第14話 焔崎華恋は退かない
目の前にはご馳走が並んでいる。
新鮮な緑色のキャベツの中に豚肉がごろごろと挟まった回鍋肉に、きつね色の衣がテカテカと光る豚カツ、それに炊き立ての白ご飯だ。
「美味そうだな。ありがとう二人とも。頂きます!」
「頂きます」
「ううう……頂きますう……」
狭いキッチンを同時に使うことは難しいので、料理をする順番を決めないといけなかった。
レイラにカリナ、こっちの世界での名前は麗と華恋であるが、二人に任せておくと大惨事につながる可能性があったので、今度は昔にならってコイントスで決めろと言った。
勝者はレイラ。こいつが強運なのだか、つくづくカリナの運が悪いのだか。
後の順番を引いたレイラの回鍋肉の方が、出来立てなのだ。
けど、どっちも美味い。
しゃきしゃきのキャベツと柔らかい豚肉の甘辛味は、相性が抜群だ。
トンカツは衣がさっくりしていて、断面がピンク色の肉を噛むと、じゅんわりと肉の脂があふれ出る。
どうしたって、白ご飯が進んでしまう。
「ところでカリナ、バーベキューの件はどうしよう?」
夕飯を食みながら、一番の要件を口にした。
「そうねえ、正直面倒くさいなあ。知らない人がいっぱいいる場所って、緊張するし」
まあ、予想通りの反応だな。
今回のことはカリナ、すなわち焔崎華恋をご指名だから、きっと美影からは話しかけられるだろうし、他にも誰が来るのか分からない。
超絶コミュ症のこいつからすると、難易度は相当に高いだろう。
「ねえ、それって何の話?」
状況を飲み込めないレイラが、胡乱な視線を向けて来る。
「ああ、実はな……」
美影からカリナのご指名があってバーベキューパーティーに誘われていることを説明しても、レイラの顔色はほとんど変わらない。
いつも通りの冷静さぶりだ。
「そう。カリナ、貴方が人見知りを克服するには、いい練習の機会かもよ? 傍にラガードだっていてくれるんでしょ?」
「そ、そうは言ってもね、難しいのよ。なんで私なんかが呼ばれたのか、全然分かんないし」
それはきっと、美影の御曹司が、お前を見初めたからだと思うぞ。
「まあ好きにしなさいな。でもラガード、それを断ってしまうと、気まずくない?」
「ま、少しはね。けど別にいいよ。そんなに仲がいい奴でもないし、元の日常に戻るだけだ」
「もし良かったら、代わりに私が行きましょうか? そうすれば少しは、貴方の顔も立つかも」
「えっ、いいのか? お前だって学校やモデルの仕事で忙しいだろうに」
「別にかまわないわ。それに、高校生同志のそういうのって、少し興味はあるわ。撮影先でパーティーは沢山あったけど、全部仕事関係の大人の人達ばっかりで、話を合わせるのが大変だったのよね」
別に俺の顔なんかいくつ潰れたって痛くも痒くもない。
けれど、カリナのことを断る理由としてはありだな。
好きな友達を連れていっていいと言っていたはず、後は美影がどう判断するかだ。
「分かった。じゃあ一旦、そう応えよう」
「え? ちょっと待って。それって私を置いて、貴方達二人だけで行くってこと?」
「そうよ。貴方の分まで楽しんできてあげるから、大人しく留守番をしていなさいな」
「ちょ、ちょっと待って待って待って待って、待って!」
何か必死だなカリナ、もしかして、自分も行きたくなったのか?
「じゃあ、わ、私も行く」
「大丈夫かよ? 無理しなくていいぞ。お前が来ないっていうだけで、無くなってしまうかもしれないイベントだ」
「だ、大丈夫。だから、レイラは来なくていい」
「何を言っているの。ここまで話を聞いてしまったら、ラガードの伴侶の私としては、放っておけないわよ」
「な、何が伴侶よ!? それは私がなるんだから!!! 何なら、ここで決着をつける!?」
「……いいわ、望むところよ」
「……じゃあ、バーベキューは三人でってことにしておこうか。ほら、早く食わないと、冷めちまうぞ」
今夜もバチバチと睨み合う二人を尻目に、黙々と飯を食む俺だった。
◇◇◇
(カリナ・ラトリエル=焔崎華恋の回想)
いつもレイラとは、こんな感じだったなあ。
けど、この二人がいたお陰で、前の世界の私は生きることができたんだよね。
私の家は魔術師の家系だったけれど、私が小さい頃にお父さんが亡くなった。
お姉ちゃんと一緒にお母さんから魔法を習っていたけれど、お母さんも重たい病気になってしまって、やがて亡くなってしまった。
働いてお金を稼いでくれていたお母さんもいなくなって、家に住むことができなくなった。
「一緒に旅に出てみない?」
悲しみに暮れる私に、二つ年が上のお姉ちゃんは、気丈に言葉をくれたんだ。
「お父さんもお母さんも、昔は冒険者をして、世界を旅したみたいなの。私達もそうしてみない?」
「うん、いく」
お姉ちゃんに手を引かれて家を出たけれど、まだ幼なさが残る姉妹だけの二人旅、苦労の連続だったなあ。
力を合わせて弱い魔物を倒したり、日雇いの仕事をしたりしながら、旅を続けた。
どこかの冒険者パーティーに入れて欲しいとも思っていたけれど、まだまだ子供の私達を受け入れてくれるような場所はなかった。
それでも、お姉ちゃんと二人の旅は、楽しかったな。
少ないご飯を分け合って、色んな景色を見て、夜はいつも身を寄せた。
私も少しずつ、魔法が上達していった。
貧しかったけれど、幸せを感じる毎日だった。
ずっとそんな日が続くのかなと、当たり前のように思っていた。
そう、あの日までは。
やっと二人分のお金が溜まって、船に乗るための切符を買った。
別の大陸に渡るために。
きっとまた、新しい世界が開けている。
そんな期待と少しの不安が胸の中にあった。
けど、お姉ちゃんと一緒ならきっと、大丈夫。
そう信じて疑わなかった。
船旅は心地よくて、ほんわかとした気分に浸りながら、朝食を食べていた。
すると、ガタンという音とともに、船が大きく揺れた。
「大変だ、魔物が現れた!!!」
「畜生、何でこの海域に、クラーケンなんぞが出やがんだ!?!?」
「闘えるやつ、手を貸してくれえ!!!!!」
護衛の剣士や魔術師達が、甲板の上で血相を変えていた。
彼らが見据える先には、舟よりも大きな体をした八本足の巨大なイカがいて、波間で不気味に畝っていた。
みんな必死に戦ったけれど、クラーケンの大きな足に一人、また一人と絡め取られて、海中へと沈んでいった。
「カリナはここに隠れていて。絶対に出てきちゃダメよ?」
「待ってお姉ちゃん、どこに行くの!?」
「戦わないと。この船を守るために」
そう言い残して駆けだしたお姉ちゃんも、やがて長い足に捕まった。
船は魔物に破壊されて、沈んでしまった。
気が付くと私は、見知らぬ島の砂浜の上で、たった一人で横たわっていた。
何が何だが分からずに、そこでずっと泣きわめき続けた。
何もできなかった。お姉ちゃんを助けることもできないで、ずっと見ているしかなかった、卑怯な臆病者。
お姉ちゃんと一緒に死ねたら良かったのに。
そんな感情しか湧いてこなかったな。
そんな私は、たまたま通りかかった漁船に拾われたんだ。
陸に上がっても何もする気が起こらないし、身寄りもない。
死んでしまおうかと何度も思ったけれど、そのたびにお姉ちゃんの笑顔が、私を押しとどめた。
―― お姉ちゃんの分まで生きないと。
そう思うようになって町を彷徨ったけれど、なぜか私の口からは、まともに言葉が出なくなっていたんだ。
きっと心に傷を負ったせいだと思うけど、人と話す時に上手く口が回ってくれない。
そんな子供のことをまともに相手してくれる人はいなかった。
お金もなくてお腹が空いて、どうしようもなく落ち込んで途方に暮れていたら、貴方の声が聞こえたの。
「よう。パーティーを探しているのか?」
痩せっぽちで頼りなさげな男の子だったけれど、でも不思議とその笑顔に、心が安らいだ。
その隣に立っていた銀色の髪の女の子の視線は、ちょっと怖かったけれども。
そこからまた、私の冒険の旅が始まったんだよね。
そして、まさかこんなふうに想うようになるなんて……
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