歩き巫女たち

 今の時代において、兵たちの多くは、普段、百性農民として働いている者たちであり、かように農民層と戦士層とで境目が曖昧になっているからこそ、乱世であるのだといえる。

 当然ながら、そのように本職が別である者たちを兵として徴用するにあたっては、農閑期を選ぶしかなく、10月という時期にコクホウを攻めたのは、米の収穫が終わるのを見計らったからであった。


 また、ヴァヴァが即座に撤退を決定し、他のあらゆる物資を投げ捨てる結果になっても兵たちの命を優先したのには、鍛え抜いた専業の兵士を失いたくないという感情以上に、最後のひと押しをするために残していた農兵が損耗し、国の生産力へ影響が及ぶことを危惧したからである。

 数という必須にして最大の力を得るためには有用な徴兵であるが、このように、運用するにあたっては姫君のごとく扱わなければならない局面もあり、そこが指揮官の悩みどころなのだ。


 そして、こういった専業と徴兵の垣根を越えて、兵たちが十分働くにあたっては、必要なものがいくつか存在した。

 第一に、食糧。これはごくごく当然の話である。

 腹をすかせた軍隊というのがいかに弱く、もろいものであるかを知りたければ、戦史を紐解けばよろしい。

 さすれば、補給を軽視した愚かな将のせいで、数多くの兵が失われた事例をいくらでも目にすることができるだろう。


 第二に、これは食糧と類似してしまうが、武具や草履といった消耗品の支給も必要不可欠だ。

 本来、戦いになど行きたくないだろうものを、強制的に徴発しているのである。

 その上、振るうべき槍も渡されないでは、どうすることもできまい。

 要するに、仕事をさせる上で必須の道具は、上に立つ者が用意せねばならないという、これも当たり前の話であった。


 必要な品の話ばかり続くが、第三に、雨具や野営具など、総じて暖を得るための品々も、しっかりしたものを支給しなければならない。

 それは、最初に述べた徴兵の都合上、戦というものが農閑期――つまりは寒い時期に行われるものだからであり、エルフという生き物が、しっかりと体を暖めなければたやすく死するものだからである。

 専業の兵士たちにも、生存術の訓練を行う際は、まず水よりも食べ物よりも雨風がしのげる場所を確保せよと、口酸っぱくして教えるくらいだ。

 体の熱というものは命の灯火に他ならず、これは、十分な準備がない状態で失い始めると、瞬く間に消えゆくものなのであった。


 物資的に必要となるのは、こんなところ。

 他に、兵士たちを兵士として立たせるにあたっては、連帯制の徹底や軍法の整備、戦死者供養の充実など、様々な事柄を果たさなければならない。

 その中で、ガルゼのお館様が、とりわけ重視しているものがひとつある。

 他でもない……。


 ――女。


 ……であった。


 気持ちよくなりたい。

 という思いを叶えつつ、死への恐怖を和らげる最良の薬となるのが女であることに、異論を挟む余地はないだろう。


 気持ちよくなりたい。

 という思いを叶えつつ、戦場で大いに働き昂った心を抑えるに最も適切なのが女であることは、男ならば誰もが知るところだ。


 気持ちよくなりたい。

 という思いを叶えつつ、気持ちよくなるためにはやっぱり女が一番であるということも、常日頃から気持ちよくなる出会いを求める悲しき男児のさがを抱えているならば、うなずけるに違いない。


 と、いうわけで、だ。

 ガルゼには、歩き巫女と呼ばれる職層の娘たちが存在した。

 その名にふさわしく、巫女として神に仕える彼女らは、実のところ……春もひさぐ。

 そして、神に仕える巫女を抱けたならば霊験あらたかだとして、兵たちはさして多くもない手持ちの金を喜捨として差し出し、一夜の夢を得るのである。


 また、歩きという言葉が意味する通り、この巫女たちは一箇所に留まらず、様々な地を渡り歩く。

 時には中立的な神職として、他勢力においても春を紡ぐ彼女らであるが、やはり、基本的にはガルゼの軍に従うもの……。

 かような事情により、巨神の目覚めという衝撃的な事件の結果、様々な意味で信じられぬ敗走をすることになったガルゼの兵士たちは、戦勝祝いすべく追いついてきた歩き巫女たちを簡易な野営具の中で抱き、心の慰めとしていたのであった。


 月下、薄い布と骨組みで完成する野営具が立ち並ぶ様は、急ごしらえの村が生まれたかのようであり……。

 少なくない数の野営具から、男が漏らす必死な息遣いと、艶めかしい女の嬌声が漏れ聞こえる。

 そんな中を、歩む娘が一人……。


 上は巫女装束でありながら、下は食い込み鋭い股布のみという歩き巫女に特有の姿をした娘が向かうのは、この軍において最も豪華な陣張り……。

 すなわち、指揮官たるガルゼ四天王ヴァヴァの下であった。

 

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