杉と亀?

「亀梨。お前に異動辞令が出てるぞ」

「はいはい、なんですか?」


 また課長お得意の質の悪い冗談か、そう思いつつ差し出された書類を手にした亀梨は、そこに書かれた内容に目を丸くした。


「こりゃまた手の込んだ冗談ですね。なんなんですか、特命係って」

「冗談じゃねーよ」


 A4用紙の一か所『特命係』の文字を課長の太い指がとんとんと示した。


「聞いたことねーか? 昔あった部署なんだが再建するらしくてな。ここに行くやつは”か”から始まって”る”で終わる名前ってのがセオリーなんだよ」


 口元を緩ませた課長が確認するように亀梨と視線を合わせる。

 確かに、亀梨のフルネームは亀梨聡ーかめなしさとるーであり、かから始まってるで終わる名前である。しかし、この名前が移動と何の関係があると言うのだろうか。


「それで言うと、お前はちゃんと亀ちゃんだな」


 訳の分からない説明を終えると、ツボに入ったのか課長は一人腹を抱えて笑い始めた。




「ここ・・・・・・が特命係?」


 亀梨は今、段ボール箱を抱えて”4課”と書かれた扉の前に立っていた。

 ここに来るまで何人かに確認したものの、首を傾げられたり、にやにやと方角を示されたりするだけで、詳細を教えてくれる者はいなかった。


「邪魔だよぉ」


 後ろから声をかけられた亀梨は段ボール箱をガチャガチャと鳴らしながら道を空けた。


「すみません」

「ん? なに? うちになんか用?」


 顔に似合わず可愛らしいマグカップを持った男性が、眼鏡を押し上げ、亀梨の顔を覗き込んでくる。


「あ、えっと。今日からここでお世話になる亀梨です」

「亀梨?」


 男性は少し思案した後、ああ、と表情を緩めた。


「特命係の! うちじゃないよ~。特命係は。あ、若いから知らないか」


 男性ははっはっと笑うと亀梨の背中を押した。


「特命係はうちの奥って決まってんの。もう君の上司も来てるから、ほら行った行った」

「え、上司?」


 促されるがまま、事務机の隙間を進んだ亀梨は部屋の奥、薄い壁で仕切られたスペースへと足を踏み入れた。


「失礼します」

「2分28秒遅刻ですよ。亀梨君」


 亀梨が口を開くのと、部屋の暗がりから声が聞こえたのが同時だった。声がした方へ振り向いた亀梨は一瞬、聞き間違いかと自分を疑った。視界に誰も居なかったからだ。


「どこを見ているんですか」


 亀梨が視線を向けた先、正確にはその少し下からまた声がする。視線を下げると、そこには


「子ども?」


 艶やかな黒髪をオールバックにし、その顔にしては随分と大人びた銀縁の眼鏡をかけた少年が一人。机の上に段ボール箱が置かれているところを見ると、彼も今日からここで働く一人なのだろう。

 少年は亀梨に向かって右手を差し出した。


「杉上左京です」 

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