4話 足音

俺は、進化した。


 “魔植物(芽喰らい)”――

 その名の通り、木を喰らい、森そのものを獲物とする存在。


 吸収対象はもはや、動物や昆虫に限らない。

 同族である木さえも養分に変えることで、俺はこの森の生態系から完全に外れた“異物”になった。


 だが、それがどうした。


 (森が俺を拒絶しようと、関係ない)


 俺は、喰って生きる。

 そして、生き延びて、“上”へ行く。


 ステータスを確認する。



【ステータス】

名前:カエデ

種族:魔植物(芽喰らい)

レベル:3

生命力:200/200

魔力:150/150

進化pt:55/200


スキル:

・吸収(養分補給)【Lv.3】

・養分変換【Lv.2】

・根操作【Lv.2】

・同族捕食【Lv.1】


称号:

・同族喰らい【森の秩序に背きし異物。全ての植物はお前を恐れる】



 進化後、すべての能力が明らかに底上げされた。


 特に【同族捕食】は強力だ。

 木や草、苔すらも吸収対象にできる。しかも吸収効率が上がっているせいで、以前は10分かかっていた木の吸収が、わずか5分で終わるようになった。


 この森において、俺はもはや“天敵”そのものだ。


 (さて、次は……)


 獲物を探そうと根を広げたとき、ふと“異質な気配”を再び感じた。


 それは土の奥深く――根の届かぬ層に、微かに“灯る”ような存在だった。


 (前にも感じた。……あの、人工的な魔力の波)


 生命の鼓動とは違う。

 熱でも冷たさでもない。機械でも魔物でもない、不自然な“構造の揺らぎ”。


 だが、確かに“何か”がある。


 (これは……俺にとって“喰える”ものか?)


 可能性はある。

 俺のスキルは、基本的に“生物”を対象にしているが、スキル自体に明確な種族縛りはない。


 つまり、“生命力を持っているなら吸える”のだ。


 (試してみる価値はある)


     ◇ ◇ ◇


 根操作の精度が上がった今、以前よりも深く、広く根を張ることができる。

 主幹から半径4メートル。深さは2メートル近くにまで達している。


 俺は魔力を集中させて、根を一直線に地中深くへ向けて伸ばす。


 【スキル《根操作》発動:深層探索モード】

 【魔力を8pt消費】

 【現在魔力:142/150】


 土の層を抜け、岩の層を割り、小さな空洞のような場所に突き当たる。


 そして――触れた。


 (これは……?)


 石のような感触。だが、ただの鉱石ではない。

 根が接触した瞬間、“脈打つような魔力の波”が伝わってくる。


 【対象:遺構石核(封印体)】

 【判定中……】

 【判定結果:不明な生命反応を検知】


 (……喰えるか?)


 吸収スキルを試すべきかどうか、迷いが生まれる。

 だが、カエデの選択に迷いはなかった。


 「俺は、“何でも喰う”って決めたんだよ」


 【スキル《吸収》発動】


     ◇ ◇ ◇


 ――瞬間、異常な熱量が逆流した。


 (な、なんだこれ……!?)


 吸収ではなかった。

 それはまるで、逆に“吸い返された”かのような感覚だった。


 【吸収失敗】

 【対象は“魂の構造”を持たないため、強制拒絶】

 【警戒反応発生】

 【微弱な魔力障壁を展開中……】


 (……これは、“喰えない”)


 だが、確実に“生きている”か、“かつて生きていた”ものだ。

 普通の木や生物とは違う、“何かの遺物”――


 その存在は、今後、俺の進化と関わるに違いない。


 「喰えないなら、調べればいい」


 根をそっと引き戻し、俺は静かにその“核”の位置を記憶に刻んだ。

 まだ早い。だが、いつか必ず喰らう。


 この森には、まだ“知らない味”がある。

 それはつまり、“まだ俺は満腹じゃない”ということだ。


“喰えない命”がある――

 それを知ったことは、俺にとって大きな発見だった。


 この世界には、俺のスキル【吸収】でも取り込めない存在がある。

 だが、逆に言えば、それは“いつか喰えるようになる対象”でもある。


 今は無理でも、進化すれば、強くなれば、やがて可能になる。

 そしてその先にこそ、俺が目指す“頂点”があるのだ。


 (魂の構造……か)


 スキルの判定文にあった、その言葉が引っかかっていた。

 魂があるから喰える。ないから喰えない。ならば、魂とは何だ?


 それを手にした時、俺は“命”を超えたものすら喰らえる存在になるかもしれない。


 (面白くなってきたじゃねぇか)


     ◇ ◇ ◇


 地表の気配が、変わった。


 日々の吸収と根操作によって、地中から森全体の気配を感じ取ることができるようになっていた。

 地中の微細な震動。空気の流れ。土を踏む“重さ”。


 そして今――

 遠くから、獣とは異なる“リズム”の足音が近づいていた。


 (……魔物か?)


 この森には、知性ある魔物もいると神アイリスが言っていた。

 それはつまり、“狩られる側ではなく、狩る側”だ。


 俺は、根を土中深くに沈め、静かに待つ。

 次の獲物が、地に足をつけるその瞬間を。


     ◇ ◇ ◇


 ――現れたのは、二足歩行の生物だった。


 獣のような体毛をまとい、耳が尖り、獣爪のような手足を持つ。

 だがその動きには知性と訓練の跡がある。装飾品。簡易な武具。道具の使用。


 (……獣人か?)


 俺の世界でも“獣人”という存在はファンタジー作品によく出てきた。

 だが、今目の前にいるそれは、想像よりもずっと“生きていた”。


 獣人の少年――まだ若そうな個体が、足元の地面をそっと掘り、何かを探していた。

 食料か、薬草か。それとも、縄張りの確認か。


 (接触のチャンス……だが、軽率には動けない)


 今の俺の根の範囲では、まだ接触はできない。

 だが――相手の行動次第では、手が届く位置に入ってくるかもしれない。


 しばらくして、その少年は“倒れた木”に手を当て、なにかを呟いた。


 (……祈ってる?)


 その木は、かつて俺が吸収した個体の“残骸”だった。

 幹の一部は乾き、根はすでに枯死している。

 だが、そこに向かって何かしらの敬意を示しているのは、明らかに文化的な行動だった。


 (“死を弔う”という概念があるのか……)


 それを見て、俺は妙な感情を抱いた。


 殺したことを後悔したわけじゃない。

 ただ、“生きていた”という事実を、他者が見ていたという現実が、不思議に重かった。


 (……俺は、まだ見られてない。気づかれてない)


 けれど、もしこの少年が俺の存在に気づいたら――

 彼にとって俺は、森を蝕む“災厄”として認識されるだろう。


 (それでも……喰う価値があるなら、躊躇はしない)


 少年はやがて何かの気配を察したのか、鋭く周囲を見渡し、姿勢を低くして去っていった。


 足音が、遠ざかっていく。


 気づかれなかった。だが、予兆はあった。


 (もうすぐ、誰かが“俺を見つける”)


 今までのような無法の狩りは、そう長くは続かない。


 この森にも秩序がある。

 その秩序に背いた俺は、やがて“狩られる側”として誰かに見つかる日が来る。


 だが、俺は逃げない。


 喰う。奪う。進化する。

 そのために、“誰であろうと敵にする”。


 (俺は――この世界で、“最強”になるって決めたんだ)


 静かに、根が蠢いた。

 音もなく、次なる獲物の気配を探すように。



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ここまでお読み下さりありがとうございます。


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