歩き巫女の誘惑 2

 大いに食い、大いに呑み、大いに楽しみ、大いに語った……というより、自慢話をした。

 コクホウ側からもらった着物姿のため、時計を確認することはできないが、現在の時刻は21時か、あるいは22時といったところか。

 今の世界を生きる人々にとっては、十分過ぎるくらいに深夜と呼べる時間である。

 だから、というところか。


「ふうむ……。

 いや、ここしばらく、このように酒を飲むことがなかったからかな?

 今宵は、少しばかり深酒をしすぎた。

 わしはこの辺で、お暇させて頂こうか」


 そのようなことを言いながら、ヤスヒサが立ち上がったのだ。

 特筆すべきは、一連の台詞を語った舌の滑らかさ。

 あらかじめ脳内で用意し、イマジナリー練習も2、3度重ねておいた言葉……。

 まさに、そのような発音であり、言葉の間だったのである。

 おそらくは、チヨを間に挟んで語り合いながら、隙を伺っていたに違いない。

 ならば、俺も乗っかっておくべきだろう。

 なあに、その方が色々と好都合なのであった。


「なら、俺の方もそろそろ眠ろうか」


 言いながら、おもむろに腰を浮かせかける。

 が、当然ながらそこに待ったをかけるヤスヒサだ。


「いやいや、さすがは、というべきか……。

 テツスケ様は、まだまだ余裕があるように見受けられる。

 神々という存在が酒を好むというのが、神話伝承の偽りでなかったことは、あなた様を見ればよく分かりますな。

 どうです? こうして、神に仕える旅の巫女殿が酌をしてくれているのです。

 今しばらく、こちらで楽しまれては?

 もちろん……」


 そこで、チラリとチヨの方を見るヤスヒサ。

 やはりというか、その視線には含むところが大ありであった。


「……巫女殿が、よろしければの話になりますがな」


「ならば、こちらからお願いしたきところ。

 話を聞いたところによれば、テツスケ様こそはまさしく神々の一柱。

 一晩、お酒のお相手をさせて頂けるならば、このチヨ……巫女として一生忘れませぬ」


 こういうの、日本のことわざに何かあったな?

 ……ああ、思い出した。立て板に水、だ。

 立てかけた板切れへ水を流すかのごとく、よどみがない会話の応酬。

 これはおそらく、聞かれた側であるチヨが、あらかじめこのように話を振られると予測していたからであり……。

 そして、彼女が同種のやり取りをこれまで何度となく行ってきたからこそである。


「おお、それは何より!

 ……では、ごゆっくり」


 別に、足音を殺す必要はまったくないと思うのだが……。

 すり足となったヤスヒサが、静かに襖の開け閉めをして退場した。

 これで、この座敷に残されたのは俺と歩き巫女チヨだけである。


「ふふん……。

 どうやら、2人で取り残されてしまったな?」


「よいではありませぬか?

 夜は、まだまだ長うございます……。

 チヨは、テツスケ様のお話がもっと聞きたい……」


 薄く笑みを浮かべ、鼻など鳴らしながらチヨに問いかけると、返事は予想した通りのものであった。


「そうか、そうか。

 なら、どんなことを話したものか……。

 ああ、そうだ。

 あのオデッセイに乗っているとな、何しろ頭部が高いところについているので、ひどく遠くまで見渡すことができる。

 その景色についてでも、語ってやろうか」


「まあ、神様がお目にされている景色の話とは、本当に興味深いこと……。

 是非、お聞かせください」


「ああ。

 まず、ちょっとした山や塔の上に登ったのと同じ、というのは想像が及ぶところだろうがな。

 オデッセイがすごいのは、ここから先だ。

 何しろ、元々は徒歩の兵と連携することも想定していたんでな。

 例えば、サーマル。

 生物の熱などを――」


 うっとりとした顔でしなだれかかる美女というのは、どうにも心を撫でるというか、高揚させるもの……。

 まして、鼻孔のすぐそばをかすめる桃色の髪からうっとりとするような良い香りが漂ってくるのだから、なおのことだ。

 俺は、オデッセイのスペックを、今の世界で生きている人にも分かりやすいよう嚙み砕きながら楽しく語ったのである。


 そうしていると、いつの間にだろうな……。

 あるいは、チヨがずっとうっとりとした目で見上げてきていたのが、原因か。

 世界が、桃色の膜で包まれたような……。

 そんな、男女を強く意識する空気に包まれた。


「テツスケ様……。

 どうか、お慈悲を……」


 その時がきた、ということだろうか。

 潤んだ瞳のチヨが、顔を近づけてくる。

 どこにって? そんなの決まってる。俺の唇にだよ。

 対して、俺は……。


「――断る。

 セックスが安全だとは限らない」


 そう言いながら、後ろ腰へ回されようとしていた彼女の左腕をねじ上げたのだ。

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