第2話

放課後。葶驀は教科書とノートを素早く鞄にまとめると、まっすぐ教室を出た。


その足が教室のドアをまたぐ直前、ふと振り返ると――渃嫣が女子たちの集団と談笑しているのが見えた。


その光景に何の感慨も覚えず、葶驀はひとり下校の道を歩き出す。


葶驀の口元は、誰に聞かせるでもなく、何かをぶつぶつとつぶやいていた。


「確率……パーセント……現実的状況……」


その姿は、まるで思考そのものに取り憑かれたようで――


「ちょっと、歩くの遅いよ!」


背後から声が飛んできた。


しかし葶驀は気づかない。背中を軽く押されて、ようやく我に返る。


「さっき教室でみんなとおしゃべりしてたでしょ?人付き合いは大事なんだよね?」


「そんなことどうでもいい!明日はクラス内のリレー代表予選があるんだから。中学のとき速かったでしょ?」


渃嫣は急ぎ足で話題を切り替えてくる。


「様子を見よう。選抜されれば参加する」


葶驀の返答は、やっぱり感情のない平坦なもの。


渃嫣はにこりと笑って、葶驀の横を小走りで抜き去った。その背中に、ひと言だけつぶやく


「じゃあ期待してるね」


「期待しないほうがいいよ」


葶驀の返しに、渃嫣は言葉を詰まらせ、会話は唐突に途切れる。


「ところで、何を考えてたの?そんなに真剣に」


二人は商店の前を通り、小路へと入っていく。


葶驀は、左前方に見える古いアパートを指さした。


「今朝通りかかったとき、ベランダの植木鉢がやけに目立っていて。地震が来たら落ちて自分に当たるんじゃないかって考えてたんだ」


「確かに地震が多いから心配よね。結果はどうだったの?」


渃嫣が興味深げに問うと、葶驀はわずかに考え込んでから、事もなげに答える。


「スマホで調べたら、毎年強い地震が何度も起きてるんだが、上下校で一分しか通らない道だし、その時強い地震で植木鉢が落ちる確率は、宝くじの一等より低い。それに、落ちたものがちょうど自分に当たる確率はさらに低い――ほとんど心配いらないね」


その言葉を残し、渃嫣は左の路地へと消えていった。


「じゃ、また明日」


「じゃ」


葶驀は振り返らずに、いつも通りの無表情で返事をした。

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