役目無しの対勇者、旅をする。

黒井蜜柑

第一章:はじまりの街

第1話 唐突な異世界転移である。


「ファッ!?」


拝啓、天国のお母さん。仕事でパソコンと睨めっこしてたのに、ディスプレイじゃなくて視界良好の草原にいました。ドユコト。


そんな脳内で現実逃避をしている中で、私はポツリと、見覚えのない光景に放り出されていた。視界に広がるは、そよ風に撫でられる草原と、コンクリート舗装ではないが、ならされた土の道と、坂。そうして、奥には、城壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の都市っぽいところ、だ。振り返ると、私の立つ場所は丘になっていて、後ろにはファンタジーでしか出てこなさそうな巨木が立っている。


「いや、これ、異世界転移ってやつじゃねえか!」


これまたいつの間にか手に持たされていた木製の杖を地面に叩きつけてしまった。その後、正気に戻ってすぐに拾った。土を払って、謝っておいた。何してんだ、私。


いや、冷静に考えたら、異世界転移したきっかけというか、予兆がなさ過ぎて頭が痛い。普通、トラックや電車に轢かれたり、睡眠中であったり、ドアを開けたりといったような、よくある・・・・パターンではないのだろうか。なんなら、過労中とかではなく、うたた寝とかしていない。断言していい。そんな勇気ない。なんなら、私のデスクの隣の席は上司だからね?入社三年目にそんな勇気はないよ?


本当にパソコンのディスプレイと睨めっこしながら、関わっていたクライアントの為の情報収集に勤しんでいたのだが、ちなみに、そこでも変なサイトに入っていない。だって、曲がりなりにも会社のパソコンだからね?何度も言うけど、そんな勇気ないからね。


そんな、なんのきっかけもない状態でなんの説明もなく、見知らぬ場所に放り出された私は、勝手に異世界転移と決めつけることにした。まぁ、もしかしたら、夢なのかもしれないけれど。その時は、うたた寝してすいませんと言いたいが、名誉のためにも異世界転移としておきたい。


異世界というのだから、よくあるパターンを試すこととしたい。


「ステータス、オープン!」


よくあるシーンだと思わないか。試しに言ってみたら、目の前にディスプレイみたいな画面が出てきた。


【レイ・ムメイ】


天賦:【勇者】【タイプ:召喚】

職業:【魔法使い】


固定スキル:【夜明けの魔女ルーキス・オルトス

効果:詠唱加速 、魔力向上、魔法威力向上、成長加速、目標自動照準


取得:【無し】


能力値

STR:9 CON:7 POW:13 DEX:13 APP:13

SIZ:8 INT:15 EDU:15 MP:463



魔法使いなんだから、何か1つくらい覚えさせておけよ!と、再度、杖を地面に叩きつけてしまった。しっかり拾って、土を払って謝った。言いたいことが沢山あるのだが、一つずつ見ていこう。まず、天賦について、だ。文字に触れてみると、説明が出てきた。神より与えられた役職とのことだ。殆ど、そのまんまである。職業とは、そのまんま、その人がついている職業のことで、私は魔法使いとのことだから、魔法が覚えられるのだろう。ちょっとドキドキする。さて、問題が、その上の【勇者】と、【タイプ:召喚】だ。勇者の文字に触れると、世界を救う定めを持った者と、書かれている。【タイプ:召喚】については、神より異世界から呼び出された者とのこと。簡潔かつ、よくあるパターンの書き方である。固有スキルについてだが、職業とは別に持つ得意能力のようなものらしい。【夜明けの魔女】というスキル名の効果は、詠唱加速などといった魔法使いに役に立ちそうな効果だ。説明欄には、魔法使いの勇者に与えられる称号らしいことがが書かれていた。


レベルが特に書かれているわけではないが、魔力量や、体力などについて数値化されているのはありがたい。参照は、クトゥルフ神話TRPGを基準としてみても良いらしいと、能力値の解説に書かれていた。しかし、体力は少なすぎて泣きたくなった。各項目について、一応、リプレイ動画くらいは見たことがあるのだ。やってくれる友達はいなかったんだけど。


ステータスウィンドウを閉じ、私は改めて放り出された空間を眺める。長閑だ、としか感想は出てこなかったが、私はひとつ、思いっきりに身体を伸ばすと手を叩いた。


「とりあえず、街に行くか。」


24歳で勇者とは些か痛い気分だが、それはそれで面白いので乗っかるに越したことはないが、何も教えてもらってない状態で放り出されたので、情報収集からである。


特に何事もなく街に辿り着くと、人の往来はそこそこ多く、格好もよくあるファンタジーの世界の市民が着ているような服装が多い。首周りが広い薄い布で作られた袖口も広い服と、モンペをよりスタイリッシュにしたようなズボンな男性もいれば、ワイシャツにスラリとしたズボン、ベストを着た男性もいるし、女性も、エプロンドレスや、チュニックとチューブ状のよくわからん衣服──確か、ペプロスと呼ばれるとはなにか書いていたが、そういう服装のものもいるし、ワンピースみたいな服装の若い女性もいる。年齢によって服装の開きはありそうだな、という印象だった。


かく言う私はどんな服装なのか、と今更見てしまうと、私は、職場で着ていた仕事着であるポロシャツにジャージ生地に似たズボンではなく、胸元が開いた黒い生地のハイネックの服に、白色の軍服みたいなコートだ。靴はヒールのある白色のブーツだ。ハイネックの首元には青いリボンが結ばれている。髪は、元々、シニヨンにしていたのだが、お団子の下の部分に、リボンが結ばれている。触れてわかる範囲はそのくらいだろうか、と私は、ショーウィンドウやスマホのカメラ機能が欲しくなった。なんなら、鏡を見させてください。


改めて周囲の人々を見ると、平穏という言葉が正しい雰囲気であった。それと、なんというか、街の至るところに飾り付けをしてあって、お祭りという雰囲気が漂っている。


とりあえず、誰に出といいから声をかけよう。誰も説明してくれないから自分で情報を取るしかない。


「す、すいません、ちょっといいですか?」


ちょうど目の前を取り掛かった男性に声をかけると、どうかされましたか、と、にこやかに男性は対応してくれた。


「私、この街に来たばかりで……、その、お祭りのようですが、何かおめでたいことがあったんですか?」


「おや、珍しいね、お嬢さん。こんなめでたい日を知らないなんて。まぁ、今時もう珍しくないのかな。今日は、平和記念祭でね。勇者が魔王を倒した・・・・・・・・・日を祝して、100年・・・経った今でも祭りを開いているんだよ、この王都はね。」


お嬢さんも楽しんでね、と紙のようなものを渡される。それは、日本語ではない文字だが、読める文字で、平和記念祭と書かれた祭りのリーフレットだった。


私はわなわなと震えながら、叫びたくなる気持ちを飲み込んだ。待て待て待て、こんなの詐欺でしょ!勇者なんて言葉なんだから、魔王がまだいて、人々は勇者の誕生を心待ちにしていたのかと思っていた。いや、むしろ、弱くてよかったかもしれないが、明らかに役割、無い状態じゃないか!なんで、エピローグ後の世界なんだよ!


平穏な終わった世界で、勇者なんて何をするんだよ!!!


そう心の中で叫んで、本日何度めかわからない杖を叩きつけて、また拾ったのだった。



喧騒から離れ、民家の軒先で頭を抱える。ステータスウィンドウを再度確認したが、特に何か変化があるわけではない。ステータスウィンドウを弄っていれば、装備画面を見ることができて、杖の名前を知ったくらいである。魔法使いの杖である。初期装備かよ!


こういうのはさあ、と思いながらも私は一人、どよんと頭を抱えていたのである。そもそも、二十代後半に差し掛かるか掛からないかの良い大人が勇者だ!なんてはしゃいでいたのがおかしいということだろうか。だって誰だってはしゃぐでしょう!なんたって、勇者だよ!ファンタジーオタクには大好物でしょうが!


そんな自問自答をしていても、現実は変わらないので、ちらりと祭りを見る。みんなキラキラと輝いている。平穏そのものだ。


この世界の住人がどんな思いで過ごしてきたかは知らないが、脅威に怯えることなく、笑顔で過ごせることは良いことだ。それは、比較的、戦争か対岸の火事となった現代日本で過ごしてきた私でも分かることだ。しかも、世界情勢が揺らいでいるからこそ、だ。


わざわざそんなことを壊す必要も、壊す力もない。なんならなんの説明もないのだから、この世界に対して、平和っていいことだねくらいの感想しか浮かばないのだ。


一人の少女が私に気づいて、走ってきた。え、なになにと、目をぱちぱちと瞬きを繰り返していると、少女は満面の笑みで、手に持っていた花を渡してきた。渡されたのは、ネモフィラの花だ。


「お姉さん、どうしてそんな暗い顔をしてるの?お祭りなんだから、楽しまなきゃ!はい、これ、あげる!」


何をもってくれるのか全く分からないのだが、少女は善意100%で渡してきてくれる。私は、少女の言葉に対して戸惑ってしまうが、受け取ることにした。


「あ、ありがとう。ちなみに、お嬢さん。この花は何か意味があるのかな?」


「お姉さん、知らないの?いいよ、教えてあげる。これはね、魔王を倒した勇者さまが一番好きだった花なんだよ!この花を勇者さまが最初に植えたのが、この街の近くの花畑なんだよ!」


ネモフィラはこの世界になかったと考えると、100年前の勇者も異世界人だったのだろうか。どうやって種を植えたのかわからないけど、まぁ、魔法なのかもしれないし、持ってたのかもしれない。わからないけど。でも、ネモフィラが好きなのは、なんとなく共感できる。綺麗だからね。


「へぇ、そうなんだ。ありがとう。とてもきれいだな。」


「でしょ!私も好きだよ、このお花!」


「お嬢さん、ちなみにこのお花の名前は?」


「フィロっていうんだよ。」


ネモフィラじゃないんかい!いや、もしかしたら、ネモフィラの語源に関係するものなのかもしれないが、草花に詳しいわけではない私にとっては、そんな知識はないので、ネモフィラじゃないというだけで、なぜ、そんな名前にしたんだと言いたくなった。異世界人じゃないのかな。わからないけど。こういうときにスマホの検索機能が欲しい。所持品、私の口座残高の金銭しかなかったんだけど。良かったよ、給料日過ぎてて。ついでにボーナスも出てたから。まぁ、薄給なんだけどさ!


そんなことを考えながらも、私は少女を見ながら、閃いた。


「ね、お嬢さん。良ければ、この街を案内してくれない?良ければ、勇者のことも色々教えてくれると嬉しいな。」


少女は、瞬きを繰り返したが、満面の笑みを浮かべた。


「いいよ!教えてあげる!その代わりに、約束して!お姉さん、お祭りを楽しんでね!」


「りょーかい。楽しいことは大好きだから、思う存分楽しむよ。」


じゃあ、ついてきて、と少女は私の手を取って引っ張った。自然と立ち上がる形になり、私は腰を上げた。そして、そのまま少女の先導のもと、賑やかな人たちの中へと飛び込んだのだった。



露店は種類が多く、食事系から催し物といった遊べるものだったり、アクセサリーや花などといった工芸品などを販売していたりするお店もあった。


「ここのポークサンドは美味しいんだよ!」


まず先に連れてこられたのは、食事系の露店だった。昼休憩前に飛ばされたこともあり、お腹は空いていた。案内してくれるお礼に、ポークサンドを買ってあげることにした。助かるのが、お金は全てここのお金と換金されてて、かつ、1円がここのお金の1円と相当することだ。単位はよく聞き取れませんでした。ちなみに、大体、300円くらいでした。やっすいな。見た目は薄い肉をたくさんと、レタスみたいな葉物野菜と一緒にバゲットに挟んだサンドイッチだった。


バゲットサンドに齧り付くと、薄い肉だというのに肉汁が溢れだしてきた。味付けも塩コショウだけだが、かなり味をこくしていて、B級グルメ感は否めないが、空腹を刺激する味だった。美味しい。


「ね?美味しいでしょ!」


肉汁で口をベタベタにした少女が、満面の笑みでこちらを見る。私は、その様子に、より一層、安堵の気持ちが広がっていく。こんな幼い子が笑顔でいれるのだ、とんでもなく良い世界じゃないか。


「うん、美味しいよ。」


私はそう言って、少女に笑顔を返したのだった。


そうして、私達は、沢山のところを回った。露店で射撃をして、下手くそ過ぎて笑われたし、勇者の顔だというお面を買ってあげたりもした。姫りんごの飴も食べたりした。そうこうして、お祭りを楽しんで、少女は私にこの街一番の場所に連れて行ってあげると、手を引っ張った。


そうして辿り着く頃には、日差しは傾いていて、夕陽が眩しかった。高台に連れてこられていた。街を見下ろせる場所で、後ろには城に続く門も見える。こんな場所まで来て大丈夫なんだなと、しみじみと平穏を実感してしまう。


「お姉さん、こっちだよ!」


そう言って少女が振り返った場所を見て、私は目を丸くした。風に揺れるのは、青い花。そうして、青い花は、夕陽に照らされて、輝いていた。


そこに広がるのは、ネモフィラ──フィロの花畑だった。城を囲むようにフィロの花畑が広がっていて、鮮やかな蒼色を夕陽に輝かせていた。


「きれい───。」


元の世界と言っていいのかわからないけれど、日本でもネモフィラが広がる場所が観光名所になっていた。そこを彷彿とさせるくらいには圧巻だった。


「ね、きれいでしょ!街のみんなのお気に入りの場所なんだよ!もちろん、私も好き!」


にこにことしながら、少女は花畑の前で微笑んでいる。その笑みは夕暮れに照らされて、花畑と同じように輝いていた。


きっと、この世界の勇者は愛されていたのだろう。慕われていのだろうな、とそんな光景に少しだけ羨ましくなった。


「ふふ、ありがとう、お嬢さん。私も好きになったよ。」


いいな、私もそんなふうに思われたかったな。そんな、一抹の嫉妬が込み上がったが、ぐっと飲み込んだ。故人なのか、それとも生きているのか、どこにいるかもわからない人間に抱く感情ではない。ましてや、向こうは世界を救った勇者である。お門違いだ。


そうして、少女が去っても、私は、しばらくの間、そこからみえる光景を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る