第4話 幼馴染の距離と揺れる心

 夏休みが目前に迫った7月上旬。私立桜華学園の校門を、文月蓮と葉月向日葵が並んでくぐった。二人は家が近所で、小学校入学時からの幼馴染だ。小学生の頃は、まるで兄妹のように、一つの布団で共に眠り、一緒に入浴することさえあった。そんな過去があるからか、中学に進学してからも、二人の関係は他のクラスメイトから見れば特別なものだった。


「ねぇ、蓮、明日の補習、何時に終わるんだっけ?」


 向日葵が、蓮の顔を見上げるように尋ねた。ボーイッシュなショートカットの髪が風に揺れ、彼女の溌剌とした魅力を引き立てている。彼女は160cmと蓮よりは低いが、その瞳の輝きは蓮の心をいつも捉えて離さない。


「えっと、確か午後3時くらいだったはずだ。それが終われば、もう夏休みだぞ」


 蓮は、向日葵の隣を歩きながら答えた。彼にとって向日葵は、初恋の相手であり、ずっと大切に想い続けてきた存在だ。小学校時代、彼女の隣にいることが何よりも自然で、彼女の笑顔を見るだけで心が満たされた。しかし、その関係性は、中学校に進学して大きく変化した。


 中学に入ってから、蓮と向日葵が一緒に登下校したり、昼休みを共に過ごしたりするたびに、親友の半田翔太が羨ましそうに二人の仲を揶揄うようになった。その度に、向日葵は決まって言った。「蓮とはただの幼馴染で彼氏とかではない」と。その言葉を、蓮は中学1年生から高校2年生までの5年間で、数えきれないほど目の前で聞かされてきた。1000回以上は耳にしただろうか。その度に、蓮の心は深くえぐられ、向日葵が本当に自分を好きでいるのか、自信がなくなっていった。


(俺は、こんなにも向日葵のことが好きなのに……。)


 蓮は、自身の秘めた想いを告白して玉砕するくらいなら、今の仲の良い幼馴染としての関係を失いたくない、と強く思っていた。だからこそ、自分の気持ちを押し殺し、「ただの幼馴染」としての距離感を保ち続けていたのだ。小学生の頃は同じ目線で話せる女の子を好んでいた蓮にとって、身長160cm、Bカップという向日葵のスタイルは、理想から少し外れていた。それでも、幼馴染として共に過ごした歴史が、蓮を彼女に繋ぎ止めていた。


 二人の少し後ろを、同じく自宅へと向かう翔太が歩いていた。彼は、蓮と向日葵の親密な様子を複雑な表情で見つめている。


(くそっ……蓮と向日葵は、やっぱりお似合いだよな……)


 翔太は、以前から向日葵のことが好きだった。蓮と同じ男子バレー部で、練習中に時折見せる向日葵の活発な姿や、休憩中に蓮と楽しそうに話す笑顔に、彼の心は惹きつけられていた。翔太にとっては、向日葵の引き締まった身体と、バランスの取れたBカップのバストラインが理想的なスタイルだった。しかし、蓮と向日葵がお互いに好き合っていることを知っていたため、翔太は自分の気持ちを抑え、二人の関係を揶揄うことしかできなかった。蓮との友情を壊したくなかったのだ。


 一方、向日葵もまた、複雑な感情を抱えていた。彼女は、男の子から愛を告白されるというシチュエーションに憧れており、蓮からの告白を10年以上も待ち続けていた。だからこそ、翔太が蓮との関係を揶揄うたびに「ただの幼馴染」と否定してきたのだ。それは、蓮に早く告白してほしいという、彼女なりの秘めたサインだった。しかし、そのサインが蓮を苦しめ、告白を躊躇させていることには、向日葵は気づいていない。翔太の揶揄いは、向日葵にとってはただの嫌がらせでしかなく、彼女は翔太を嫌いな人間の筆頭に挙げていた。


 三人は、それぞれの秘めたる想いを胸に、夏の陽光が降り注ぐ通学路を歩く。幼馴染という名の、もどかしくも優しい関係性。その均衡が、この夏、大きく揺らぎ始めることを、彼らはまだ知らなかった。


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