第6話 なんでこんなモノ持ってるんだ

 SLⅡに接続された電子頭脳は、機体各部に搭載された記録装置から出力されたデータをもとに必要な交換部品を割り出していた。

 パーツカタログを参考に部品番号をメーカーに送ると、飛行に必要な最低限の部品、および消耗品は供給可能、との返事だった。

 欠品が出ているのは、まずはフレーム。

 および外装などの専用品が挙げられる。

 バッテリーやコンデンサー、ガスケットやOリング、ワイヤ類は汎用品が使われていた。

 これらは工業規格に定められ、町の部品屋からでも注文が可能だった。

 

「そうか……アレを動かすのか」

 

 部品屋の主人は、田中と星ヶ峯が持ってきた注文書を見て遠い目をした。

 

「アレ……って、知ってるんですか? SLⅡ」

 

「ああ。懐かしいよ。ワシらの青春じゃった」

 

 主人は自分のごま塩頭を撫でながら、棚に置いてある写真立てを持ってきた。

 古ぼけ、色あせた写真には、SLⅡとその前に並んだ少年たちが写っている。

 

「高校の時の写真じゃ。あの頃はまだ、この街も活気があった。ワシはな、コイツで整備の腕を磨いたものじゃよ。最新鋭のレーサーをいじらせてもらえるとあって、ワシらはみんな熱中したものじゃ」

 

「へえ、そうだったんですか」

 

 どうやら部品屋の主人は田中たちの先輩らしかった。

 

「同期たちはみんなマリネリスや地球に行ってしまったよ。都会に行って一旗揚げるんだ、と。みんな明日を信じておった。じゃがワシは……どうしてもこの街を捨てられなかったんじゃ。結局なったのは寂れた部品屋じゃよ。ワシは今でも思うよ、あの時地球に行っていれば、また別の未来もあったかもしれない、と」

 

「悔いているんですか?」

 

「いや。人にはそれぞれ分というものがある。結果的には、ワシにはこれで良かったんじゃ。子供たちが出て行ってしまったのは寂しいがね。さ、とりあえず今あるものはこれだけじゃ。あとは取り寄せになるな」

 

 渡された紙袋は二つ。

 それなりの重さだった。

 これを今から学校に届けるのは骨なので、今日は家に持ち帰ることにする。

 田中と星ヶ峯はそれぞれ一袋を持って行くことにした。

 

「なあ一郎。ついでにうちに寄っていかないか? お袋、今日はシチューを作るって張り切ってたんだ」

 

「ぼくがかい?」

 

「他に誰がいるってんだ。俺はこの街に来て間もないし、友達がいないんじゃないか、ってお袋が心配してる。安心させてやりたいのさ」

 

「そういうことならお邪魔しようかな。女子が聞いたら騒ぎになるな。羨ましい、って」

 

 笑う星ヶ峯の歯に、青い夕日が反射して光った。

 

「よかった。妹も喜ぶだろう。あいつ、おまえのことを大層お気に入りなんだ」

 

「とてもそうは見えないけどね。どちらかというと、飛野さんに憧れてるんじゃないかな。大きくなったらあんなふうになりたい、って」

 

「なるほど、それも間違いないだろう。でも、別に矛盾はしないぜ」


 *

 

 星ヶ峯の家は、その華やかなイメージとはほど遠いものだった。

 周囲を家庭菜園に囲まれた平屋で、開拓初期のプレハブを修理しながらいまだに使い続けているようだ。

 炒めたタマネギの香ばしい匂いが漂っている。

 パタパタと軽快な足音がして、希海が姿を現した。

 

「お兄ちゃん、おかえり~」


「ただいま。お客様をお連れしたよ」

 

「お客様、って田中一郎じゃんね。たいしたおもてなしはできませんが、ごゆるりとドーゾ!」

 

 希海はピョコンとお辞儀をすると、足早に奥に引っ込んだ。

 料理を手伝っているようだ。

 

「とりあえず、俺の部屋で休んでくれ。こっちだ」

 

 星ヶ峯が襖を開く。

 壁にはレース用宇宙船のポスターが貼られ、宇宙船専門誌『月刊スペースシップ』のバックナンバーが積み上げられていた。

 文机の上には教科書と、作りかけのプラモデル。もちろんレーサー宇宙船だ。

 こういったところは田中の部屋と大差がない。

 しかし、部屋の一角にはそこにはあまりにも場違いなものが置かれていた。

 

「これは……シミュレーター……か?」

 

 人体の構造を考慮し、包み込むようなレカロシートの前には、風防ガラスと同じ形のモニターと操縦桿、計器類が設置されていた。

 ポータブル式の簡易型だが、一般庶民の家にあるようなものではない。

 星ヶ峯は何でもない事のように言ってのけた。

 

「ああ。ちょっとしたツテがあってね、預かってるんだ」

 

「どんなツテだよ! 簡易型でも最新のものなら一〇〇〇万円はするんだぞ!」

 

「いちおう守秘義務ってやつがあるから言えないんだ、すまんな。やってみるか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「減るようなものじゃないからな」

 

 守秘義務とやらが何なのかは気になったものの、田中はシートに腰を据えた。

 星ヶ峯が電源を入れると、モニターに無数の数列や記号が現れ、やがて実物と見まごう景色が現れた。

 

「すごい!」

 

「使い方はわかるか? まあ、墜落しても現実と違って死にはしない。とりあえず最初は好きにやってみろよ」

 

「お、おう……」

 

 メインスイッチを投入し、サイクロトロンの始動を確認する。

 左手のスロットルレバーを離床推力まで上げ、ブレーキを外すと仮想空間で機体がフワリと浮き上がった。

 

「いいぞ、その調子だ」

 

「話しかけないでくれ、気が散る」

 

 田中は袖で額の汗を拭った。

 

「だから落ちても死なないって。ドーンといけ、ドーンと」

 

 操縦桿を引きながらさらにスロットルレバーを押す。

 雲を突っ切り、成層圏を越えて星空が見え始めた。

 

「なんだこれ!」

 

「ははは、これじゃ気絶するな。訓練を積んだ地球人でも苦しい。体重が火星の二〇倍以上だぜ」

 

「えっ、そりゃまずいって!」

 

 画面に表示される加速度は八Gにも達していた。

 火星の重力は〇・三八Gでしかない。

 田中は慌ててスロットルを戻し、地球の月を一周して大気圏に突入する。

 しかし、徐々にモニターが赤い光に包まれ、あちこちの警告がけたたましくなり始めた。

 

「オーバースピードだ。残念、こりゃ大気圏で燃え尽きたな」

 

「でも、すごいよこれ! 本物もこんな感じなのかな!」

 

「機種によるけど大体こんなもんだ。楽しんでもらえたようで何よりさ。さ、飯にしよう。さっきから希海が声をかけたくてたまらないようだからな」

 

 気がつけばいつの間にか希海が部屋に来ており、頬を染めながら兄を小突いた。

 

「もう、よけいなこといわなくていいから! こっちだよ田中一郎」

 

「はいはい、っと」

 

 星ヶ峯の母は希海によく似ており、四〇代でありながら二〇代と言っても通じそうな若々しさと、女優と見まごうばかりの美しさだ。

 父親はいないようだった。

 

「流太郎はいつもあなたの話を楽しそうにするわ。これからも仲良くしてやってくださいね。さ、召し上がれ」

 

「いただきます。……なんですかこれ、すっごく美味いですよ! こんなの初めてだ!」

 

 クリームシチューはタマネギの香ばしさが素材の味を引き立てており、田中が経験したこともないような美味さだった。

 スプーンを動かす手が止まらず、皿は一瞬で空になった。

 田中が頼むと、星ヶ峯の母はご機嫌な様子でお代わりをついでくれる。

 

「そうでしょう、そうでしょう。これはね、希海がほとんど作ったのよ。私は多少助言をしただけ」

 

「へえ~、すごいんだね希海ちゃん!」

 

 希海はプイと顔をそらした。

 

「ほめたって何もでないもん!」

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