第6話 「女の魅力」論争の勃発
夏の強化補講期間中の放課後、人影もまばらな教室に、神無月もみじと卯月さくらの二人の声が響いていた。第5話でさくらが打ち明けた、両親の不倫、そして「女の魅力があれば幸せになれる」という母親の言葉。その衝撃的な告白は、もみじの心を大きく揺さぶったが、同時に、さくらの持つ「女の魅力」に対する歪んだ認識に、もみじは静かな怒りを感じていた。
「だからさ、もみじ。結局、男を惹きつける力っていうのは、どれだけ性的に魅力的かってことなんだよ。内面とか、真面目さとか、そんなの、最初のうちだけだって」
さくらは、どこか諦めたような、それでいて挑戦的な瞳で、もみじを見つめて言った。彼女の言葉には、過去の苦い経験から来る、深い皮肉と諦念が滲んでいた。さくらの着ている有名高級ブランドのグレーのスポーツブラとショーツのセットは、彼女の開放的な態度と、その裏にある寂しさを対比させるかのようだった。
「そんなこと、ないわ! さくら! それは……それは、あまりに悲しい考え方よ!」
もみじは、感情を露わにして反論した。普段は冷静沈着な彼女が、これほどまでに感情的になるのは珍しい。もみじにとって、「女の魅力」とは、内面からくる誠実さや知性、優しさであり、貞操観念こそが女性としての尊厳を守るものだと信じていた。彼女が選ぶ国内大手メーカーのシンプルだが清楚なピンクのブラジャーとショーツのセットは、その揺るぎない信念の表れでもあった。
「悲しいって? 現実に目を向けなよ、もみじ。男なんて、みんな体のことしか考えてないんだから。結局、女が幸せになるためには、それをどう利用するかってことなんだよ」
さくらは挑発するように口角を上げた。その言葉は、もみじの心の最も大切な部分を深くえぐるものだった。もみじは、蓮を基準に今まで数えきれないほどの交際申し込みを断ってきた。学生時代に恋人を作る気もなかった。だが、その根底には、自分の貞操観念を大切にし、本当に愛する人にだけ体を許したいという、純粋な願いがあったのだ。
「そんなの、違うわ! だ、だいたい、さくらがそういう経験をしてきたのは、相手の男が悪かっただけでしょう! 本当の魅力は、そういうものじゃない!」
もみじの声が、教室に響き渡る。彼女の頬は興奮で赤く染まり、普段の冷静な委員長の面影はどこにもない。もみじの瞳には、さくらを想う切なさと、自身の信念を否定されたことへの強い反発が入り混じっていた。
「じゃあ、もみじは、自分のその『内面と誠実さ』だけで、男を惹きつけられるって言うの? そんなの、夢物語だよ!」
さくらはさらに畳みかける。彼女はもみじが自分より良い成績を収めていることを知っていたが、それを鼻にかけることはなかった。しかし、この「女の魅力」という土俵では、もみじが信じるものが現実とはかけ離れていると、さくらは考えていた。
「ええ、そうよ! それに、私が今までそういう経験をしてこなかったのは、そういう軽々しい関係を望んでいないからだわ! 私にとって、一番大切なのは……」
もみじは言いかけて、言葉を詰まらせた。彼女の一番好きな人に処女を捧げたいという志向は、まだ誰にも明かしていない、心の奥底にある願いだったからだ。
「何? もったいぶらないでよ」
さくらは興味津々に身を乗り出す。もみじの顔が、さらに赤くなる。
「だ、だから! 私は、そういう、表面的な魅力だけで男を繋ぎ止めるなんて、そんな風にはなりたくないの! 本物の魅力は、もっと深くて、人を大切にする気持ちから生まれるものよ!」
もみじは震える声で訴えた。彼女の言葉は、普段の控えめな彼女からは想像できないほど強いものだった。それは、彼女の負けず嫌いな一面と、自らの価値観を譲れないという固い意志の表れだった。
「ふーん。じゃあ、試してみる? どっちの『女の魅力』が、本当に男を惹きつけられるか、勝負してみない?」
さくらはニヤリと笑った。その瞳には、かつての尊敬できる優等生の面影はなく、まるで獲物を見定めたかのような、挑戦的な光が宿っていた。もみじは、さくらの提案に、一瞬戸惑った。しかし、自身の信念を否定され、ここまで感情的になった以上、引くわけにはいかない。
「……いいわ。望むところよ。ただし、その『男』は、私たちが納得できる公平な人でなければ駄目よ」
もみじは、さくらの挑戦を受け入れた。教室の空気は、にわかに緊迫感を帯びる。真面目な委員長ともみじと、奔放なギャルであるさくらの間で、「女の魅力」を巡る、本格的な競争の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
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