第4話 クールビューティーの崩壊

 その日の放課後、私はどうすべきか迷っていた。

 あの場所、って、絶対図書室よね? 行くべき? 行かない方がいい? ねぇ、どっちが正解なのよぉ! ……でも、本は返却しなきゃだし、何よりあんな風にまた教室に押し掛けられたら困る。だから、覚悟を決めて行くことにした。行って、いなければそれでいいし。


 放課後は図書の先生もいないから、私は勝手知ったるなんとやらで、借りたとき同様、返却の手続きを済ませる。図書室に生徒はまばらで、見渡した感じ、鴨志田君の姿はない。よかったぁ。

 さっさと済ませて帰ろう。そう思ってたんだけど……。


「先輩!」

 本棚の影からひょこ、と顔を出した鴨志田君の姿を見て、思わず後退る。

「やだなぁ、そんな怖がらないでくださいよ」

「こっ、怖がってなんか……ないわよ」

 クールに答え……てるつもりの私に、鴨志田君が手を伸ばす。


「こっち、来て」

 腕を掴まれ、本棚の奥へ、奥へと引っ張られる。確か図書室の奥の方って、図書準備室とかがあるんだっけ?

「ちょっと、なにっ?」

 腕を振り解こうとするんだけど、なかなか振り解けない。体は小さいのに、力は強いんだ。男の子、って感じがする。


「ここ、入ってください」

 思った通り、図書準備室、と書かれたドア。だけど、ここって生徒が入っていいところなわけ? 戸惑ってる私を、鴨志田君が引き寄せるように部屋の中へ誘う。

「ねぇ、ちょっと、放してよっ」

 パタン、と閉じられたドア。狭くて暗い準備室に二人きりにされ、私はもぞもぞと居心地が悪い。だけど怖がってるなんて思われたくないから、少し怖い顔で腰に手を当てた。


「どういうつもり? 一体なんの用なのっ?」

 毅然とした態度でそう言い放つ私に、何故か鴨志田君はふにゃりと笑う。

「ここなら二人きりで話ができる。……先輩、白鳥珊瑚さんっていうんですね」

「なっ、なんでそれをっ」

 急に名前を言い当てられ、焦る。

「教えてくれないから調べたんですよ」

「何のためにそんなっ」

「それは勿論……」

 ズイ、と私に顔を近付け、

「先輩と、仲良くなるために」

「ぴゃっ?」


 駄目だっ、素になっちゃう! 私はぎゅっと目を閉じ、それから息を大きく吐き出す。


「そんな風に先輩をからかうの、よくないと思うわ」

 毅然とした態度で言い放つ。どうよ! 私のクールビューティーを舐めないで頂戴!


「あ、先輩の足元に、変な虫が!」

 ピッ、と私の足元を指し、鴨志田君が言った。

「やぁぁ! 虫っ? やだやだ、私、虫嫌いっ! どこっ? 何の虫よぉっ?」

 取り乱した私は、鴨志田君の背中にペタッと張り付き、隠れた。声も素に戻ってしまう。


「……ほら、やっぱり可愛い」

 ハタと気付く。顔を上げると、肩越しに振り向いてこっちを見ている鴨志田君と目が合う。

「ひゃんっ」

 口元を抑え、飛び退く。その拍子に足がもつれ、体勢が崩れた。あっと声にする間もなかった。倒れる! そう思った瞬間、

「ちょっと、動揺しすぎですよ」


 だーきーとーめーらーれーたぁぁぁぁぁ!


 鴨志田君の腕が私の腰を捕らえ、ピタッと密着した状態で私は鴨志田君に抱き締められている状態! なにこれっ、なにこれっ、なにこれぇぇぇ!

 もはや脳内パニックで言葉も出ない私に、鴨志田君が囁く。


「僕、あの日からずっと、先輩のことが気になって仕方ないんですよね」

「はぁっ? なにそれ意味わかんないっ。だって私たち、ちゃんとした会話もしてないし、私あなたのことよく知らないし、あなただって私の事なんか何も知らないじゃないっ! からかってる? 私のことからかって楽しんでるんでしょ? もしかして罰ゲームとかなのっ? やめてよそういうのっ。いけないんだからねぇぇぇ!」


 思いっ切り地声で捲し立ててしまう。


「うわ、想像以上だなぁ。先輩、なんでそんなに可愛いのに、いつもツンとした顔で大人ぶってるんですか?」

「かっ、可愛くなんかないもんっ」

「可愛いですよ、声もキャラクターも、すごく」

 きゅ、と私を抱く腕に力を込めてくる鴨志田君に、私はもう爆発寸前だった。


「みぎゃ~!」

 何とか力を振り絞り、腕を逃れる。と同時に全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


「わっ、私っ、こんなのっ……無理ぃぃ」

 手で顔を覆い隠す。今絶対変な顔してるよぉ! せっかくここまで気付きあげてきたクールビューティーが台無しじゃんっ!


「先輩、こっち見て」

 鴨志田君がしゃがみ込んで私の手首を掴む。顔を覆っていた手を剝がされると、目の前に鴨志田君の顔があって、つるんとした肌なのに、その目はなんだかとても色っぽい。


「先輩の秘密知ってるのって、もしかして僕だけですか?」

「……そうだよっ」

「素の先輩は、まだみんなには見せてない?」

「そうだけどっ?」

「そっかぁ」

 満足そうに微笑む鴨志田君と、ぶすくれた私。


「でも、なんで隠してるんです?」

「……気持ち悪いって言われたくないから」

 口を尖らせ、思わず本当のことを言ってしまう。

「気持ち悪い? なにが?」

「……この、声とか……喋り方とか」

「ああ……」

 なにかを理解したかのようにそう口にすると、何故か舌打ちを一つし、それから大きく頷く。


「そういうことでしたら、先輩はこれまで通りツンとしててください。だけど……」

「だけど、なによっ」

「僕の前では、素の先輩でいてくれませんか?」

「ふぇ?」

 な、ななに言っちゃってんのっ?


「僕は素の先輩の方がいいです。今の方が可愛いし」

「だからっ、からかわないでよっ」

「からかってなんかないですよ? これだけ言っても信じられませんか? 僕、先輩のこと好きになりました。だから僕の前では、嘘つかないでほしい」

「すっ!」


 好き!?


 は?

 はぁぁぁぁっ?


~続

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