地から煮えたぎる炎が噴き出す。空からは雨と雷が襲いかかる。雨は岩を穿ち、雷は地を貫く。狂乱の空と地の間に、数えきれぬ"青い火柱"が乱立する。


 それは、空のように澄んだ青。美しく、そして絶望的な光。湖上都市グラウ=ベルクは湖諸共消滅した。海のような青色に吞まれ、跡形もなく消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る