#00
#00 武科朱海
津久茂高等学校令和5年度卒業の3年3組の元クラス担任、
他の生徒と比べてスペースが小さく、分量も少ない。
そのため、中略することなく全文を書き起こして掲載する。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
3年3組のみんなは、個性に溢れ、それぞれが異なる人間性を有した、未来ある生徒たちです。私が担任としてみんなと一緒に居れたのは2年生の頃からでしたが、歳が近いこともあってか、みんなは私を受け入れてくれました。最後の半年はどうしても会うことは出来なかったけど、みんなのおかげで楽しくも実りある日々だったのは事実です。
本当にありがとうございました。
この社会は、誰もが主役になれるものではありません。
多くの人の目線を奪い、多くの人から慕われ、クラスという小さな単位の外側にすら影響を与えられるような人物こそが、主役と呼ばれるに足りる存在だと私は思います。
よく、「誰もが人生の主人公」という言葉を聞きますが、私はそうとは考えません。表舞台で輝き切ってから生涯を終えるようなスターには当てはまるかもしれませんが、日の目を浴びることなく誰かの踏み台になって落ちぶれるような人生だってあるでしょう。それを主人公と形容するのは、私は相応しいことだとは思えません。
人生には、主役に成り得る選ばれた人間が過ごす花道と、主役にはなれない端役の人間が歩かされる泥道の2種類があるのです。
果たして、みんなは主役になれるような人間でしたでしょうか?
そんな話をする時、私は最愛の妹のことを思い出します。
みんなも知っているでしょう、3組の学級委員長にして、みんなの代の生徒会長であった、
姉の贔屓目かもしれませんが、彼女はまさしく主役に足る人間でした。
みんなの中心に立つ姿はまさしくリーダーで、
みんなから愛される姿はまさしくお姫様。
あの子の姉として、あの子のための端役になれることが、私の人生の意味だと考えていました。
本当に、残念でなりません。
未だにあの子のことを夢に見ます。
私は、事件の直前まですぐ隣に居たはずなのに。
あの子の抱えていた悩みに、気付いてあげることが出来なかった。
端役失格ですよね。あの子の踏み台として、役に立つことが出来ませんでした。
本当に情けない限りです。
だからこそ、自分に出来ることをしようと思い、みんなに私のワガママを聞いてもらいました。
直接、私の方から説明することが出来ず、本当に申し訳ありません。
改めて、この卒業文集に成海へのメッセージを残してくれて、本当にありがとうございます。
本来なら、途中で担任としての義務を放棄した私が、こんなワガママを言っていい道理は何処にもなかったはずなのに。
それでも、みんなが成海への追悼を書くのに賛同してくれたことを他の先生から教えてもらった時、本当に嬉しかったです。
あの子はやっぱり主人公だったんだ、って思えて私も幸せでした。
あの子はやっぱりみんなのお姫様だったんだ、って再認識することができました。
なんだか、久しぶりに満たされたような感覚でした。
文集が完成するまでみんなのメッセージを読むことは出来ませんが、それでも提案に賛同してくれたことそのものが私には嬉しいんです。
決して強制ではないけれど、みんなが成海への愛情を記してくれていることを期待しています。
今のうちから、みんなの作った文集を読むのを楽しみに思っています。
改めて、2年間お世話になりました。
卒業おめでとう。
端役を全うしてくれて、本当にありがとう。
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