第20話:証拠十分

 レベッカを家まで送り届けるついでにシャーロスと合流する。

経緯は理解しているようで、詳しい話は中で、とシャーロスは歩き出した。


金庫部屋のさらに奥にあるベットにレベッカを寝かせる。

あどけない寝顔だが、呪いの発生源だと思うと悲しくなった。


純粋なレベッカを助ける為には多少泥水を被る覚悟はしなくてはいけない。

ウィルモットは頬を叩き気合を入れなおす。いざ一人の人生を潰さんと男たちは顔を突き合わせた。


「ひとまずレベッカを貶めた輩はフォークス家っていう認識で、間違いないね?」

「あぁ。現にこの栄養剤を生産しているのはこの家だ。黒だろうな」


 フォークス家という名前を聞いたシャーロスが目を見開き、立ち上がる。

散乱していた机から一枚の紙を取り出し、皆に見せた。


「論文が盗まれた時間帯、怪しい人物を見た人がいないか街で聞き込みをしたんです。そしたら街外れにある宿の女将さんが、女性とフードを目深にかぶった怪しい男と密談してたって証言してくれました」


 紙に書いてあるのはその証言をもとに描かれた似顔絵。

男の方は見覚えが無いが、女の方は間違いなくルナ・フォークスであった。


「この女、偽名を使って宿に泊まったみたいなんです。怪しいですよね」

「ふむ…ひとまずこの盗人を指名手配しよう。捕まえて話を聞いた方が良さそうだ」


 シャーロスから似顔絵を受け取ったルーヴァンは急いで数か国に渡って指名手配をするよう指示をだす。

捕らえ次第報奨金も出すようにした。

これで目撃情報も増え、捕らえられるのは時間の問題だろう。


「盗人から色々聞き出せればいいんだけど…。もう少し核心を突く何かが欲しいね」


 ウィルモット達が頭を悩ませているところに、蝶がフラフラと現れた。

キラキラと光る鱗粉を落としながら飛ぶ姿は綺麗で、レベッカが可愛がるわけがよく分かる。

蝶はシャーロスの肩にとまり、動かない。これは蜜を吸いたいときによくやる行動だ。


「…わかったよ。今出すから」


 シャーロスは棚から蜂蜜の瓶を取り出す。蝶は早くとせがむように周りを飛び始めた。


「…その蜂蜜、かなり匂いが独特だな。どこのものだ?」

「これはこの隠し金庫にあったもので、よく分からないんです」


 ウィルモットはその蜂蜜の匂いにどこか覚えがあった。

とても甘いが、それでいて何処か清涼感のある香り。薬草で使われていたものではない。


皆が蜂蜜を舐めて休憩している間、ウィルモットは記憶を思い返していた。

匂いを覚えているという事は、長い間触れ合ってきたか、余程気に入っていたか。





「レベッカ、その花好きなの?」

「……まぁ。そうね」




 ふと、レベッカと出会った時の事を思い出した。




「そうだ、あの花だ!!」

「うわっ!?」


 突然大声をあげるウィルモット。何かあったのかと視線が突き刺さる。

レベッカが好きだと言ったあの花。この不死蝶と出会ったのもあの花が咲いている所だった。


レベッカが転生して五年後に絶滅した、幻の花だ。


「その花はもうすでに絶滅してるから、実質百年前の蜂蜜ってことだね」


かなり貴重な蜂蜜だという事を伝えると、皆目を見開く。

歴史的価値があるものでは、と興奮しているティガを尻目にシャーロスは考える。

そこである事を思い出したシャーロスは思わず立ち上がった。









 数日後、思ったより時間がかかったが何とか盗人を捕らえることができた。

地下牢があるルーヴァンの王宮に身柄を拘束していると知らせを受けたウィルモットとシャーロスは、早速隣国であるアラジラン王国へ向かった。


「よ、ようこそ王宮へ。もうルヴァが尋問を始めてるから、行こっか」


ティガの案内で地下牢に向かう。

地上とは違って地下はお世辞にも綺麗とは言えない。

罪人はもてなす必要が無い為それが正しいのだろうが、かなり顕著に表れている。


 すでにルーヴァンが尋問を始めているというのは本当らしく、牢に近づくにつれて段々と部屋の温度が高くなっていく。

彼が炎の魔法でも使って脅しているのだろう。


「これ以上痛い思いをしたくなければさっさと吐け。その方が身のためだぞ」

「い、言ったらクライアントの方に殺されちまうだろ…」

「ほう?そのクライアントはオレより立場が上なのか?」


恐る恐る中を覗くと、そこには地獄があった。

盗人は壁に固定され、下から炎でゆっくりとあぶられている。

一酸化炭素による頭痛や眩暈で気を失いそうになれば、上から水をかけられ強制鎮火。

そこからは怒涛の水責めである。


しかしここまでしても吐かない所をみるに、余程クライアント基、フォークス家を恐れているようだ。


「お疲れルーヴァン。僕が変わるから休んで来たら?」

「…あぁ。そうさせてもらう。記録はティガに頼むといい」


ウィルモットに声を掛けられるまで存在に気づいていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。

素直に休憩室へ入っていくルーヴァンを確認してからウィルモットは盗人と向き合う。

かなり警戒しているようなので、ひとまず笑って見せる。


「初めまして。僕はウィルモット。ごめんね、彼凄くイライラしてるみたいでさ。僕はこういうの苦手だから、お願いするだけになっちゃうんだけど…」


 ウィルモットのなよなよしい語り口調に盗人は油断しているのか少し笑っている。

そう、最初から高圧的にいってはいけない。ひとまず優しい人間なのだと感じさせることが大事なのだ。


人はずっと厳しい環境にいるとそれに慣れてしまうが、少しでも優しい場所があると気を抜いてしまうし、厳しい環境をより厳しいと感じるようになる。

辛い方がずっと続くくらいなら、いっそのこと話してしまった方が楽なのでは。


そう思い始めたら勝ちなのだ。


「…シャーロス、舞台を整えておいて。そろそろおちるからさ」

「分かりました」


シャーロスがフォークス家に向かう為に準備を始める。

牢屋から出てきたルーヴァンは恐ろしいものを見る目でウィルモットを見た。


「…オレはお前が恐ろしいぞ」

「やだなぁ。これくらいできて当然でしょ?」


 交代で牢に入ると、なんとも形容し難い見た目の盗人がいた。

かろうじて息はあるが、じれったいのが嫌いなルーヴァンにコテンパンにやられたようだ。


声をかけると、ゆっくりとだがこちらを見る。ルーヴァンじゃなくて安心したようだが、ウィルモットはこの男が嫌いなのだ。優しくするわけがないだろうと鋭く睨みつけた。


「かなり酷いケガだねぇ。大丈夫?」


 わざと一番状態が酷い部分に触れると、盗人は悲鳴を上げる。

その声を聴くとほんの少しだけイライラが収まる気がして、ウィルモットはそこを執拗に触り続ける。


「い、痛い、やめてくれ!なぁおい!」

「でもレベッカはもっと苦しい思いをしたからね。甘えないでくれる?」


 自分でしたことの責任は自分でとる。それが大人でしょ?

そうあどけない声で言うが、顔にあどけない要素などなかった。

声と顔のギャップに近くで見ていたティガは思わず震えてしまった。ルーヴァンのように暴力に訴える人間も恐ろしいが、いつまでも心に残るような傷を作りにいってるウィルモットは更に恐ろしい。


ティガはウィルモットだけは怒らせないでおこうと心に誓った。








「あ~やっと吐いた。疲れたなぁ」


 あの後回復魔法をかけてやる代わりに雇い主の事を吐けと脅したら、今までの事が嘘のようにスルスルと吐いていった。

ティガはもうウィルモットと目を合わせられなくなってしまった。

そのことを不思議に思いながらも、ルーヴァンのいる休憩室へ向かった。


「吐いたのか?」

「うん、バッチリね。調書もとったし、これでもう言い逃れはできない」

「シャーロスも先程王宮をでた。後は引っ張り出すだけだ」


 三人は慣れない事をしたおかげでかなり疲れていた。

同時にため息を吐き、全身の力を抜く。

一度レベッカの様子でも見に行こうか。三人の心は今全く同じだった。








「初めまして、シャーロスと申します。この度は急に押しかけてしまい申し訳ありません」

「いいえ、とんでもないです~!あ、こちらぜひ飲んでくださいな」


 シャーロスは今フォークス家へ来ていた。

目的はただ一つ、ルナを表舞台へ引っ張り出し、大勢の証人がいる中で論文を盗んだ事を自白させる為だ。

レベッカに危害を加えたのだ、落とし前はキッチリとつけないと気が済まない。


「僕貴方様が開発なさった栄養剤にお世話になっておりまして」

「本当ですか?あれ開発するのかなり大変だったんですよぉ」


 どの口が言っているのか、と思わず手が出そうになるがなんとか堪える。

ここで暴れてしまえば全てがおじゃんになってしまう。


「沢山の方に進めたんです。けど効果が良すぎると何か怪しいものでも入ってるのでは、と警戒して中々手を出しづらいみたいで。そこで提案なのですが…」


 そう言ってシャーロスは懐から一枚の封筒を取り出し、ルナに手渡す。

中身はパーティーの招待状。親睦会と商品発表会を兼ねて開催されるこの催しの主催はルーヴァンだ。


「このパーティー、僕の友人が主催なんです。一人招待したいと言ったら快く快諾していただけて」

「王族主催のパーティー…!」


 より商品を売る為にはどの層に気に入ってもらえるかというのも大切である。

ルナが出した商品は値段が高価なため、客層は主に貴族になるだろう。

それならばより階級が高い者に気に入ってもらえるようにするのが一般的だ。

ルナも例外ではないようで、招待状に書かれている名前が王族だと知ったとたんに目の色を変えた。


「ぜひ出席させてくださいな!」

「そういっていただけると思ってました…!」


 プライドが高いだけの貴族程チョロいものはない。

目の前にある利益や称賛目掛けて飛び込んで来るのだから。


シャーロスは人のいい笑顔を浮かべながらルナの手を取る。

いきなりの事に驚くルナだが、シャーロスの顔の良さに気を許したようだ。


「今学園を中心に奇妙な呪いが蔓延し始めていると聞きました…。いつ世界が混乱に陥ってもおかしくない。そんな中で貴方の研究は一筋の光のように感じました」


 自身が研究し開発したものではない為か、シャーロスの言葉の意味を理解できていないルナ。

レベッカの研究していた薬が病気を完全に治すものだと何となく知っている為、今度は呪いにも効くものを、という意味を込めて言ったシャーロスは呆れるしかなかった。


「パーティー、楽しみにしています」

「私もです!」


 ルナに見送られてフォークス家を後にする。

知らないうちに肩に力が入っていたようで、ゆっくりを深呼吸をした。

決定的な証拠、それを突き付ける場所、信用できる傍聴者。全てが今揃った。



 

断罪の日は一週間後。それまでに穴が無いか調べるほか、フォークス家の余罪も洗い出すべく再び調査を開始した。

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