第6話 戦いのあと、芽生えたもの
女王を失ったアラクネの群れが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
先ほどまでの死闘が嘘のような静寂が、巨大な空洞を支配していた。
「……はぁ……はぁ……やった……」
全身の魔力を使い果たした朝陽は、その場に膝から崩れ落ちる。
駆け寄ってきた仁が、その身体を力強く支えた。
「……ったく、無茶しやがって」
呆れたような、それでいてどこか誇らしげな仁の声を聞きながら、朝陽は仲間たちに囲まれて、安堵の息を吐く。桐生、綾部、佐伯も、満身創痍ながら、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。
しかし、安堵したのも束の間、朝陽はおもむろに腰に提げた〈魔法の鞄〉を探ると、中から青く輝く液体の入った小瓶を取り出した。そして、躊躇うことなくその中身を一気に飲み干す。
「ふう……やりましたね! 東大寺さん!」
次の瞬間、消耗しきっていたはずの魔力が奔流のように全身を駆け巡り、疲労感が嘘のように消え去った。何事もなかったかのように立ち上がった朝陽の姿に、今度は仁の方が目を丸くして絶句する。
「おいおい! ちょっと待て、いまなにした! さっきまで魔力切れで倒れてただろうが!?」
「え? 普通に
「どこが普通だ! 一本飲んだだけで魔力が全回復するって!?」
仁の絶叫も無理はなかった。
魔力回復薬は非常に高価な上、その回復量は微々たるものだ。最高級品ですらAランク探索者の魔力を二割も回復させれば上出来であり、まさに切り札として、ここぞという場面で使うのが常識だった。
それを、まるでスポーツドリンクでも飲むかのようにあっさりと使い、しかも全回復するなど常軌を逸している。
「あ、すみません、自分だけ……。皆さんも消耗していますよね」
きょとんとした顔で、朝陽は悪びれもなく桐生たちにも同じ小瓶を差し出す。
仁は天を仰いで深い溜め息をつき、桐生、綾部、佐伯の三人は、目の前で差し出された規格外のポーションを前に、ただ唖然とするしかなかった。
◆
朝陽の回復薬のおかげで、一行は瞬く間に全快した。
改めて、先行したパーティーの救出作業を開始する。
朝陽がミスリル製の槍で分厚い繭を切り裂くと、中から意識を失った探索者たちが次々と姿を現した。
「おい、こいつら息はあるが……様子がおかしいぞ」
斥候である桐生が、屈み込んで救出した一人の顔色を窺う。
長年の経験から、ただの衰弱でないことを見抜いたのだろう。
「これは……アラクネの毒か。綾部、解毒と回復を頼む!」
桐生の診断を受け、綾部がすぐに魔法を詠唱する。
彼女の手のひらから放たれた柔らかな光が、探索者たちの身体を包み込んでいく。
治癒魔法で応急処置を施していくが、毒を完全に浄化するには至らない。
「これも使ってください」
朝陽が差し出したのは、緑色に輝く解毒薬だった。
綾部がそれを受け取り、探索者たちに飲ませると、見る見るうちにその顔色が生気を取り戻していく。
「……〈トワイライト〉の薬は、噂以上に凄いな。さすがは〈黄昏の錬金術師〉か」
仁が感嘆の声を漏らす。その言葉に、朝陽は内心でそっと付け加えた。
(これは、妹が作ったものなんだけど……)
師から錬金術を学び、めきめきと才能を開花させている妹を、姉として誇らしく思う。いつか、この薬を作ったのは妹だと胸を張って言える日が来ることを、彼女は心から願っていた。
救出作業が進む間、桐生は女王が消滅した跡に残された巨大な魔石や、周囲の状況を調査していた。
「……やはり妙だ。この鉱床、何かおかしい……」
彼は、このイレギュラーの出現がただの偶然ではなく、別の要因によって引き起こされたのではないかと、プロの勘で感じ取っていた。
◆
救出した探索者たちを担ぎ、一行は地上への帰路についた。
行きとは違い、負傷者を抱えているため、慎重な行軍となる。とはいえ、消耗した状態であれば厳しかったであろうが、いまは朝陽の薬で全員魔力が回復している。襲ってくるモンスターを退けるくらい訳がなかった。
途中で一旦休憩を取り、野営の火を囲みながら、斥候の桐生が懸念を口にする。
「女王は倒したが、残党が厄介だな。このまま放置すれば、また巣を作りかねん」
仁も頷いた。
「ああ。だが、いまはこいつらを無事に地上に連れ帰るのが最優先だ。後始末はギルドに任せよう。お前等も、それでいいな」
それは稼ぎが減ることを意味しているが、仁の言葉に反対する者は一人もいなかった。
◆
朝陽たちが、全滅したと思われていたパーティーを連れてギルドに帰還したことで、ロビーは驚きと歓喜に包まれた。
イレギュラーの女王討伐と、消息を絶ったパーティーの救出。それらの報告を受けたギルドが、即座に「アラクネの掃討作戦」の緊急依頼を掲示板に張り出したからだ。
女王が討伐済みであること。そして、素材の換金率が高いアラクネが相手ということで、ロビーにいた探索者たちは「ボーナスステージだ!」と意気揚々と依頼に殺到し、準備を始める。
一方で、依頼完了の手続きを終えた仁は、桐生たちと祝杯を上げに行こうと賑やかに笑い合っていた。
「嬢ちゃんも来るだろ?」
「あ、私は……」
仁の誘いに、朝陽は一瞬言葉に詰まる。
生きて帰れたことを喜び、成果を分かち合うように楽しそうに笑う仲間たちの輪。
それは、朝陽にとって少しだけ眩しすぎた。
「……すみません、今日は妹が待ってるので」
そう言って断ると、朝陽は一人、ギルドを後にした。
夕暮れの街を歩きながら、今日の戦いを振り返る。
力の至らなさ。仲間の必要性。その両方を、痛いほど実感した一日だった。
ふと、先ほどのギルドでの光景が脳裏に蘇る。
肩を組んで笑い合う、仁たちの姿。
(みんな、凄かったな。私一人じゃ、絶対に無理だった)
これまで、一人で戦うことしか考えてこなかった。
それには、理由がある。朝陽が探索者になったのは、妹の足を治すためだ。
五年前のモノレール事故で両親は命を落とし、妹の夕陽も両足を失う大怪我を負った。ベッドの上で塞ぎ込む妹の姿を見て、いてもたってもいられなかったのだ。
――霊薬。エリクサーとも呼ばれる秘薬。ダンジョン内の遺跡で極稀に発見されることがあると噂される薬で、過去にギルドのオークションに出品された時は、目が飛び出るような値段がついた代物だ。その効果は絶大で、四肢の欠損すら回復することが可能だと言う。
朝陽はその薬を探し求めて、探索者になった。だから、必然的にパーティーを組むことが難しかったのだ。
パーティーを組めば、ダンジョンで発見したものはパーティーメンバーで分配することになる。霊薬が見つかったとしても、それはパーティーの戦利品だ。妹の足を治すために譲ってくれと頼んでも難しいだろう。
それに、支援庁が作ったルールの所為で、霊薬を持ち帰ったところでギルドに没収される恐れもあった。だから、朝陽はずっとソロで活動していたのだ。
霊薬を見つけたら、ギルドにも内緒で妹に薬を使うつもりだった。それで罰せられることになっても、かまわないと覚悟を決めていたのだ。
でも、それも、もう終わったことだ。
楽園に窮地を救われ、妹の足も完治したのだから――
「仲間、か……」
朝陽の心に、いままで感じたことのない新しい感情が芽生えはじめていた。
ずっと一人で頑張ってきた彼女が、初めて〝パーティー〟というものに興味を抱いた瞬間だった。
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