第22話「2年B組、幽霊教室」

その日の放課後、ヒナと小さな声で「じゃあね」と言い合った俺は、それだけでみんなに冷やかしの声を浴び、すぐに分かれて帰ることになった。


「これ、かなりヤバい状況じゃね?」

ルルに聞くと、彼女は、何やら腕を組んで考えていた。


「そうだねぇ、今時、こんな小学校のような冷やかし方するクラスあるんだね」


「それなんだよ、みんな自分のことだけ考えてりゃいいのに、すぐ人の邪魔をしたがるんだよな」


「ふふっ、それならいっちょ、目に物言わせてあけようかな……」


「何だよそれ?」


「まだ考え中。まとまったら後で教えるわね」



家に帰りつき、重い気分で食事と、シャワーを終えて、自分の部屋に帰ると、スマホが揺れた。


ヒナからの電話だ!


「もしもし、ヒナちゃん?」


「カナメくん大丈夫?……大変なことになっちゃったね。みんな、ずっとあのことばかり冷やかして、誰も普通に話してくれないの……」


ヒナの声はちょっと落ち込んでいる。


「ああ、確かに大人げ無さ過ぎだよな、頭に来るよ」


「私、こんなんじゃ、学校行きたくなくなっちゃうかも……」


「大丈夫、俺が作戦考えて、あいつらなんとかするから、ちゃんと学校来てくれよな」


俺は勇ましく言ったが、心の中ではどうしていいか焦っている。


「うん、私にも出来ることあったら教えてね

……」


「うん、分かった」


もはや、恋愛どころではない雰囲気でその電話は切れてしまった。


途端、俺はルルの方を見る。


「なぁルル……」


ルルはにやりと笑い、サングラスをくいっとかけ直して言った。


「ふふっ、大丈夫だよ。そんな死にそうな顔しなくてもさ」


「本当か?何かアイデアある?」


「うん!要はさ、カナメくんとヒナちゃんにみんなの意識が行かないようにすれば良いだけでしょ?」


「うん……て言うと?」


「もっと大きな問題がクラスに起こればいいんだよ」


「ふむふむ」


「クラスに幽霊が取り憑いて、大混乱を起こしちゃえば良くない?」


俺は思わず「それ……本当にやるの?」と聞き、ルルは「もちろん!見えない私にかかれば、笑えるくらい簡単だから」と言う。


その後は夜遅くまで作戦会議だった。

本当にここまでしていいのだろうか、とたまに思ったが、もはや、ルルだけが頼りだった。


“作戦成功を祈るおやすみのキス“をした俺たちは、忙しい明日に備えて床についた。



翌朝、俺はまだ少し夢見心地のまま目を覚まし、カーテンを開ける。外は曇り空で、今日も学校に行けばあの冷やかしが待っていると思うと、少し気が重い。


制服に着替え、朝食をかき込みながらヒナのことを考える。あんなに落ち込んでたのに、学校で笑顔を見せられるのだろうか。どうにかしてこの恋を守らなきゃ、と思うと、自然に背筋が伸びた。


家を出ると、俺は心の中で「大丈夫、なんとかなる」とつぶやく。先に出たルルはもう教室でスタンバイしているに違いない。あのニヤリとした笑顔が頭をよぎる。


校門をくぐり、教室に向かう廊下に足を踏み入れると、なにやらざわめきが聞こえてきた。教室の扉を開けると、いつも通りの光景——のはずだった。


だが次の瞬間、誰もいない机が勝手に揺れ、椅子がゆっくりと音を立てて動く。空気が一瞬ピリリと張りつめ、クラスは大騒ぎになった。


「え、なにこれ!?」

「誰かやってるだろ!?」

「うわっ、机が…!」


視線を前に向けると、ヒナは目を丸くして固まっている。俺は咄嗟に怖いものが苦手なヒナの方に駆け寄った。


「大丈夫?ヒナちゃん」

「カナメくん、怖いよ……」

「あぁ。ヤバいな、でもヒナちゃんは俺が守るよ」


こんなことを言ってても、みんなポルターガイスト騒ぎに夢中で、俺たちに注目する者はいなかった。


もちろん俺には全て見えている。ただルルが激しく机を揺らし、椅子を動かしたただけだ。


ルルはすっかり調子に乗って、黒板のチョークを手に取りふわふわと動かす。

「え、なにこれ…!?」

何人かが気づき、また騒ぎになる。

黒板には突然「恨」と一文字だけが浮かび上がる。


「キャハハハハハ!」

ラブゾンの機械から高い狂気的な笑い声がエコーで響き渡ると、悲鳴をあげた生徒たちは一斉に教室の外へ逃げ出した。


ヒナも一緒になって逃げだしてしまったので、俺も後を追った。


「カ、カナメくん。このクラス怖すぎ……」


「でも。お陰で俺たちの方見てるやつ誰もいないよ」


「うん、そうだね……でも怖いからやっぱりクラスに入りたくないよ……」


「大丈夫、俺、怖いの平気だから、幽霊にはあんまり怖がらせるなって言っとくから」


「え!?そんなことできるの?カナメくん、霊媒師?」


「ううん、違う。でも、この霊は悪い子じゃない気がする」


「ふふふっ……そうだといいけど」


クラスに戻るとルルに小声で一言。

「ヒナちゃん、マジ怖がりだから、あんまり怖くない方向性で頼む」


「了解、楽しい感じでいくね」


「ちょっと不安だな……」


騒然とした雰囲気のまま、1時間目の数学の授業が始まった。ハゲの吉田先生が黒板の前に立ち、前回のテストの結果を見せながら説教を始める。


「君たちこのままだと、もう手遅れになるぞ!今ならまだ間に合う!」


クラスの生徒たちは背筋を伸ばして聞く——はずだったが、先生の背後でルルがふわふわと動かすように、黒板のチョークを手に取って踊っていた。


「うわ、また飛んでる」


チョークは黒板の左側に文字を書き始める。


「手遅れなのは、この人の毛根→」


「ププっ」と吹き出した数人が、怒られた。


「何でそんなに緊張感がないんだ!もう受験まで1年ちょっとしかないんだぞ!」


また、ルルが黒板に書き始める。


「怒りすぎて、頭皮の脂がヤバい→」


「クラス中に、こらえきれない笑い声が広がった。

「ぷっ……くくくっ!」

「ちょ、やめろって、見つかるぞ!」


吉田先生は苛立った顔で振り返るが、黒板の文字はルルが慌てて消して、跡形もなく消えている。


「お前ら、何がおかしいんだ!?」

「い、いえ、別に……!」


俺はヒナが怯えてないか心配になって、後ろの席から横目で覗いたが、彼女は目をぱちぱちさせながらも、口元を押さえて笑いをこらえていた。


「……だ、大丈夫?ヒナちゃん」

「うん……なんか……ちょっと面白いかも」


その一言で、胸の奥の重さが少しだけ軽くなった。


だがルルはまだ止まらない。次の瞬間、黒板の中央に大きく——


「おかしいのはお前の生え際→」


と太い字が浮かび上がった。


「ぶははははは!」

クラスはついに爆笑の渦に飲まれた。


慌てて消そうとした、ルルが黒板消しを落とす。


ゴトッ!


黒板を振り返ると吉田先生は真っ赤になり、教科書を机に叩きつける。

「誰だぁ!この悪口を書いたやつは!」


当然、誰も手を挙げない。

その背後でルルが俺にだけ聞こえる声で「ウケるでしょ?」と得意げに囁いた。


俺は額を押さえてため息をついた。

「楽しい方向性って、こういうことかよ……」


ヒナは笑いながらも俺の袖を軽く引っ張り、小さな声で「カナメくん、やっぱり霊媒師だよね……?」と真剣に聞いてきた。


俺は「いや、違うって」と答えながら、笑いと混乱に包まれる教室を見渡した。

計画は、想像以上に“順調”に進んでいるようだった。


「おい、武内(※カナメの苗字)!いつまでニヤニヤしてんだ?誰が書いたか知ってるんじゃないのか?」


「えっと、多分幽霊です」

思わず、そう伝えるとクラスが一瞬どよめき、吉田は余計に怒り出した。


「ふざけるなっ!武内、君は後で職員室に来なさい!」


その吉田が叩きつけた教科書をルルがふわふわと浮かせて、吉田に手渡す。


「はい、ありがとう……って……」


吉田先生は、宙に浮いた教科書をわなわなと握りしめたまま、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「お、お化けだぁぁぁぁ! こ、このクラスは呪われている!!」


黒板には再度、「頭皮が呪われた男→」の文字が書かれた。


その瞬間、ルルのサングラスがギラリと光る。

「ふふ、第二ラウンド、いっくよ〜♪」


ドンッ! ガラガラッ! バシャーンッ!

教室中のものが一斉に宙に舞い、投げ散らされていく。ノートが風のように舞い、ペンがビュンビュン飛び交い、花瓶の水が空中で弧を描いた。


吉田は慌てて教卓の下に隠れたが、その教卓も「ドンッ」とひっくり返される。


「ひぃぃぃっ!!」


笑い声は一瞬で悲鳴に変わった。教室はパニックの渦。

あちこちから**バタバタッ! ガタン! ドドドッ!**と椅子や机の転がる音が響く。


そして、救いの鐘が鳴る――

「キーンコーンカーンコーン——」


……はずだった。


ルルがタイミングを合わせて、《ラブゾン万能シンセサイザー》のスイッチを押した瞬間、チャイムの音は不気味に歪み、「キィイイ……ゴォオオ……ン……」という地の底から響くような音に変わった。


「ひ、ひぃぃぃっ!!」

「や、やばい、このクラス、本当にヤバい!」


半狂乱になった生徒たちは次々と教室を飛び出していった。


(……おいルル。やりすぎだって)


心の中で声をかけると、ルルは肩をすくめて、

(だって私、ハゲはともかく、数学とか大嫌いなんだもん)

と、ケロリとした声を返してきた。


俺は額を押さえた。

でも――ヒナのほうをちらりと見ると、彼女は怯えていながらも、少しだけ笑っていた。


「怖いけど、霊媒師のカナメくんが守ってくれるなら大丈夫かも」


その笑顔を見た瞬間、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。でも、この作戦本当にこんなんでいいのだろうか……。

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