第7話 人(?)助けは大切だ!
食事と会計を済ませ、店を出るとランチタイムを過ぎたこともあるのか、メインストリートの往来は少し減っていた。
「美味しかったね。」
「みぃ!」
私の言葉に、ネレイドは頭の上で胴体を揺らす。見上げた表情は、目も口元も緩み、ご満悦のようだ。さて、腹拵えも済んだことだ、そろそろ街を出発するとしよう。
「ネレ、街を出ようか。」
「みぃ!」
私の言葉に頷くようにネレイドは鳴き、胴体を揺らす。そうして、私は頭の上にネレイドを乗せたまま、最初に入ってきた門とは別の門へと向かい、街を出た。
街を出ると、次の街へと繋がる道の為なのか、反対側の草原地帯とは違って、石畳で舗装されていた。人の往来もそれなりにあり、馬車も私達の横を通っていく。
そうしながら、緩やかに道を歩いていると、舗装のされてない道にはシロツメグサの咲く草原と、石や煉瓦で作られた建物の痕跡がぽつぽつと見えてきた。次の街は、確か、古都パラティヌスと支部長が言っていた。つまるところ、遺跡なのだろうか。
その建物は、ところどころ崩れていて、風化している。草原には、ところどころにその建物の残骸だったのだろうと思わしき岩が転がっている。
「古都って言ってたけど、昔、何か別の国か都市でもあったのかなあ。」
私のなんとなくのぼやきに頷くように鳴き声を上げるネレイド。こうして相槌を打ってくれるから、旅も寂しくない。人じゃない?知るか。可愛いんだから、いいだろう。
進むにつれて増えてくる遺跡のような建物の残骸。元の世界のヨーロッパの写真でしか見たことがない景色に、少しだけ心が踊ってしまう。高揚感が胸の奥にじわじわと染み渡ってくる。どうしてこう、遺跡って、ロマンがあるんだろうね。
ただ歩くだけだが、道は少しずつ傾斜がついていく。舗装されているから、そこまで苦ではないが、運動不足の身体には疲れが蓄積しつつあった。気づけば、人通りもまばらになっていた。
「つ、つかれたよぉ。」
私の情けない声に、呆れて肩をすくめるように、ネレイドは胴体を揺らす。若干その瞳には、バカにしているようにも思えたので捏ねてやろうかと思っていたときだった。
日も少し傾き、道は赤く染まりつつある中で、前方の遺跡群の方で悲鳴が聞こえてきた。
「誰か!誰か助けて!」
私の視線はそちらの方へと向く。しかし、遺跡群に囲まれて状況を見ることはできない。再び、悲鳴があがる。ここには、私一人だ。気づいたら一人だった。
何が起きているか、状況はわからない。遺跡群の裏だからだ。モンスターが襲ってきているのか。それとも、強盗なのか。それとも、体調不良なのか。どのみち、行ってみないとわからない。
行くか、行かないかと言われれば、行くしかないだろう。私は舗装された道から離れ、声の響く遺跡群の方へと走る。
「どうされましたか!」
私が叫ぶと同時に、その人のもとへと辿り着いた。そこには、幼い子どもが、大人に囲まれていた。え?犯罪?幼い子どもは、こちらからだとどんな様子かはわからないが、だいたい六歳前後だ。
子どもは私の声に気がつくと振り返る。そして、大人たちもこちらを見た。手にはそれぞれ、剣やら斧やら槍やらと持っていた。
あ、こういうときに解析をつかえばいいのでは?と、閃いて、私は杖を構えた。幼い子どもよ、もうちょい待っててね!と思った刹那に、ネレイドが頭の上で跳ねた。
何度も何度も跳ねる。
「みぃ!みぃ!」
私にしがみついたまま、早くしろと言わんばかりに引っ張る。え、君のほうが戦闘したいの?ネレイドの前に魔法陣か描かれる。
そうして、水鉄砲のように男たちへと降り掛かった。しかし、その水鉄砲は弾丸のようなものである。男たちの腕へとかすり、霧のようなものが吹き出す。その霧は、黒い血のように赤かった。
鑑定するまでもないが、こちらを向いた瞬間に、私は、イメージをする。物を見通して、どんなものか分析する。成分分析機のように、レントゲンのように、透過し、それをあのマップのように、アイテムボックスのように、分かるように。
ぐるぐると呪文がこみ上げてくる。その間に、ネレイドの攻撃によって振り向いた大人たち──屈強な男もいれば、細身の男もいた。しかも、遠くから気づかなかったが、中には女性もいた。私よりも身長が高く、なんだか貴族っぽい人のような格好をしている者もいれば、ふくよかな街の女性というような格好もいる。
そんな、いい年齢の大人が、子どもを踏みつけていた。全く話は読めないが、通報案件ですね。それと、明らかに
子どもと、目が合う。その瞳は、スフェーンのように輝いていて、瞳孔が細かった。しかも、目を見張るような整った顔立ちをしていた。はい、通報案件です。誘拐犯かもしれませんね。
私が呪文を唱えるよりも先に、私が魔法を行使しようとしているのを見てか、こちらへと向いてきた男性が地面を蹴った。その速さは、獣のようだった。
うわぁ、終わった!とか思っていた矢先に動いたのは、ネレイドだった。ネレイドは魔法陣を描くと、水鉄砲を複数乱射した。あ、そんか使い方もできるんだ。すごいな。
「【ウーナ・マキシムム・エクスプリカテオ】」
呪文を発動すると、私の視界に文字が溢れる。あ、遺跡とかの名前は今はどうでも良いのでと思っていると、勝手に消えていった。万能か?そうして、少しだけクリアになった視界。そうして、残った表示に書かれている囲んでいた大人たちの正体を見る為に視線を向けた。
【魔人】:【
全く持って意味がわからなくて仕方ないが、何はともあれ、考えはあとである。私は再び杖を構えた。そうして、火をイメージする。吸血鬼に何が聞くかは知らないが、とりあえず、燃やしておこう。
「ロリコンは通報じゃあああ!!【ウーナ・マキシムム・イグニス】!」
範囲は広めにしておいた。魔法陣が月の先に描かれ、光が収束する。そして、燃え上がる炎は、きれいに輝いている。
そして、ネレイドに水の弾丸を浴びせられ、びしょ濡れになったロリコン吸血鬼たちに向けて、火炎放射を放ったのだった。幼女をいじめるロリコンは燃やすに限る。本人に害のない愛で方をしようね。
吸血鬼たちは何がなんだかと言わんばかりに身体に火がつき、悲鳴を上げる。飛び跳ねながら、水を求めて草原へと駆け出したり、こちらへと向かってくるが、私は再び杖を構える。
一緒に燃えても嫌なので、囲っておこう。容赦がない?幼女をいじめる奴は燃やすんだよ。
土が盛り上がり、壁になるイメージ。塀ができあがるイメージ。蒸し釜のように、火が漏れることが無いように。
ぐるぐると呪文が入ってくる。私は杖を構えた。
「【ウーナ・パリエス・テラ】!」
月の先に魔法陣が描かれる。そして、光が地面へと走り、ぼこり、もぞりと、動き始める。そうして、めきめきと土の壁が少しずつ隆起し、吸血鬼を閉じ込めてしまった。どんどんと聞こえるが、外からは何も見えないので、放置することにした。
その間に、倒れている幼女へと向かった。幼女の容姿を改めてみると、本当に美形だった。明るい灰色がかった青みのある緑色──千草色というのだったか、そんな髪は、ゆるくウェーブが買ったロングヘアであり、髪飾りには、金のオリーブの髪飾りがつけられている。肌は白く透明で、瞳は、スフェーンのような、緑色と黄色のグラデーションがかったきれいな瞳だった。瞳孔は細く、まるでドラゴンのよう。まぁ、ドラゴンとの混血と書いてたもんね。
服装は、白の袖と胸元のボタンにフリルのついたシャツに黒色のリボン、足が見える段差のようなフリルがついたパニオスカートと呼ばれるようなスカート似てている種類の黒と白のロングスカートを履いている。ゴシック・ロリータと呼ばれるような種類に似ていた。
「あ、ありがとうございます。」
彼女は私達に気づくと、スカートを持って、礼をする。カテーシーと呼ばれるような振る舞いで、私は胸に手を当てて、頭を下げた。なんかよくアニメで見たことがある気がするレベルの知識ではあるが、失礼でないことを祈ろう。
「お嬢さん、怪我はないかい?さっき、そこの中の奴らに蹴られてたようだけど。」
「心配してくださってありがとうございます。その点は問題ありません、私の身体は丈夫なので。」
怪我ならこの通りに、くるりと身体を翻す彼女に、良かったと私とネレイドは安堵のため息をついた。そんな様子に、彼女はネレイドを見て、まぁ、と口に手を当てた。
「感情のあるウーズなんて始めてみましたわ。お父様が見たらびっくりして、研究材料にしてしまいそう。」
そんな言葉に私とネレイドは、互いに抱き寄せ合ってしまった。
「えっ、君のお父さんなにそれこわいんだけど。ネレ、震えないで!?研究材料にはさせないからね!?」
みぃ、と切なく鳴くネレイドを宥めていると、そんな様子を見て、幼女はごめんなさいと私の腕の中のネレイドを見て、眉を下げた。
「そんなつもりなかったのだけれど……大丈夫よ、お父様は、研究しか興味はないけれど、倫理観はちゃんと残ってるもの。」
「倫理観。」
マッドサイエンスかなぁと、幼女の言葉を噛み締めながら、私はちらりと土壁の方を見る。どんどんと音がまだ聞こえている。どうやら、かなりしぶといらしい。
「みぃ。」
つんつん、と腕の中のネレイドが私をつつく。視線を下へと向けると、街が見える丘の方向へと指差していた。ここを離れようということか、とネレイドの知能に舌を巻いてしまう。と、いうか、ネレイドがあまりにも優秀すぎてびっくりする。なんなら、私よりも戦闘意欲が高いし。お前、さては、有能だな?
「お嬢さん、とりあえずここを離れようか。街まではちょっと遠いけれど、よければ一緒に行かない?」
幼女は少しだけ驚いて、悩むように目を下に落とすと首を横に振った。
「大丈夫です。そろそろ、お父様が寄越した迎えが来るはずですもの。それに、私は──。」
「魔人だから、街に入れないの?」
その言葉を遮るように、私は彼女に問いかけた。彼女は、驚いて顔を上げた。私を見て、目を見開いている。そして、私の杖を見て、納得したように頷いた。
「そうか、あなたは魔法使いなのね。解析魔法で見なというわけね。納得だわ。」
彼女は肩を落として、空を見上げた。夕暮れは少しずつ傾いて、紺色の帳と共に、空には星々が散らばり始めている。
「別に魔人だから入れないことはないわ。むしろ、お父様のことがあるから、私にとても優しいの。だからこそ、今の状況ではいけないわ。」
そう言う彼女の瞳は、どこか決意めいたものを感じた。これは頑なな意志である。私のどこかでTRPG脳が騒いでいる。説得を振れ?ダイスを寄越せよ。ただし、初期値である。普通の一般人が説得を持ってると思うなよ。あ、私の上司は多分持ってる。それは、自信持っていい。だってあの人、色んなクライアントを抱えてるからね。手腕がすごいよ。
いや、そうじゃなくて。とりあえず、でも、この子を残して立ち去るのは私の気持ちが許さない。あと、ネレイドにぶん殴られる。うん、と悩んでいると、バサリと上から何かを仰ぐような、それでいて、羽ばたくような音。そう、それはまるで、大きな鳥が翼を羽ばたかせるかのような音だ。
そんな音が、空の向こうから聞こえてくる。私は、咄嗟に空を見上げる。それは、ネレイドもだった。暗闇の帳、その奥から、影が迫ってきていた。バサリ、バサリと、音が大きくなる。幼女は、空を見上げて顔を明るくさせた。
「迎えだわ!こっちよ!」
幼女はその音の主に手を振った。え、迎え。彼女の言っていた迎えって、と目を凝らす。すると、はっきりと輪郭が見えた。爬虫類のトカゲのような足だが、爪があり、翼はコウモリのような羽だ。そして、顔は恐竜のように厳つい。いや、どこからどう見ても、ドラゴンであった。
ど、ど、ドラゴンだーー!!!ファンタジーの王道!神様!これぞ、ファンタジー!
急に興奮を隠せなくなり、あわあわと手で口を覆う。心臓が太鼓のように高鳴っている。そんな音を聞こえるのか、ネレイドが訝しげにこちらを見上げてくる。そんな顔をするな、こっちは興奮中なんだ。だって、ドラゴンだよ?
近づいてくるにつれ、色が鮮明になる。濃い赤色の鱗を持つドラゴンだった。レッドドラゴンですか。そうですか。もうね、嬉しすぎて、一周回って冷静になってきました。そんな私をよそに、ドラゴンは近づいてきて、私達と幼女の間に降り立った。降り立った風圧で、前髪がオールバックになってしまう。私は前髪を整えながら、目の前のドラゴンを凝視する。肌は、地元にある恐竜博物館の恐竜の模型にそっくりだが、魚のような鱗が一枚一枚ついている。目は鋭く、瞳孔は幼女のものと同じように細い。瞳は黄色のビー玉のように透明だ。
爪はそれだけで、人間の肌を傷つけそうなくらいにはでかく、鋭い。ファンタジーでよく見るドラゴンが、そこにはあった。
「お嬢様。迎えにあがりました。」
ドラゴンが口を開く。そこから聞こえたのは、人語だ。良かった、ドラゴンの言語だったらなんて言ってたか分からなかった。それよりも、やはり、迎えだということで、安心した。幼女はありがとうと言って、頭からよじ登り、角の生えているその頭部へとしがみついた。
「して、そちらの方々は?」
ふいにドラゴンがこちらを見た。鋭い眼光に睨まれるように見つめられ、私は背筋に寒気のようなものを感じてしまう。それは、ネレイドも同様のようで、威圧に押されつつあった。
「だめよ、ルベル。威圧をしたら。その方たちは、私を助けてくれたの。」
それを諌めるように、幼女はレッドドラゴンの角を叩く。レッドドラゴンは驚いたように、目を丸くすると、頭を私達に下げた。背筋に染み渡るような威圧感は消えていた。え、なんか出してたのか。こっわ。
「なんと。お嬢様、
「小言は後で聞くわ。それよりも、あの方達に言わないといけないことがあるでしょう?」
レッドドラゴンは、眉間にシワを寄せ、幼女に問い詰めるものの、幼女に途中で遮られてしまった。
「それ、お嬢様がいうことではありませんからね。」
急に始まった漫才のようなやり取りに愉快になってきて、もっとやれと眺めていた。わいわいとしている二人を見ていると、我に返ったレッドドラゴンはこちらを見て軽く頭を上げると、礼をするかのように下げた。
「人間の方々。
礼節をしっかりするレッドドラゴンをよそに、私は竜大公という言葉に、支部長の言葉が浮かぶ。確か、人間と和平を結んだ幹部がいた。その魔人は竜だと。つまり、幼女の言うお父様と、このレッドドラゴンの言う主人と、支部長の幹部は同一人物ではないのか?
そんな線と線が結びつく現状に、息を呑むが、礼はしっかりと受け取った。
「礼を言うなら、ネレに。ネレが先に動いたので。」
私がそう言って、腕の中のネレイドを突き出すと、興味深そうにレッドドラゴンは見つめた。ネレイドは、えっへん、と胸を張るように伸びた。すごいだろ、うちのスライム。優秀すぎるだろ。
「知能のあるウーズとは。様がみたら喜びそうですね。」
「でしょう?」
「あっ、ネレは研究対象にはさせませんので。」
ぶるぶると震えるネレイドを抱えて、私がそうはっきりと言うと、二人は揃ってしないと言った。くすくすと、私は笑って、それに釣られるように幼女は笑った。そんな様子が和やかな雰囲気を起こしたところで、レッドドラゴンはではそろそろと、切り出した。ばさりと、翼が立つ。
「帰りましょう、お嬢様。様が待っております。」
「そうね。ちょっとだけ待って。まだ自己紹介してなかったの。」
幼女が、そうレッドドラゴンを引き止めると、彼は目を丸くして、胡乱げに彼女を見た。
「お嬢様、私のこと言えませんよね。」
「うるさいわね。」
また漫才である。愉快だなあと見ていると、咳払いをして幼女はこちらを見た。彼女はスカートの裾を持ち、少しだけ腰を折る。
「改めまして、私は七大大公が一人、
その動作は、彼女の美しい容姿と相まって見惚れてしまうほどだった。ほう、と息が漏れる。そうだ、そういえば、私達も自己紹介をしていなかった、と胸に手を当て、コートを翻す。
「私は
そう言って、私達は互いに笑い合う。それをレッドドラゴンは微笑ましそうに見て、しばらくして、行きましょうかと彼女に声をかけた。彼女は頷いて、そして、レッドドラゴンが飛び立つよりも最後、こちらを見た。
「ムメイ様に、ネレイド様。ぜひ、英雄の都へと向かう前に、我が城にも立ち寄ってね。礼を兼ねて、おもてなしするわ。」
そう告げて、彼女とレッドドラゴンは頭を再び下げて、空へと飛び立っていった。残された私達はというと、その姿を見送っていた。
いや、待って。なんで、私達の目的地が英雄の都だってことを知ってるんだ!待って、なんで、知ってるの!謎をおいていかないで!?ちょっと、デュエム嬢ー!!
謎はそれだけではない。結果的に、なぜ彼女は襲われていたのかも分からない。聞きそびれてしまった。うーん、上司なら聞いてそう。まぁ、あの人は説得90くらい持ってそうだし。私は持ってないということで!いや、気にはなるんだけど!謎は増えたけど!
そんなことをふと思い至って、私が百面相をしている中で、ネレイドは彼女の飛び立った後ろ姿に手を振っていた。
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