第25話「ルルとデートの実践練習—前編」
クラスメイトからの冷やかしを逃れ、異世界人疑惑からも逃れて、ヒナとデートの約束まで取り付けた俺は、家に帰ってもゴキゲンだった。
「え、うん……いいよ。カナメくんから誘ってくれるなんて……嬉しい」
そのヒナの言葉とはにかんだ表情が何度となく頭の中でリピートされ、口元がニヤけてしまう。
「……くん!……カナメくんってば!」
ソファーの横に座ったルルが何度も呼んでたようだ。
「え?なに?」
「なに?じゃないよ。何度呼んだと思ってんの?浮かれるのもいいけどさ、私が頑張ったからここまで上手くいったんじゃないの?」
「ああ、ごめんな。たしかにそうだわ、ありがとうな」
俺は頭をかきながら礼を言った。
「だったらさ、お礼として私と本気でデートしてくれてもいいんじゃない?ヒナちゃんとの練習にもなるしさ……」
「え?まあいいけどさ……お金かかるんだよなぁ」
「やった!お金なら大丈夫、寛永通宝まだあるから!」
「え!?もうあんな古銭マニアのおじさん来ねえだろ?」
ピンポーン♪
その時呼び鈴が鳴った。
慌てて出ると、この前の古銭マニアのおじさんが立っている。
「ここに、珍しい古銭があると聞いて来たのですが……」
ルルが飛び出して来る。
「おじさん、これこれ!」
「ほお!これは何と珍しい!雉子狩銀銭ではないですか!?これは是非とも10万円で引き取らせていただきたい!」
「やった!ありがとうおじさん!」
ルルはまたしてもデート資金10万円をゲットしたのだった。
古銭を受け取ったおじさんは「それじゃアディオス」と言い残すと、風のように闇に消えていった。
「はい、これ私とのデート資金の5万円ね。私が満足したら、残りの5万円あげるから、ヒナちゃんとのデートに使っていいよ」
「おま……、あ、ありがとう……」
色々とツッコミたかったが、多すぎて諦めた。一つだけ言えるのは超嬉しいってことだった。
———
翌日の放課後、一旦家に帰って、母親には「友達と出かけるからご飯はいらない、帰りも遅くなる」と伝えた。
ルルと向かうのは遊園地、なるべく爽やかな私服に着替えると、ルルはルルで、今日のためにとびっきりのおしゃれをしてきたようだ。
「どう?このワンピース、似合ってる?」
サングラスを外し、水色に白い花柄が散りばめられたワンピースに身を包み、まるで初夏の日差しをそのまま纏ったように見えた。普段のボーイッシュな姿からは想像もつかないくらい、女の子らしい雰囲気だ。そのあまりの可愛さに、一瞬言葉を失った。
「え、ああ、似合ってる……すごく可愛いじゃん」
素直な感想が口からこぼれると、ルルは頬を赤らめ、少し照れくさそうに笑った。
「そ、そう?ありがと。カナメくんも、その服、なかなかいいじゃない」
比べると俺はただのTシャツとジーパンだが、ルルに褒められると、なんだか特別なものに思えてきた。
「じゃあ、早速行こっか。遊園地なんて初めてだから超楽しみ!」
ルルは、キラキラと輝く瞳で俺の手を取った。周りの賑やかな喧騒の中、誰にも見えないその手は、驚くほど柔らかく、温かかった。
駅に着いた。
夕方のホームに、電車が滑り込んでくる。
ドアが開くと、ほんのり冷たい風と、ブレーキの金属音が混じった空気が流れ込む。
俺はスマホで路線図を確認しながら、「この電車で合ってるよな」と心の中でつぶやいた。
――うん、間違いないよ。
耳元で、ルルの声が柔らかく響く。いつものことだけど、声は誰にも聞こえないのに、俺の中にははっきり届くのが不思議だ。
車内は、仕事帰りのサラリーマンや買い物帰りの家族連れでそこそこ混んでいた。俺は座席が空いているのを見つけて腰を下ろす。
すると、ルルが当然のように俺の隣に腰掛けた――俺以外誰からも見えないけど、ちゃんとそこにいる。
「ふふ、こういうの、ちょっとデートっぽいね」
――おい、そういうこと言うなよ、変に意識するだろ。
「意識してくれた方が楽しいもん」
電車が揺れ、混雑してくると、年配の女性が空席にしか見えないルルの席に座ろうと近づいてきた。
「え……ここ……」
俺は慌てて手を出すが、ルルはニヤリ。
「心配しなくていいよ。私、すり抜けられるから」
女性の体がルルに触れそうになった時、ルルはスルッと体をすり抜け、女性は何事もなかったかのように空席に腰を下ろす。
ルルとおばあさんが重なっていて、俺は思わず吹き出しそうになった。
「なんだよ、それ……!」
ルルは肩をすくめて得意げに笑う。
「ほら、混雑電車でも安心でしょ? 触れようと思えば触れるけど、基本は迷惑かけないのが私のモットー♡」
俺は隣で小さく笑いながら、夕暮れに染まる窓の外を眺めた。
「……ルルと一緒だと、なんだか毎日がアトラクションだな」
電車が少し混み始めた。俺は空席を見つけてホッとしたが、隣の席には年配の女性とルルがぴたりと重なって座っている。
「ふぅ……やっぱり混んでるね」
心で言いながら、俺がため息をつくと、ルルが小首をかしげて言った。
「おばあちゃんと重なってるの、ちょっと嫌かも……」
「え?」
「だから……こうする!」
そう言うと、ルルは笑顔のまま俺の膝の上にスッと座った。面と向かって座るので、俺は完全にルルと目が合う。予想外の行動に、俺の心臓は一瞬で警鐘を鳴らし始める。誰も見ていないはずなのに、まるで世界中の視線が俺に突き刺さっているかのような錯覚に陥る。
「ちょっ…!お、お前、直に膝に座るなよ!」
俺は慌てて仰け反るが、ルルは涼しい顔。
「大丈夫、誰も見てないし、意図的に重くはしないから♡」
ルルは俺の肩に頭をちょこんと乗せ、ささやく。
「これで私、もっと近くに座れるでしょ?ふふっ、特等席♡」
俺は心臓がバクバクするのを抑えるように、夕暮れの窓の外を見た。それでも周囲が静か中、ルルの甘い息が顔にかかるのが気になる。
「なんだよ、最初から過激すぎて練習になんないわ……」
「ふふ、膝の上、暖かいね〜」
「お、おい…暖かいだけじゃなくて…」
「どうしたの?顔真っ赤だよ?♡」
「……誰も見えないからって、やりすぎだろ!」
するとルルがニッコリとしたまま、顔をさらに寄せて来た。吐息が耳にかかり、くすぐったさ
と焦りが同時に襲ってくる。俺は悲鳴を上げたい気持ちを必死にこらえ、目を瞑って仰け反った。
こうして、近すぎる距離のまま、ルルの誘惑に耐える電車旅が続いていくのだった。周囲の人に俺がどう見えてたのかは、ちょっと想像したくない……。
———
駅を出ると、夕暮れの光が遊園地の観覧車をオ
レンジ色に染めていた。
遠くから流れてくる軽快なメロディに、人々の笑い声が混じる。
甘いポップコーンの香りと、焼きとうもろこしの香ばしい匂いが風に運ばれてきて、胸の奥が少しワクワクした。
「わぁ……着いたね!」
ルルは俺の手をぎゅっと握り、瞳を輝かせながら観覧車を見上げる。
その笑顔に、自然と口元がゆるんだ。
入口で入場券を2枚買おうとすると、係員が不思議そうに首をかしげる。
「もう一人の方は?」
「あ、一人です。見栄張ってすみません」
そう言うと、係員は営業スマイルを崩さないまま、ほんのり引き気味の表情を見せた。
「見えない彼女、便利でしょ?」
ルルがニヤリと笑う。
「安上がりだけど、たまに気まずいな」
ルルは気にも留めないように涼しい顔をして言う。
「私、あれ乗りたい!」
ルルが指差したのは、遊園地の目玉――人気の絶叫ジェットコースターだった。
オレンジ色の夕焼けを背景に、悲鳴と笑い声を乗せた車両が長いレールを駆け抜ける。その迫力に、胸が少し高鳴る。
しかし、チケットは別料金だった。
「学生2枚で」
カウンターでそう告げると、スタッフが怪訝そうに首をかしげた。
「えっと、お連れの方はどちらに?」
「いや、隣の席を空けといて欲しいだけです」
「は、はあ……」
スタッフの営業スマイルが、ほんのり引きつった。
その視線が俺の背後を探るが、もちろんルル姿はどこにもない。
横で当のルルは、ニコニコしながら胸を張っていた。
「ふふ、貸し切り気分だね♪」
「……説明すんの、地味に疲れるんだよな」
「慣れてよ!後で観覧車も乗るんだからね!」
「俺、めっちゃ可哀想に見えるだろうな……」
「こちらの席にどうぞ」
スタッフに案内され、俺は一人分のシートに腰を下ろした。
隣の席は、もちろんルルの分――空席だ。
「わぁ、思ったより高いね!」
俺の横で、ルルは無邪気にワクワクしている。
けれどスタッフから見れば、俺が独り言を言っているだけにしか見えない。
安全バーは乗る前は上に上がっていて、人が乗ると下ろしてロックする仕組みだ。自分の分が
下ろされるとき、スタッフに「隣のもお願いします!」と頼んだ。
「え?別に必要ないですよ」と言うスタッフに、「落ち着かないから下ろしてください」と強要。
「意味ないんですけどねえ」と、少し不機嫌にさせてしまった。
「ほら、しっかり掴まって!」ルルが俺の腕にギュッとしがみつき、車両がカタカタ動き出す。ルルの柔らかな胸が腕に押し付けられ、温かさと弾力が…!「う、うわっ!ルル、近すぎだろ!」と心臓がバクバク、顔が熱くなる。ルルはニヤリと笑い、「カナメくん、気づいてる?♡ 私もドキドキしてるよ♡」と無邪気に囁く。
最初の緩やかな上り坂。夕暮れの空を背景に、遊園地全体が見渡せる高さまで上がる。今度は別のドキドキが押し寄せて来た。
その美しい景色の中、すぐ横にあるルルの笑顔だけが俺の特等席だった。
「カナメくん、顔が真っ青だよ?ふふっ、かわいい♡」
「う、うるせぇ……っ! お、落ち着け俺……」
ガタンッ!
車両が頂上で一瞬止まったかと思うと、次の瞬間――
ドオオオオオオッ!!
体が宙に浮く感覚とともに、轟音と風が全身を叩く。
その後は問答無用のムーンサルトにコークスクリュー。
目が回り硬直した俺の情けない悲鳴と、俺の腕にしがみつくルルの楽しそうな笑い声が夕空に溶けていった。
1分程度の長旅が終わり、足元が少しふらつく俺に、ルルはニヤリと笑いかけた。
「カナメくん、絶叫しすぎ〜!隣で見てたけど、顔すごかったよ?」
「お、お前な……!途中で『死ぬ!』って何回も思ったんだぞ……!」
「でも、楽しかったでしょ?私なんか、もう一回乗りたいくらい♡」
「はぁ!? 俺は一回で十分だって……」
そう文句を言いつつも、心臓の高鳴りはまだ収まらない。
怖さだけじゃない――隣のルルの輝くような笑顔――その記憶が脳裏に焼き付いて離れなかった。これがヒナとのデートの練習なんてことはすっかり忘れるほどに……。
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