異世界なんも知らんクイズ
カメ公
Q.問題
会場は熱気に包まれていた。
「さあ、Aブロック予選最終戦! この勝負に勝利すれば、明日の決勝戦進出が決まります! 冒険者ギルドの師、アレン! そして、北の魔術師団より、炎の魔術師スノウ・ハート!」
司会の声が響き渡るたび、観客の歓声が地鳴りのように揺れる。煌びやかな魔法の光が飛び交い、巨大なスクリーンには問題文が浮かび上がっては消える。
誰もがこの熱狂を楽しんでいた。ただ一人を除いて。
私は、佐々木明子、40歳独身。この場にいる誰よりも、このクイズ大会を楽しめていない自信があった。答えが分からない。いや、それ以前に、この世界のことがまだ何も分からないのだ。
なぜなら、私は数週間前に、この世界に転生してきたばかりの、異人だからだ。
♦なんで知らないと言われましても…♦
私の名前は佐々木明子。現実世界では、とある地方都市の市立図書館で司書という職に就いていた。
仕事柄、文学から歴史、自然科学、果てはサブカルチャーに至るまで、あらゆるジャンルの知見を広く浅く得てきた。特に、調べ物で必要とされる情報収集能力には自信があったし、膨大な蔵書の中から必要な一冊を瞬時に見つけ出すことにかけては、右に出る者はいないと自負していた。
しかし、この異世界――「クイージア」と呼ばれるこの場所では、私の知識はまるで通用しない。
転生して最初に配属されたのは、王都の片隅にある「情報室」という部署だった。響きこそ格好いいが、実態はただの雑務係だ。
「佐々木さん、アースボーン・ドレイク・ドラゴンが異例の繁殖期に入ったから、過去の生態データと対策事例を調べて!」
「佐々木さん、魔王軍の侵攻が激化しているトリス地方で、抵抗勢力に物資を送るための安全なルートを至急洗い出して!」
知るわけがない。
現実世界で「名古屋は愛知県にある」くらいのレベルの常識すら、ここでは通用しないのだ。
アースボーン・ドレイク・ドラゴン? 生態データ? そもそも、この世界の生態系は地球とどう違うのか。魔王軍? 侵攻ルート? 地図すらまともに読めない私に、どうやって安全なルートを見つけろというのか。
毎日、膨大な量の書類と、全く理解できない専門用語の嵐に翻弄される日々だった。
「佐々木さん、またこれ、間違ってるぞ。この『星の涙』の分類、完全に誤ってるじゃないか。これは鉱物だぞ。」
上司である50代くらいの男性の職員、グレイグがため息交じりに書類を突き返してきた。彼はこの世界の人間であり、いつも堅実で、司書らしい細やかな気配りを忘れないが、仕事には一切の妥協を許さない。
「申し訳ありません…」
「君、本当に『ニホン』という場所から来たのか? こんな簡単なことも分からないなんて」
「はい、その通りで…」
いつまでこんな日々が続くのだろう。
私は、この世界で、本当に役立たずなのだろうか。
♦あの事故は、本当に偶然だったの?♦
私がこの世界に飛ばされたのは、つい数週間前のことだ。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
図書館の閉館間際、私は書庫で新着図書の整理をしていた。その時、突然、激しい衝撃と閃光に包まれた。耳鳴りがして、視界が真っ白になり、気がつけば、私は見知らぬ森の中に倒れていたのだ。
事故、だったのだろうか?
いや、違う。
あの時、私は誰かと揉めていた。
正確には、図書館の運営方針を巡って、複数の人間と意見が対立していたのだ。
図書館の運営方針を巡る最後の会議で、予算削減を主張する財政課の田中課長、現状維持を求める同僚の木村司書、そして机を強く叩いて『時代遅れの体制は一掃すべきだ』と言い放った市役所の浅田担当者。他にも何人かいたが、特にあの浅田という男の冷たい目が印象的だった。
候補は、少なく見積もっても6人はいる。いや、もっといたかもしれない。
あの事故は、本当に偶然だったのか?
誰かが、私を邪魔に思い、この世界に飛ばしたのではないか?
そんな疑念が、私の心に深く根を下ろしていた。
「佐々木さん、『隠密』レベルの固有能力じゃ、魔王討伐には役立たないぞ」
ある日、グレイグが呆れたように言った。
「え、あの、私、そんな能力ありませんが…」
「おや、そうなのか? てっきり、情報室に配属されたからには、何か特殊な情報収集能力があるのかと期待していたのだけど」
どうやら、この世界では、異世界から来た人間は何かしらのチート能力を持っているのが常識らしい。しかし、残念ながら私には、図書館で培った「情報検索能力」と「本の分類能力」くらいしか持ち合わせていない。
「せめて情報戦で活躍してもらわないと、困る。ほら、ちょうど今、王都で大規模なクイズ大会が開催されているから、それを見て勉強してくれ」
グレイグは、一枚のチラシを私に手渡した。
「クイズ大会…?」
私はそのチラシに目を落とした。そこには「クイージア知識王決定戦」と大々的に書かれていた。
クイズ大会。
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、何かがざわめいた。
現実世界で、私は密かに「競技クイズ」のファンだった。テレビのクイズ番組はもちろん、アマチュアの大会にも何度か応募したことがある。あの、一瞬のひらめきと、知識のぶつかり合い。問題文のわずかなヒントから答えを導き出すロジック。
(ああ、あの時もそうだった。何十年も前に出題された「地球上で最も大きい生物は?」という問題。昔はシロナガスクジラが正解だったはずなのに、数十年後に新種の紐のように長いクラゲが発見されて、正解が変わってしまった。あの時、長年クイズ界に君臨していた名人が、苦笑いを浮かべながら言ったんだ。「クイズの答えは、今この瞬間だけのもの」と。知識の儚さと美しさを表現したあの名言に、私は深く感動したのを覚えている。)
まさか、こんな異世界で、再びクイズに出会うとは。
私は、期待と、そして少しの興奮を胸に、会場へと向かった。
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