第15話「練習じゃなくて本気?」

リビングで食事をしていると、母さんが箸を置いて、じっと俺の顔を見た。

「ねぇカナメ、最近あんた悩みでもあるんじゃない?」


「え、どう言うこと……?」

「独り言言ってたり、急にカレー作り出したり、壁に向かってブツブツ言ってたり…… 悩みがあるんなら何でもお母さんに言いなさいね」


母さんの視線に耐えながら、俺はつい横目でルルを見る。

ソファの端に座るルルは、変顔をしながらこちらを見上げている……けど、無論母さんには見えていない。


「……あ、あの……なんでもないよ!」

笑いだしそうになりながら、何とかそう言って慌てて箸を動かす。笑いが込み上げ腹筋が震えて、顔まで熱くなる。


ルルはくすっと笑って、肩をすくめるだけ。

「焦ってるカナメくん、可愛い〜」

その声も、母さんには聞こえはしない――なのに、なんだか余計に恥ずかしい。


母さんは首をかしげながら少し冗談混じりに言う。

「あんた、ちらちらソファの方見て笑ってるけど、架空のお友達でも出来たの?もうそんな歳じゃないと思ってたんだけどね……」


「い、いや、その……ちょっと考え事してただけで……!」

慌てて箸を動かす。顔が熱い。ルルはますますくすくす笑って、俺の肩をちょん、とつつく仕草をする。


母さんは目を細め、呆れたように笑う。

「ふーん……まあ、悩みがあったら相談しなさいよ。誰かに相談するだけで楽になることもあるからね」


その言葉に、心の中でルルがニヤリと笑うのが見える気がして、俺は余計に顔が熱くなった。もはや何を食べてたのかなんて何も覚えてないまま、「ごちそうさま」と席を立った。


ルルを連れ立って自分の部屋に帰ると、ルルはベッドに座りこんで、何やら考えている。


ベッドにあぐらをかき、顎に手を当ててじっと俺を見たルル。

「ねぇカナメくん。私、ただキスされても練習にならないと思わない?」


「……は?」

「だからさ——私を“落として”みて」


「お、落とす!?」

「そう。私が“キスしてもいいかな”って思うくらい、ドキドキさせてみて。そしたらキスでも何でもするから」


ルルはそう言って、ベッドの上でくるりと背を向けた。


「ほら、口説くもよし、甘い言葉もよし、意外な行動もよし……何を選ぶかはカナメくん次第」


俺は頭が真っ白になる。そんなの、急に言われても――。


「……」


「あれ?もうギブアップ?」

挑発的な笑みを浮かべて振り返るルル。


その目が、明らかに“試している”ことを告げていて、俺の胸はやけに高鳴った。

「……いいよ、やってやる」

「ふふっ、そうこなくっちゃ」


とは言ったものの、落とすって恋愛偏差値0の俺が?


口説き方なんて教科書にも載ってないし、俺の辞書にも当然ない。

せいぜい“好きな人と目が合ったら逸らす”とか、そんなレベルだ。


「さぁカナメくん、どうするの?」

ルルはわざとらしく足を組み替え、綺麗な琥珀色の視線だけをこちらに向けてくる。

その仕草一つ一つが、やけにドラマのヒロインみたいで――やばい、心臓がうるさい。


(いや、やるって言ったんだ。やるしか……!)


俺は深呼吸をひとつして、意を決した。

そっとルルの手を取る。指先が触れた瞬間、ルルの目がわずかに見開かれた。


「……落とすとか、よく分かんないけど」

真正面からその瞳を覗き込む。距離が近い。息が混じる。

「俺は、ちゃんと好きだって思ってるよ」


「えっ?」

どこか挑発的なルルの笑みがすっと消えていく。

「……カナメくん、それ反則だよ」

彼女の頬が、ほんのり赤く染まり、みるみる内にその瞳に涙が溢れてくるのがわかった。


ルルは慌てて涙を拭おうとするが、手の甲が震えていた。

「……ちょっと、本気で言われるなんて思ってなかった」

声がかすれている。いつもの余裕も、小悪魔の笑みもない。


俺はそっと彼女の手を握ったまま、笑うしかなかった。

「練習だろ? 落とすって、こういうことなんじゃないのか?」


ルルはうつむき、唇を噛む。

「……ずるい。カナメくんのくせに」

そうつぶやいた瞬間、彼女は自分から腕を伸ばし――俺の首に回した。

柔らかな指先が後頭部に触れ、逃げ道を塞ぐ。


「……して」


囁くような声が、耳の奥に直接落ちてくる。

心臓が破裂しそうな音が、やけに大きく響いた。

彼女の吐息が触れる距離。もう、考える余裕なんて――


――ガラァァァンッ!!


窓ガラスが豪快に開け放たれ、冷たい風と共に金属鎖の音が響きわたった。


「借金のカタに、カナメ取りに来たよォォォッ!!!っていうか、恋愛イベント中じゃね!?やっだぁ、タイミング最悪〜!」


「いや最高ですわよ、姉さん!」


「取るっす!カナメは私が連れてくっす!」


そこに立っていたのは、バジリコ三姉妹。

無駄にド派手な衣装でポーズを決め、こちらの空気なんてお構いなしに侵入してきた。


「……お前らぁぁぁ!まだ1週間経ってないぞ!」


俺とルルの声が、完全にハモった。


――その瞬間、静かだった部屋は一瞬で戦場の前触れと化した。


次回、『カナメ争奪戦!』

恋の火花が、今夜は何倍も激しく飛び散る――!

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