第1章 メタバース(西暦2090年)

1話 爆破

いきなりの爆風で私は壁に叩きつけられた。

コンクリートの壁が粉々になったのか、埃で目の前が見えない。

背中に激痛が走る。何が起きたのかしら。


そう、さっきまで課外授業で、ビルの一室にいたはず。

いえ、それはメタバース上のことで、現実には私の部屋にいる。

耳の中でキーンという音がなり響く。


暗くなった目の前に少しだけ明かりが見えてきた。

大きな穴のあいた壁から、初めて見る薄暗い古びた廊下が広がっている。

もしかしたら、昨日届いた時計に爆弾が入っていたのかもしれない。


背中には堅い壁が冷たく、重く感じる。

私は、そのまま床に倒れ、意識は朦朧としてきた。

目の前が真っ暗となっていく・・・。


目を覚ますと、病室のような一室で寝ていた。

白い壁に囲まれ、窓からは湖と木々が広がる静止画が映し出されている。

いきなり起きたからか、照明が眩しくて、周りがよく見えない。


さっきまで、自分の部屋にいたはずなのに、ここはどこ?

おそらく、私の部屋が爆破されて救助されたのだと思う。

時間とともに眩しさから開放され、周りの様子もようやく分かるようになる。


目線を変えると、さっきまでメタバースで一緒にいた4人もベットに横たわっている。

それぞれの部屋で同時に被害にあったの?

そんな偶然はあるはずがない。


ただ、偶然じゃないとしても、この5人が同時に狙われる理由もわからない。

ということは、横に見える4人は、嘘の映像なのかしら。

嘘の映像だとしても、メタバース上の病室で一緒にいる設定にする意味も分からない。


そもそも、ここは現実世界なの? メタバースなの?

窓から見える映像は静止画で、AIが作り出した映像ではない。

AIが作り出した映像なら、ごく自然に木々が揺れ、そよ風が窓から入ってくるのが普通。


でも、現実世界なら、静止画なんて映さずに、ただ外の風景が窓から見えるはず。

そのどちらでもない状況に、自分が置かれた状況を把握できない。


じっくり観察してみると、壁には複雑なシミもあり、これは現実世界なのだと思う。

メタバースでは、これまでずっと清潔感に溢れた無機質な部屋だった。

この部屋の壁には、時間とともに劣化していった複雑な模様が見受けられる。

メタバースでは、AIはこんな意味のない汚らしい映像は見せないはず。


じゃあ、この5人が同時に被害に遭い、同じ部屋に集められているということ?

しかも、メタバースで一緒にいた陽葵はいない。亡くなったの?


目から入る情報とさっきまでの記憶が錯綜し、正しい現状認識ができない。

その時、陽葵が病室に入ってきて、疑問だらけの私に、優しい笑顔を向けた。


「ここはどこ? ここは現実世界なの? メタバースなの?」

「澪、目が覚めたのね。ここは、現実世界の病室。」

「それなら、ここにいる5人が同時に狙われたということ?」

「そういうことになるわね。ただ、もう少し安静にしておいた方がいいから、説明は後にする。睡眠薬を入れるわね。」

「どうして陽葵がここに?」


そう言いかけた時、強い眠気に襲われ、再び気が遠のいていく。


次に起きたときには、天井の照明がまぶしく、再び周りが見えない。

しばらくすると、課外授業で一緒だった4人がベッドで身を起こしているのが見えた。

そして、唯一、パジャマを着ていない陽葵が話し始めた。


「澪も体調は戻ったようね。これで5人とも回復した。現実世界で、この6人が集まるのは初めてね。ようこそ、この施設に。」

「そういえば、爆発で怪我をしたけど、陽葵以外のみんなが同時に被害を受けたのはなぜ。そして、どうして、陽葵は無事だったの?」

「それは、私が、その爆弾を仕組んだ組織のメンバーだからよ。今回は、痛い思いをさせてしまい、本当にごめんなさい。」

「どういうこと?」

「私達は、地球外生命体に飼われていたの。AIによって。」

「なんの話し? 唐突すぎてついていけない。」


横にいる莉音、翠、結菜、芽衣も突然の話しに口が開いたままになっている。

現実世界にいるのは分かったけど、地球外生命体とか飼われているとか、全貌が見えない。


「毎日、血液検査といって血を抜かれているでしょう。あれって、血液検査じゃなくて、地球外生命体の食料になってるのよ。」

「なにバカなこと言っているの。あの血液検査で体に足りないものをAIが食べ物に追加しているって聞いてるし、そのおかげで体調もいいわよ。」

「血液検査で、あんな量の血を毎日抜く必要はないのよ。普通に考えれば、おかしいって気づくでしょう。」

「そもそも、陽葵は、私たちを殺そうとしたの?」

「みんなの体が傷つかない範囲で爆破したの。だから、誰も大きな怪我はしていないでしょう。今回の爆破の目的は、あなたたちの部屋を爆破して死亡したことにし、AIから遮断して、ここに集めること。だから、中途半端に手加減できなかったわけ。」

「あ、本当だ。AIと接続できない。これからどうやって生きていけばいいの? とんでもないことをして・・・。」

「まずは、私たちの血を運び出している施設の映像を見て。」


そこに映されたのは、毎日私たちから採取される血液の袋。

無数の血液の袋が箱に詰められ、光のようなものを浴びると消えていく。

まるで机の中に溶け込んでいくように消えていく。


そこには、見たこともない生物も映し出されていた。

手足はペーパーヨーヨーのように伸び縮みする。

顔からも、触角なのか、目なのか、同じようなものがでている。


「なに、SF映画とか?」

「いえ、私たちが爆破する前の地球外生命体の施設を撮影したもの。」

「もう、そんな妄想には付き合えないわ。私たちを巻き込まないで。」


誰もが手をふり、これは陽葵の冗談で、すぐに開放されるという顔をしている。

なにかのどっきり番組で、影からごめんなさないというプラカードが出てくると思って。

でも、真剣な面持ちの陽葵は話し続ける。


「私達は、たまたま同じ課外授業で出会ったわけじゃない。綿密に調査をして、あなたたち5人に、私が作った課外授業に申し込むように仕組んだの。ちゃんと期待通りかと確認するために。でも、みんな、期待以上の能力があることが確認されたわ。是非、協力して。」

「そんな空想なんて、どうでもいいから、早く、元にもどしてよ。」

「あなたたちは、もう死んだことになっているのよ。元の生活に戻るのは無理。この計画は、70年近く、人類がひた隠しにし、限られた人にだけに言い伝え、練りに練った作戦。これが失敗すれば、人類は完全にAIの奴隷になってしまう。最後のチャンスなのよ。」


陽葵の必死な顔を見て、もしかしたらこれは本当なのかもしれないと誰もが感じ始める。

そういえば、陽葵は冗談を言ったり、他人を騙すような人ではなかった。

体の痛みも嘘ではないし、AIと接続できないのも本当。


でもAIの奴隷って何?

AIは身の回りのどこにでもあって、生きるために必要な空気のようなものだったのに。

それに抗う計画が70年も脈々と受け継がれてきたと言われても、すぐには信じられない。


照明が照らす、小綺麗な空間が、急に、重苦しい埃ぽい空間に感じられる。

将来が見えない闇の世界に連れ込まれるように。

後ろを振り返ると、これまでいた平穏な世界はどこにもない闇の世界へと。


この6人が人類を代表してAIと闘う? 意味が分からない。

私は、これまでただ、何も考えずに楽をして生きてきたのに。

床が全て崩れ去り、どこまでも続く奈落の底に落ちていくみたいな感覚に襲われる。


みんなの顔は真っ青になり、額から冷や汗が流れる。

手のひらは冷たく、腕を見ると鳥肌が立っている。

結菜は、過呼吸なのか、咳込み苦しそう。


私は、結菜に駆け寄り、背中をさすった。

青ざめた結菜は顔をあげ、小さな声で呟く。


「無理やりひどい・・・。私たち、どうなっちゃうの。」

「まずは、私に付いてきて。外を見れば、私のことを信じてくれると思う。」


部屋をでると、わずかに壁を照らす照明のもとに薄暗い廊下がある。

その途中に、同じように暗い階段がずっと上に続いていた。

階段を登っていき、陽葵は、天井にある重い扉を押し上げた。

誰もが屋上に出たと思う。


その扉の先には地面があり、上には肌を焼き付けるような青空が広がる。

今までいた施設は地下にあったのだと、ようやく気づく。

部屋の窓から静止画が映されていた理由もやっと分かった。窓の外には、土しかないから。

AIを使えない地下の環境で、少しでも開放感を出すために風景画を使っていたのだと思う。


施設から出て外を見た時、私たちは、ただ立ち尽くすしかなかった。

目の前には、どの方面を見ても、荒れ果てた光景が広がっていた。

崩れ落ちたビル、横転して焼き尽くされた乗り物、黒焦げた人々の遺体。

この前まで暮らしていた清潔感溢れる部屋とは真逆の光景。


いつ、このような破壊行為が行われたのかしら。

焼けるような匂いはしないから、だいぶ昔のことなのだと思う。

しかも、今まで暮らしていた住居は、見える範囲でどこにもない。


「ここはどこ?」

「ここは、昔、吉祥寺と呼ばれていた地域。私たちは、東京駅から半径10Km以内のエリアに、大きな幕で閉じ込められていたの。その中には、無数の高層ビルがあって、1,000万室もある50㎡ワンルームに、800万人の人が暮らしている。ここまでは知ってるわね。幕は広大な森林を映しているから、私たちは、居住エリアの外には森林がずっと続くと思っているけど、幕の外は、地球外生命体との戦争で、このように荒廃したままなのよ。」


目の前に広がる光景はまだ信じられないけど、陽葵の話しは本当なのだと物語っている。

地球外生命体との戦争で、人類の文明は滅ぼされ、多くの人が殺された。

その結果が生々しく目の前に広がる。


「その戦争が始まる少し前に、人類の叡智を残そうとした図書館がこの施設。ここには、当時の書籍、データがそのまま保存されている。地下にあるから地球外生命体には気づかれずに、今でも残っていたというわけ。」


私たちは、再び施設に入り、施設の全容を聞いた。

地下8階があり、書籍や閲覧できるデータが溢れている。

自家発電設備もあり、電気は使える。

それに加え、居住エリア、体育館もある。

ないのはAIによって管理された空間だけ。


地球外生命体のことはまだ信じられない。

でも、陽葵が大きな組織の一員であることは間違いない。


しかも、AIから切り離されたこの体で元の生活に戻れば逮捕される。

噂では死刑になるとも聞いたことがあって、もう戻れない。

ここで、陽葵と一緒に活動するしかない。


私は、陽葵と初めて出会った1週間前のことを思い出していた。

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