鬼道学園異聞~ギャルと忍者と魔法のカード
鬼村 濁
第1話 写し身① 疑惑!一軍ギャルと地味系忍者
繁華街の路地裏で、金髪のギャルが数人の中年男に取り囲まれていた。
一人の男が酒臭い息を吐きながら、彼女を捕まえようと手を伸ばす。
ギャルはせめてもの抵抗をしようと、拳を強く握った。
その時――
「いてっ!」
男が反射的に手を引っ込めた。
「あいたっ!」
「うっ!」
「ぎゃっ!」
ほかの男たちも声を上げて、頬や額を押さえる。
何が起こったのか。
男たちは一斉に、路地の入口へと視線を向けた。
そこにいたのは、黒い人影。
黒いパーカーをはじめ、全身を黒い衣装に包んでいる。フードを深くかぶっているので、顔は見えない。
大通りの灯りが逆光となって、その姿をより黒く見せていた。
「だ、誰だァ、テメェ!」
「名乗る名は、無い」
酔っぱらいの問いに、黒い影は短く答えて、動いた。
* * *
入学から一ヶ月あまり、錬示は学園生活に溶け込み、ただの目立たない陰キャ男子として過ごしてきた。
少し大きめの制服で身体のラインを隠し、黒く重い前髪と大きな黒縁眼鏡で素顔の印象を隠す。さらに猫背になってうつむき加減で過ごすことで、視線を避ける……。
山田という地味な名字もあって、錬示は教室の中でほとんど誰にも気に止められない、そんなポジションを確立していた。
そんな錬示とは対照的に、クラスの中心で燦然と目立っている女子生徒がいた。
カリナこと、
いわゆる白ギャルだ。
ゆるくウェーブのかかった髪は、輝く金色に染められている。
美しく白い肌に、過不足なく施されたメイクは、その整った顔立ちをよりはっきりと見せている。
耳には小さなピアスが複数飾られ、細く長い指の先にはカラフルに彩られたネイル。
制服のスカートは丈を短くし、胸元のボタンは一つ多めに開けられて、発育の良い膨らみをちらりと覗かせていた。
鬼道学園は校則が緩いこともあり、クラス内にもギャルファッションの女子は複数いる。
しかしカリナの存在感は、明らかに一歩、抜きん出ていた。
(あんな派手なのに関わったら、嫌でも目立ってしまう……)
潜伏中の錬示としては、できるだけ避けてきた存在だ。
だが、決して彼女のことが嫌いなわけではない。
入学初日、こんなことがあった。
錬示たち1年C組の生徒たちは、担任教師に引率されて校内を歩いていた。オリエンテーションというやつである。
そんな中、校庭の片隅にある祠の前を通りかかった。
それは大きな饅頭のような形をした、直径60センチほどの石の上に載っていた。
ほんの小さな、木造りの、少し古ぼけたささやかな祠だった。
ほとんどの生徒が、その存在を気にもとめなかった。
錬示でさえもうっかり見逃してしまいそうなほど、自然に風景に溶け込んで、存在感の希薄なものだった。
ところが一人、カリナがその前でふと立ち止まった。
そして彼女は祠に向かって、両手を合わせて小さく一礼したのだった。
時間にすればわずか一秒かそこらの出来事だったが、それはやけに錬示の心に深く刻みつけられた光景だった。
「何してんのー?」
周囲に問われ、カリナは照れくさそうに笑った。
「あたしんち神社だからさ。こーゆーの、クセになっちゃって」
彼女が立ち止まったことで少し乱れた列は、すぐに何事もなかったように流れ出した。
(ただの派手なギャルだと思ってたけど、意外とちゃんとしてるんだな……)
列の後ろの方にいた錬示は、目立たないようにそっと黙礼をしながら祠の前を通過し、そのギャルに対するイメージを改めたのだった。
それからおよそ一ヶ月。
派手な外見でありながら意外に礼儀正しく、社交的なカリナはすっかりクラスの中心と言えるような存在になっていた。
しかし今、彼女にはある一つの疑惑がかけられている。
「ねえねえ、聞いた? 夜におっさんと腕組んで歩いてたって」
「私見たよ、塾の帰り。ガチのキモオジだったし」
「ヤバ……パパ活じゃね? マジ引くんだけど」
放課後。人影もまばらになった教室で、噂好きの女子生徒たちがさえずっていた。
教室内の少し離れたところには、カリナとその友人のギャルたちがいる。それにわざと聞こえるように――そんな悪意のこもった噂話だった。
そう、カリナの疑惑とは、夜の繁華街で目撃されたことだ。
しかもただそこにいたのではなく、中年男性と遊んでいたのだという。
「はぁ? ちょっと、誰んこと言ってんだよ!」
カリナの友人ギャルの一人が、苛立って声を上げた。
「へー? 誰のこととか言ってないんですけどぉ?」
「もしかして、心当たりあるのぉ? ウケるー」
噂話の女子たちは、カリナの方を横目で見ながら、わざとらしくケラケラと笑った。
ギャルたちがさすがに怒って立ち上がった時――
「あっ」
ガシャーン、バシャッ!
金属音と、水音。
噂話をしていた女子たちのすぐ近くで、掃除用のバケツがひっくり返った。
「きゃっ、ちょっと!」
「サイアク、水かかったじゃん! 何してんのよ、この地味眼鏡!」
バケツを倒したのは、掃除当番の地味眼鏡こと、錬示だった。
「何やってんだよ、山田! どんくせーな!」
同じく掃除当番の男子からも罵声が飛ぶ。
錬示は猫背気味の背をさらに丸めて頭を下げた。
「ごめん、うっかり引っ掛けちゃって……」
そして顔を上げると、女子たちに向かって言った。
「でも、掃除の邪魔になるから、そろそろ帰ってくれない、かな……?」
「はあ!? あたしらが悪いって言いたいわけぇ?」
錬示の言葉をに腹を立てた女子たちは、机を叩いて立ち上がった。
そこへ――
「やめときなよ、あんたら」
冷ややかで凛とした声が響いた。
その声の主は、黒髪のボブヘアにブルーのインナーカラーを入れた女子――
紗夜は普段は物静かだが、存在感のある女子生徒だ。
涼し気な目元やスレンダーな体型も相まってクールな印象だが、体育のダンスの授業では一転、鋭いキレのあるヒップホップダンスで皆の目を奪った。
クラスの男子たちの間では、カリナと紗夜のどちらと付き合いたいか、という議論がたびたび繰り返されるほどだ。一部の女子にもファンがいるらしい。
「これ以上はみっともないよ。それに、塾の時間はいいの?」
そんな紗夜に言われて、女子たちは気を削がれたようだ。
不満げな顔で時計を見て「あー、そろそろ塾に行かなきゃだわ」とか「アタシら、暇じゃないからねー」などと言いつつ、教室から出て行った。
「ありがとね、月城さん」
カリナが、礼を言いながら紗夜に歩み寄った。
「べつに。あーゆーの、聞いてらんなかっただけ」
紗夜はそっけなく返したあと、カリナを横目に――
「でもさ、私も見たんだよね。ダンスレッスンの帰りでさ。べつにアンタが誰と付き合おうと関係ないけどさ、ちょっとどうかとは思うよ」
ぷい、と踵を返した。
「あたし、そんなことしてないよ! ほんとに!」
カリナは立ち去る紗夜の背中に声をかけたが、紗夜は振り返ることなく教室から出て行ってしまった。
カリナはため息をついて、次に錬示の方を向いた。
「山田くんも、ありがとね」
「い、いや、その……僕は、たまたま……」
「たまたまでも、助かったし。マジ感謝」
カリナが錬示の目の前まで歩み寄った。
近い。彼女よりも少し背の高い錬示の視界に、彼女の瞳と――胸の谷間が不意に飛び込んできた。
白い大きな膨らみに、黒い小さな点。
(あんなところにホクロ……じゃない!)
錬示は慌てて目を逸らした。
「掃除、やらなきゃだから……」
「そっか、ゴメンね。じゃ、あたしらも帰るし」
掃除の邪魔になるということで、カリナも友人たちと連れ立って教室を出た。
「みんな、掃除ガンバってねー」
去り際に教室の掃除当番たちに手を振るカリナ。
その眩しさに、当番の男子たちは鼻の下を伸ばし、女子に「ちょっと男子ー、働け!」と叱られる。
(やってしまった……)
こぼしたバケツの水を拭き取りながら、錬示は反省した。
(自分のことでもないのに、あんなにムカついて……。監視対象に、不用意に認識されてしまったじゃないか)
実は錬示は今、生徒会長の指令によって、カリナを監視しているのだ。
一般生徒には知らされていないことだが、彼女が入居している女子寮の監視カメラには、夜間に寮の玄関から外出する彼女の姿が記録されていた。
しかし不思議なことに、まったく同じ時刻に、寮内で友人たちと談笑する彼女の姿も記録されていたのだという。
この謎を解明するため、生徒会長は錬示にカリナの監視を命じたのだった。
「まだまだ未熟。平常心、平常心……」
誰にも聞こえない小声でブツブツ唱えながら、一刻も早く監視任務に戻るため、手早く掃除を片付ける。
しかし目に焼きついた彼女の胸元の映像は、なかなか忘れることができなかった。
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